事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

朝日新聞「安倍内閣が崩した最高裁判事の慣例」⇒先例をみると隠れ弁護士枠も?

重要な事実が隠蔽されている

朝日新聞「安倍内閣が崩した最高裁判事選びの「慣例」」

安倍内閣が崩した最高裁判事選びの「慣例」 6年経て「元通り」に
遠藤隆史 千葉雄高 2023年11月7日 5時00分

15人いる最高裁の裁判官は、慣例として出身分野ごとに人数が決まっている。近年では「職業裁判官6人」「弁護士4人」「検察官2人」「行政官2人」「学者1人」が固定化し、「枠」と呼ばれる。

山口氏は、退任した「弁護士枠」の判事の事実上の後任として就任したが、元々は著名な刑法学者だった。就任前年に弁護士登録はしたが、学者としての功績の方が圧倒的に大きく、多くの法曹関係者が「弁護士枠の削減」と受け止めた。

 日弁連にとっては、二重の衝撃だった。

弁護士枠の判事は、まず日弁連が候補者の推薦リストをまとめ、最高裁がその中から数人を選んだ上で、最終決定権を持つ内閣が決めるのが近年の慣例だった。

 日弁連はこの時も7人のリストを出したが、山口氏は含まれていなかった。

山口厚氏が最高裁判事を定年退官し、新たな最高裁判事として11月6日に弁護士出身の宮川美津子氏が任命されました。

朝日新聞デジタルでは、これに関連して「安倍内閣が崩した最高裁判事選びの「慣例」が元通りに」という記事を書いていました。「日本弁護士連合会の幹部」の認識がもとになっています。

しかし、朝日記事には事実誤認は無さそうですが、重要な事実に触れられていません

日弁連の推薦でない大塚喜一郎・本山亨という弁護士の先例

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E9%AB%98%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%89%80%E8%A3%81%E5%88%A4%E5%AE%98#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Background_of_judges_in_superme_court_of_Japan.png

朝日は以下の理由を挙げて"慣例を崩した"と評する日弁連幹部の認識を書いています。

  1. 日弁連の推薦でない弁護士が弁護士枠の最高裁判事になった
  2. 弁護士枠が4ではなく3になった

しかし、日弁連の推薦でない弁護士の任官としては、大塚喜一郎・本山亨という先例があります。

山口氏は著名な刑法学者として25年間教授職に在ったので通常は法学者枠と考えられますが、任命前年(約半年前)に弁護士登録をしていたことから弁護士枠としての任命であると日弁連は捉えているとのことです。

しかし、そもそも出身分野ごとの枠というのは法定されているわけではない(最高裁判事の任命権は内閣にある c.f.憲法79条)というのは朝日の記事でも書かれている上に、上掲の画像でも慣例の存在と若干の揺らぎが生じてきたという事実があります。

実は山口氏任官の時点では第一東京弁護士会所属弁護士の大橋正春氏が居り、彼がその1か月半後の同年3月30日に退官したことで日弁連的な弁護士枠が3となった。

参考:裁判官制度(任命関係)法令

安倍内閣が最高裁判事任命の慣例を恒常的に変更した事実は無い

山口氏の任命に際しては当時の菅義偉官房長官が定例記者会見において「弁護士・早稲田大学大学院教授」という肩書で紹介していました。

平成29年1月13日(金)午前 | 平成29年 | 官房長官記者会見 | 記者会見 | 首相官邸ホームページ

最高裁判所判事の人事について
 本日の閣議で決定した最高裁判事の人事について申し上げます。最高裁判所判事、櫻井龍子及び大橋正春の両名が定年退官をされることに伴い、その後任として、弁護士・早稲田大学大学院教授、山口厚氏及び元英国駐箚特命全権大使、林景一氏を最高裁判事に任命することを決定をいたしました。

政府は国会答弁でも明確に枠が決まっているわけではない、としています。

第193回国会 衆議院 法務委員会 第7号 平成29年3月31日

○土生政府参考人 お答えいたします。
 最高裁判事の人選に当たりましては、人事の万全を尽くす観点から、これまでも最高裁長官の意見をお聞きいたしまして、それを踏まえて行っているところでございます。今般の人事におきましても、同様の手続を経て内閣として人選を行ったものでございます。
 その表中で御指摘いただいております山口氏につきましては、当時、第一東京弁護士会所属の弁護士で、かつ著名な刑法学者でもある方でございます。これらの経歴に加えまして、人格、識見ともにすぐれた方として最高裁判事に適任であると判断したものでございます。
 なお、最高裁判事の任命に関しまして、出身分野というお尋ねでございますけれども、私どもといたしましては、出身分野ごとの人数枠が明確に決まっているものとは認識しておりません。また、そもそも、お一人の判事が複数の分野の経験を持っておられることもあるものと承知をいたしております

そして山口氏の後の弁護士枠は全て日弁連の推薦というのは朝日記事でも書いている。

よって、安倍内閣が最高裁判事任命の慣例を恒常的に変更した事実は無い。

朝日記事は大塚喜一郎・本山亨の先例が書かれていないのが不思議です。

日弁連の推薦なのに「安倍内閣の後遺症」とする謎

朝日記事の後半では西川伸一・明治大教授が登場し、「いわゆる『マチベン』と言われる庶民派弁護士がいなくなった。一人ひとりは優秀だとしても多様性がなくなり、日弁連が『内閣が選びやすい人』を推薦している」という主張を紹介して「介入の後遺症指摘」と書かれています。

しかし、それは推薦する日弁連の問題であり、なぜ内閣の安倍問題なのか、意味不明。

町弁の推薦弁護士が何度もことごとく任命拒否されてきた、という実態があるなら別ですが、この記事では山口厚氏の人事に触れているのみです。

朝日記事の最後は日本学術会議の委員の推薦に対する任命拒否と絡めて締めくくっていましたが、日本学術会議の側が推薦理由を示していない中で政府の側に任命拒否の理由を言えと迫る態度と類似しています。

「法学者枠」との関係では「元に戻った」とみるべきか?

法学者枠との関係では「元に戻った」とみるべきではないか?という指摘があります。

確かに1980年代前半までは法学者枠(大学教授など)が2つであることが慣例として残っていたことがこの資料からはわかります。

山口氏が法学者枠と考えれば法学者枠が2となり、40年前と同様の状況とみることに。

ただ、その場合は弁護士枠が3となり、空席があった期間を除けば異例の状況であるということは言えるのかもしれません。

民主党政権下で任命された裁判官で法学者の肩書がある者については3名います。

  • 岡部喜代子⇒17年間の判事経験後、弁護士登録、13年間の教授職
  • 山浦善樹⇒弁護士業が主、傍らに客員教授をやっていた
  • 小貫芳信⇒検事任官後、教授職に就任した翌年に最高裁判事任官

なので、岡部氏を法学者枠に含めるか?というところでしょうか。

ただ、彼女の論文等は退官直後のものや職業裁判官時代の経験を活かした内容なので、どちらかというと「職業裁判官側の人間」と評することもあると思われます。

いずれにしても、それは「〇〇枠」という分類を便宜的に行った場合に過ぎません。

安倍政権下で任命された岡村和美・元弁護士などの隠れ弁護士枠?

安倍政権下の2019年10月2日に最高裁判事に任官した岡村和美の経歴。

  1. 1983年に長島・大野法律事務所に就職、1988年にハーバード・ロー・スクールにて修士、1989年にニューヨーク州弁護士に登録。1990年にモルガン・スタンレー・ジャパン入社、1997年モルガン・スタンレー証券法務部長。
  2. 2000年に東京地方検察庁検事任官、2005年東京高等検察庁検事、2007年法務省大臣官房参事官。同年金融庁に出向し証券取引等監視委員会事務局国際・情報総括官。2014年最高検察庁検事。
  3. 2016年より消費者庁長官を務め、2019年消費者庁長官を退任

①は弁護士としての職歴で17年、②は検察官としての職歴で14年(出向期間があるが…)、③はいわゆる行政官としての職歴で3年。

行政官枠での最高裁判事の就任と扱われていますが、こうしてみると半分は弁護士としての実績も持っており、【隠れ弁護士枠】とみることもできます。

日弁連の推薦であるという情報は無いので、「弁護士枠じゃない」と日弁連が考えるのは自然ですが。

そうすると、2023年11月6日以降の最高裁判事の構成としては、弁護士枠は4.5~5になります⇒(草野耕一、岡村和美、渡邉惠理子、岡正晶、宮川美津子)

岡村氏が任官した(安倍政権下最後の任命判事)2019年10月2日当時の構成としても、彼女を隠れ弁護士枠とみれば3.5~4となっています⇒(木澤克之、宮崎裕子、草野耕一、岡村和美)

さらに、前述の岡部喜代子氏(2019年3月19日退官)も弁護士登録期間は13年以上に及んでおり、裁判官・法学者としての属性のみで考えることはどうなのか(弁護士としての実績がどれほどなのかはわかりませんが。)

こうしてみると、ある一時期の最高裁判事の業界毎の構成が1枠減っただのなんだので評価することには意味がなく、その時点での15人の最高裁判事全体の経験とのバランスや、さらにはそれまで任官してきた判事の属性との長い期間で見た場合のバランス、社会において求められている能力など、考慮すべきことはあるでしょう。

「日弁連の推薦の通りに任命されなかった」点を問題視するのは日弁連としては当然かもしれませんが、それをそのまま政権の人事の評価とするべきなんでしょうか?

他、最高裁判事の任官人事制度に関しては以下の記述やリンクが参考になります。

日弁連推薦以外の弁護士が最高裁判所判事に就任した事例 | 弁護士山中理司のブログ

「憲法保障(特に、憲法裁判制度及び最高裁判所の役割)」に関する基礎的資料 平 成 1 6 年 3 月 衆議院憲法調査会事務局

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