事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

新潟県知事選:森裕子議員の花角氏に関する森友発言は公職選挙法等に当たるのか?

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新潟県知事選挙における森裕子氏の演説内容について、以下の記事があります。

以下略ちゃんの書いたこの記事で疑問が呈された内容について検討します。

記事の趣旨は「大阪航空局が違法の疑いがある土地見積りを行った当時、花角氏が大阪航空局長であったかのように言及する森ゆうこ氏の言動は公職選挙法違反の可能性はないのか?」というものです。

裁判例があったのでみていきましょう。

公職選挙法235条2項の「事実をゆがめる」の意味

東京高等裁判所の裁判例が裁判所HPの裁判例情報にも載っているので、規範性は広く認められていると思います。

東京高等裁判所 昭和51年(う)第50号 公職選挙法違反被告事件 昭和51年8月6日

公職選挙法第二三五条第二項は、当選妨害罪の構成要件として、虚偽の事項を公にした罪と事実をゆがめて公にした罪の二類型を規定しているところ、原判示第一の事実、更に遡つて、その訴因は、前者の虚偽の事項を公にした罪ではなく、後者の事実をゆがめて公にした罪を記載したものである。そして、この事実をゆがめるとは、未必的であるにしろ、故意の必要であることはいうまでもないが、これを別とすれば、客観的にみて、虚偽の事実にまでは至らないけれども、或る事実について、その一部をかくしたり、逆に虚偽の事実を付加したり、あるいは、粉飾、誇張、潤色したりなどして、選挙民の公正な判断を誤らせる程度に、全体として、真実といえない事実を表現することをいうと解するのが相当であるからー省略ー

整理すると以下です。

  1. 客観的にみて
  2. 選挙民の公正な判断を誤らせる程度に全体として真実と言えない事実を表現すること(手段として、ある事実についてその一部を隠したり、虚偽の事項を付加したり、粉飾、誇張、潤色したりなどが例示されている)

このように「全体として」判断される場合は個々の指摘する内容が事実であったかどうかが最終的な違法認定を決定するのではないということがわかります。

「表現する」も文脈の前後を考慮するとともに、口調、抑揚などから感ぜられる印象も考慮するということです。

さらに「客観的に」とありますから、本人がどう思っていたかは関係ありません。多くの場合、ある表現について一般通常人の理解においてそう思えるか、という判断になります。

そして重要なのは「虚偽の事実が付加されている必要はない」ということです。

では、具体的な発言から検討していきましょう。

森裕子氏の花角氏に関する演説内容

最初にこの件を検証した以下略ちゃんは上記動画をあげてましたが、実は、森氏は全く同じような内容の演説を別の場所でも行っていました。

元URL

花角氏が大阪航空局長だったことを連呼・強調

書きおこしました。

私はですね、問題点を見つけるのが得意なんですね。

一言だけ言わせて頂きたいのは。今、※※※聞き取りできず※※※秘書官ですよ。秘書官ですよ。秘書官っていうのは、素晴らしい頭のいい人がなるんですけれども、優秀な官僚であればあるほど、記憶喪失になるということがよくわかりました。もう国会最終盤で私も週2回委員会で質問してるんですけれども毎回新たな記憶喪失者が生まれるんですよ。ホントなんですよ。これホントなんですよ。

そして昨日ね、実は驚いたのは、NHKの政見放送、朝新潟の※※※聞き取りできず※※※から十日町に行く最中に早朝のラジオで初めて花角さんの政見放送を聞きました。そしたらNHKのアナウンサーがまず経歴を述べる。そこに……大阪航空局長、大阪航空局長ですよ。大阪航空局長です。わかります?森友問題ですよ。去年の特別国会で私がようやく役所から出させた1枚のペーパー。そこにはもともと森友学園のゴミの値段が8000万円だったと。これ一応NHKのニュースになったんですよ。ところが、それを10倍の8億円に見積もった。これが、大阪航空局なんです。そこの局長さんしてたんですって。あらら…ということで、皆さん、本当に大変な戦いです。どうか、どうか勝たせていただきたい。

動画で見るとわかりますが「これは問題だ」というニュアンスが継続した状態での発言だということがわかります。「問題だ」というのは「何か悪いことが起こっている」という意味を含みますが、国会でも質問で追及したような話である上、財務省の文書書き換えの話と絡めていることから「違法の疑いがある」というニュアンスが含まれていると言えます。※「違法である」というニュアンスであるかは疑問を差し挟む余地があると思われます。

大阪航空局が森友学園の土地を見積もったことと結びつけている

「花角氏が大阪航空局長だった」「大阪航空局が森友学園のゴミの値段を見積もった」

これらは事実です。しかし、花角氏が在籍していた時期はゴミの撤去費用の値段の見積もり時期と異なり、その前の時期です。

森氏の表現では少なくとも「大阪航空局が違法の疑いがある行為をした当時に花角氏は大阪航空局の局長であった」という認識を一般人の通常の理解ではするでしょう。

この程度の違いが「選挙民の公正な判断を誤らせる程度」と言えるのかはグレーだと思います。

違法の疑いがあるという故意はなかったのか

ちょっと検討順序としては前後しますが、補足的に、森裕子議員は国会でこのような発言をしています。 

第196回参議院農林水産委員会 7号 平成30年03月29日

安倍昭恵総理夫人が名誉校長を務めていた森友学園に国有地がただ同然で払い下げられた森友事件、アッキード事件によって、とうとう歴史的公文書が改ざんされ、痛ましい犠牲者まで出してしまったにもかかわらず、安倍総理は地位に恋々として責任を取ろうとしておりません。

国有地の売却について「アッキード事件」という名称を使用しており、かの有名な刑事事件たる「ロッキード事件」を引き合いに出していることが明らかです。このことからは、森裕子議員は森友問題の土地売却については「違法の疑いがある」 という認識で言及していると言えます。よって、土地売却に大きく関連するゴミ撤去費用の鑑定評価についても違法の疑いがあるという認識があったといえます。したがって、大阪航空局の土地見積りは違法の疑いがあるという趣旨で発言したことの故意に欠けないと言えます。

また、森裕子議員は国会で何度も森友問題に関して土地売買について質問していること、少なくとも2度、花角氏にかんする同じ演説をしていることから、花角氏が大阪航空局に在籍していた時期を勘違いしていたということはできず、時系列を混同させる故意が認められます。

公職選挙法235条2項にいう「事実をゆがめた」と言えるのか?

森氏の表現から一般人が通常認識する内容を示しましたが、これが更に進んで「大阪航空局長たる花角氏が違法の疑いのある森友のゴミの見積もりに帰責性のある形で関与した」という表現として受け止めるのかどうか。

これは疑問を差し挟む余地があると思われます。判断は分かれるのではと思います。

更に、そう認定できたとして「選挙民の公正な判断を誤らせる程度」と言えるか。これはそう言えるだろうと予測します。ただ、やはりその前の段階が問題になるということは変わりません。

小括:グレーゾーンか

魚拓:http://archive.is/Qa1tD

確かに、確実にデマであると言い切れるほどの事案ではないと思います。

しかし、これまで検討してきたことからは『「デマを飛ばした」というデマ』と言い切ることもまたできないと思います。

この件は公職選挙法上の視点から検討してきました。

では、名誉毀損の事案の場合、言及された「事実」はどのように判断されるのでしょうか?

名誉毀損表現の事案の場合の「事実の適示」

名誉毀損の「事実の適示」にあたるためには、明示的に指摘された内容にとどまらず、いわば「印象操作」によって認識される事実も該当し得るという裁判例があります。

東京地方裁判所 平成26年(ワ)第21669号 謝罪広告等請求事件 平成28年9月29日

オ 本件記載⑤について
(ア)事実摘示の有無
 前提事実によれば,本件記載⑤は,被告は「米国や日本の権威を利用して騙す」と題する項目の中で,X1集団は退役した日米の軍関係者,元防衛庁長官などに会った写真を見せて,安全保障に関して対話をしたように宣伝するなどを記載した上で,「ちなみに,米国のある政府機関では,すでに『X1集団と接触を避けるように』と職員に注意喚起がなされたという。」などと記載したもので,一般の読者の普通の注意と読み方を基準に判断すると,原告において組織している□□政府が,米国政府機関から接触を避けるべき悪質な集団であると認定されているとの印象を与えるもので,前後の文脈も加味すると,X1集団が米国の行政機関も警戒するような詐欺的な行為を行っているという証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものであり,事実を摘示しているというべきである。
 被告は,かかる記載は,諸般の事実を指摘した上で,□□政府は他人の権威を利用するという評価をしたものであり,米国において原告及び□□政府が詐欺集団との認定を受けているという事実を明確に摘示したものではなく,公正な論評をしたものである旨主張する。しかしながら,前記のように,本件記事の前後の文脈も考慮すれば,X1集団が米国の行政機関も警戒するような詐欺的な行為を行っているという事実を摘示しているというべきであり,その判断を覆すに足りる事情はない。

このようにみると、森裕子氏の演説は少なくとも 「大阪航空局が違法の疑いがある行為をした当時に花角氏は大阪航空局の局長であった」という事実の適示をしたということになります。

ただ、名誉を毀損したと言えるには、更に進んで「大阪航空局長たる花角氏が違法の疑いのある森友のゴミの見積もりに帰責性のある形で関与した」と表現したと言えない限り無理です。

結局はあの演説でここまでの事実を通常の一般人が認識したと言えるかどうかに尽きると言えます。

結論:「事実しか言ってないから違法じゃない」は違う

森ゆうこ氏は「私は事実しか言ってません」と言いますが、「文言だけ見れば事実」であっても、そこに「誇張や潤色の表現」や「文脈や印象」によって違法となり得るというのが裁判例です。

森ゆうこ氏自身が違法かどうかはともかく、事実を言うだけなら何をやってもいいという理解は明確に誤りです。

このブログの読者はそのような手法でもって印象操作をすることに注意して頂きたいと思います。

以上