事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

沖縄県辺野古米軍基地建設の県民投票条例の不実施は違法か?

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沖縄県の県民投票条例に基づく投票事務について、41の基礎自治体のうち5つの自治体が執行を拒否している問題。

  1. 市町村側が投票事務を拒否することは可能か、それは違法・憲法違反か
  2. 県側が地方自治法上の「協議」をしておらず違法か

1と2は2が前提問題なのか、別個の問題なのか分かりませんが、ちょっと備忘録的に整理していきます。

沖縄県の県民投票条例と地方自治法

県民投票の事務は県ではなく基礎自治体たる市町村が行うこととされています。

沖縄県の県民投票条例(辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票条例)

(県民投票事務の執行)

第3条 県民投票に関する事務は、知事が執行する。
ー省略ー
第13条 第3条に規定する知事の事務のうち、投票資格者名簿の調整、開票及び投票の事務の実施その他の規則で定めるものは、地方自治法(昭和22年法律第67号)第252条の17の2の規定により、市町村が処理することとする。

これは地方自治法上、「条例による事務処理の特例」と呼ばれています。

地方自治法 第四節 条例による事務処理の特例
(条例による事務処理の特例)
第二百五十二条の十七の二 都道府県は、都道府県知事の権限に属する事務の一部を、条例の定めるところにより、市町村が処理することとすることができる。この場合においては、当該市町村が処理することとされた事務は、当該市町村の長が管理し及び執行するものとする。
2 前項の条例(同項の規定により都道府県の規則に基づく事務を市町村が処理することとする場合で、同項の条例の定めるところにより、規則に委任して当該事務の範囲を定めるときは、当該規則を含む。以下本節において同じ。)を制定し又は改廃する場合においては、都道府県知事は、あらかじめ、その権限に属する事務の一部を処理し又は処理することとなる市町村の長に協議しなければならない。

【条例の制定に際して市町村の長に「協議」をしなければならない】とあります。

最初にこの「協議」があったのか?について調べてみます。

条例による事務処理の特例における「協議」

これに関しては何か判例があるかどうか見つけられませんでした。

ただ、少なくとも解説書には以下のように書かれています。

新版 逐条地方自治法 第9次改訂版 [ 松本 英昭 ]

1355頁
八 第二項は、事務処理の特例を定める「条例」を制定し又は改廃する場合においては、あらかじめ市町村の長に協議することを都道府県知事に、義務付ける規定であり、ー省略ー
この場合、都道府県知事は事務を処理することとなる市町村の長と誠実に協議をする必要はあるが「協議」は、市町村長の同意までを必要としない。これは、条例による事務処理の特例の制度が、住民の身近な事務は地域の実情に即し、市町村の規模能力等に応じて、基礎的な地方公共団体である市町村に対して、可能な限り多く配分されることが望ましいとの考え方に立って設けられたものであり、個々の恣意等によりこの制度の実行が決定的に左右されることとなることは必ずしも適切ではないと考えられることによるものである。

1358頁
四 [解釈]の八において述べたように、第二項の「協議」は、市町村長の同意までを必要としないものであるが、運用上は、都道府県と市町村との間で十分協議し、両者の合意の上で市町村が処理することとなると思われる。なお、協議を行う場合は、都道府県の事務権限の配分先である市町村との個別の協議が必要である。

  1. 知事は市町村長と誠実に協議をする必要がある
  2. しかし、同意までを必要としない

「誠実に」がどこまでのものを要するのかは不明ですが常識的に判断されるでしょう。

同意が不要であるというのはその通りだと思います。

この記述ぶりを見ると単なる「努力規定」ではなさそうな雰囲気がありますが、そこは明言されておらず、解釈の余地が残っているようです。

なお、ここでは「個別の協議が必要」とありますが今回はあてはまらないと思います。

解説書の説明は都道府県から一つの市町村に対する関係で書いてあるからです。

沖縄県の県民投票事務は、県内41の全ての市町村が対象ですから事情が異なります。

物理的にすべての市町村と面会しての協議は困難です。

よって、この場面では書面等の形にならざるを得ないと思います。

県側は誠実に協議をしたのか?

沖縄県の玉城デニー(玉城康裕)知事はどう言っているか?

沖縄県民投票:デニー知事のコメント全文「市町村は執行義務がある」 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス

4 そのため、条例の制定にあたり、県民投票に係る事務の一部を市町村に移譲するため、県は、直接請求を受けた平成30年9月5日と同日付けで、地方自治法第252条の17の2の規定に基づき、市町村長への協議を行ったところです。

こちらのコメントは今のところ沖縄県の広報課や県民投票推進課、知事室のWEBでは確認できません。

では、市町村側はどう考えているのか?

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平成31年1月11日八重山日報

石垣市の中山義隆市長は条例制定前に地方自治法の「協議」が無かったとしています。

地方自治法第252条の17の2違反の違法だが…

玉城デニー知事の『9月5日に協議を行った』とは、具体的に何をしたのでしょうか?

この点の情報が無いので推測ですがおそらく書面を送っただけでしょう。

41の市町村が一堂に会したわけでもないのですから。

既述の通り、同意は不要ですが、「誠実な協議」が必要と考えられています。

仮に書面を1回送っただけなら「誠実な協議」とは言えないでしょう。

何度かやりとりをする、或いは返信が無いなら催促する。これくらいはやるべきです。

よって、沖縄県側が地方自治法上の「協議」を怠っているのではないでしょうか?

しかし、「協議」が無いことが違法だとしても、それによって市町村が投票事務の執行を拒否できるかどうかは別問題のような気がします。

次に、市町村側が投票事務を拒否することは可能か、それは違法・憲法違反かについて情報を整理していきます。

不実施の違法確認と憲法違反の指摘について

県民投票「適切な措置を」 沖縄県が市町村に「助言」 - 産経ニュース

沖縄県は19日ー中略ー県内市町村に投開票事務を行うよう求める「技術的助言」を行った。地方自治法に基づく措置でー中略ー関連予算を可決していない21市町村に通知した。

 技術的助言では「県民投票の円滑な実施に向け、適切な措置を講じるようよろしくお願いします」とした。また、県民投票の関連経費を予算に計上し、支出することが「適当であると考える」と説明した。

技術的助言に法的拘束力はないが、市町村が従わなければ是正要求や違法確認訴訟を提起することができる

投票事務を行うためには予算が必要ですが、その予算を計上しなさいということです。

この技術的助言の法的根拠は木村教授や井上教授が指摘しています。 

木村草太氏が緊急寄稿 「県民投票不参加は憲法違反」 | タイムス×クロス 木村草太の憲法の新手 | 沖縄タイムス+プラス

宮崎氏解釈を疑問視 法専門家「予算執行は義務」 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース

地方自治法177条と予算原案の執行

第百七十七条 普通地方公共団体の議会において次に掲げる経費を削除し又は減額する議決をしたときは、その経費及びこれに伴う収入について、当該普通地方公共団体の長は、理由を示してこれを再議に付さなければならない。
一 法令により負担する経費、法律の規定に基づき当該行政庁の職権により命ずる経費その他の普通地方公共団体の義務に属する経費
ー省略ー
○2 前項第一号の場合において、議会の議決がなお同号に掲げる経費を削除し又は減額したときは、当該普通地方公共団体の長は、その経費及びこれに伴う収入を予算に計上してその経費を支出することができる。

地方自治法177条2項の「長は…経費を支出することができる」という規定。

予算原案の執行」と呼ばれることがあります。

「できる」という文言。「しなければならない」ではありません。

当該規定は任意に支出しない=投票条例による投票事務の執行を拒否することが可能かどうかで見解が分かれています。

木村教授や井上教授は不可能だという主張です。

今回の投票事務は市町村の【義務に属する経費】に当たりますから、この点に市町村の裁量は無いだろうと言われています。

また、玉城デニー知事もコメントで以下指摘しています。

沖縄県民投票:デニー知事のコメント全文「市町村は執行義務がある」 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス

9 県としては、自治法第177条第2項の解釈について、義務に属する経費として再議に付したものであること、また、「できる」とされている規定は、権利等を与えられていると同時にその権利等を一定の場合には行使する義務をも負う、という意味も含むものと考えられ、市町村の長に裁量権を付与したものではない旨をご説明をしているところです。

10 県民投票条例の施行により、県及び市町村は、同条例の規定に基づき、県民投票に関する事務を執行する義務があるものであり、仮に当該事務を執行しない場合には、同条例及び地方自治法の規定に違反することになると考えております。

「できる」はあらゆる場合において首長が任意に原案執行したりしなかったりすることが可能なものではないという見解が示されています。

私見

私は、当該規定は義務に属する経費の場合においては、議会と首長の見解が異なって議会が予算案を否決したとしても首長は経費を支出できるという、予算執行方向の規定だと思います。177条は県の事務を市町村に委譲する際の予算取りの場面について、直接は想定していないのではないかと思われます。

なぜなら、義務に属する経費について、わざわざ議会が否決した補正予算を「再議」で検討させておいて、それが再度否決されたら市長がやっぱり「予算執行やーめた」と言い出すのは、なんだか『馴れ合い』『茶番』のような気がするのです。

形式論からも県民投票条例13条は、地方自治法252条17の2に基づき「市町村が処理することとされた事務は、市町村長が管理し執行するものとする」と規定されているので、義務に属する経費の場合には、裁量が生じると考えることはできないのではないでしょうか?

なので、条例13条、地方自治法252条の17の2、177条からは【その他の法的瑕疵が無い限り】市町村が県民投票の事務の予算執行を拒否することはできないことになるのではないかと思います。

留保をつけたのは冒頭で示したように「市町村側が投票事務を拒否することは可能か、それは違法・憲法違反か」という問題が「県側が地方自治法上の「協議」をしておらず違法か」という問題と別個なのか、後者が前提問題としてあって、そちらが違法なら予算執行義務が無くなるのか、ということがよくわからないからです。

今のところは後者が違法だとしても前者の判断に影響しないのではないかと思います。

まとめ:法的には市町村側が苦しい…気がする

  1. 県側は条例制定に際して地方自治法上の「協議」をしておらず違法
  2. しかし、この違法が市町村の投票事務を執行する義務を免除するものかは不明
  3. そうでないなら、市町村側が投票事務を拒否することは違法・違憲と思われる

これはあくまで法的な話です(しかもちゃんとした検証ではない)。

政治的な妥当性という観点からは、また別の評価がなされても良いと思います。

以上