事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

将棋名人戦・A級順位戦でマスク不着用で反則負け:佐藤天彦九段が不服申立までのまとめ

非合理的な同調圧力社会を生まないでほしい

第81期将棋名人戦・A級順位戦:永瀬拓矢王座ー佐藤天彦九段

2022年10月28日の第81期将棋名人戦・A級順位戦:永瀬拓矢王座対佐藤天彦九段の対局において、佐藤九段のマスク不着用による反則負けの判定が為される事件がありました。

日本将棋連盟が順位戦におけるマスク不着用への裁定について説明

日本将棋連盟が順位戦におけるマスク不着用への裁定について説明がありました。

順位戦における裁定について|将棋ニュース|日本将棋連盟2022年10月31日

今年2月1日から施行している臨時対局規定にマスク着用義務があること

第1条
対局者は、対局中は、一時的な場合を除き、マスク(原則として不織布)を着用しなければならない。但し、健康上やむを得ない理由があり、かつ、予め届け出て、常務会の承認を得た場合は、この限りではない。

第1条のマスクを外す「一時的な場合」として、
 ●食事をしているとき
 ●飲み物を飲むとき
 ●周りに人がいない(2m以上離れている)とき
等を想定し、その他のケースについては常務会の判断となる旨を通知していたこと

同規定を設けた経緯として、「新型コロナウイルスが蔓延する中、至近距離で盤を挟む対局において、マスク未着用の対局相手からの感染リスクに不安を覚え、対局への集中が削がれると感じる棋士の声が多数上がっていたこと、また対局者がマスク未着用で感染者となった場合、濃厚接触者認定によって記録係を務める奨励会員が奨励会で対局する機会を奪われかねないこと等を考慮」したこと

通常総会や棋士・女流棋士向けの定例報告会において「一時的な場合」の適用範囲を含めた運用説明や規定の周知に努めていたこと

これらが書かれています。

佐藤天彦九段が将棋連盟に対して不服申立:ルール適用の問題を指摘

さらに翌11月1日には佐藤天彦九段が不服申立書を公開。

  • 合計1時間近くマスク不着用であったことは事実だが過失であったこと
  • 今回の判定は臨時対局規定の適用を誤ったものであり、故意ではなく過失に対して注意もなく一発で反則負け判定をすることはおかしいこと
  • マスク不着用のまま何ら注意なく時間経過させれば反則負けになるということは相手方が放置することにインセンティブが働くが、それは感染防止という目的に反していること

などを主張し、反則負け判定の取り消し、対局のやり直し、臨時対局規定の適用基準の明確化と趣旨に反するルールの修正、臨時対局規定の改廃時期と改廃条件の明確化を求めました。

本件の問題:ルールそのもの・ルールの適用・判定者の利害関係など

  1. ルール自体の問題
  2. ルールの適用の問題
  3. 判定者の利害関係の問題

本件では、大きくこれらの問題があると言えます。

対局中のマスク着用ルールは必要か?感染可能性を左右するのか?

臨時対局規定のルールそのものについては棋士らは了解しているため、本件の判定に関してそれに対して当事者が主張するとすればそれは苦しいと思います。

しかし、現在の日本社会における、非合理的な場面にまで及ぶマスク着用の強い同調圧力に鑑み、部外者が指摘する意義はあるはずです。

臨時対局規定

第1条
対局者は、対局中は、一時的な場合を除き、マスク(原則として不織布)を着用しなければならない。但し、健康上やむを得ない理由があり、かつ、予め届け出て、常務会の承認を得た場合は、この限りではない。

まず「原則として不織布」と書いていますが、以下のように不織布でないと思われるマスクを着用して対局に臨む棋士が佐藤九段以外にも複数居ます。

かなり緩い運用だったのではないでしょうか?

たとえばトレーニングジムなんかでもそうですが、マスクといっても「通気性の良いマスク」なんかが市販で売ってて、それをしてればお咎めなし、という運用が為されています。「やってる感が出てればよい」という風潮です。

感染対策上も、対面しているとはいえ会話をまったくしない(「負けました」くらいだろう。感想戦時は別)両者間や記録係の感染を左右するのは、長時間同じ空間に居たことによるもので、マスク着用の有無ではないでしょう。

身体接触があり、汗や飛沫が飛ぶようなコンタクトスポーツでもマスクは着用してませんが、試合中の接触による感染事例はまったくありません。

サッカー中の接触による新型コロナ感染リスクは低い | 海外ジャーナル | m3.com

将棋連盟は「マスク未着用の対局相手からの感染リスクに不安を覚え、対局への集中が削がれると感じる棋士の声が多数上がっていた」ことをルール施行の理由の一つにしていますが、そのような医学的に不合理な「不安」に迎合して作られたルールで競技の魅力を減じ、さらには日本社会への非合理的な同調圧力を強化する暗黙のメッセージを発していることは遺憾です。

そして、これは将棋連盟は言っていませんが、マスクはその効果が高いほど息苦しくなるのであって、その結果、思考力に影響します。トレーニング中の着用の有無で実感してる者は多いでしょう。

将棋などのボードゲームは身体を動かすことはないですが長時間に渡る思考力発揮の極致の競技であり、その際のエネルギーの消費は半端ではない。マスク着用は棋士の能力発揮を阻害し、競技の魅力を削ぐ方向のルールであり、本来的にやめるべきです。

同じボードゲームでも日本における囲碁などもマスク着用していますが、海外でのチェスの場合はそうではないという違いがあるように、リスクは極めて低いと考えられているのでしょう。

そもそも会話の無い相手からの感染をおそれるレベルなら、将棋の場合は手駒を取ったり取られたりして持ち手が入れ替わりますが、その都度駒を消毒していないのは不合理であり、行動が一貫していない。
※トレーニングジムではアルコール消毒用のふきんが貸与されることもある

記録係の濃厚接触者認定が対局者のマスクの着用の有無で大きく左右される?

濃厚接触者の定義

事務連絡令和4年6月 20 日 小児の新型コロナウイルス感染症対応についてで引用されている新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(2021年1月8日版)では、濃厚接触者の定義についてこのようにあります。

●「濃厚接触者」とは、「患者(確定例)」(「無症状病原体保有者」を含む。以下同じ。)の感染可能期間において当該患者が入院、宿泊療養又は自宅療養を開始するまでに接触した者のうち、次の範囲に該当する者である。
・ 患者(確定例)と同居あるいは長時間の接触車内、航空機内等を含む)があった者
・ 適切な感染防護なしに患者(確定例)を診察、看護若しくは介護していた者
・ 患者(確定例)の気道分泌液もしくは体液等の汚染物質に直接触れた可能性が高い者
・ その他: 手で触れることの出来る距離(目安として 1 メートル)で、必要な感染予防策なしで、「患者(確定例)」と 15 分以上の接触があった者(周辺の環境や接触の状況等個々の状況から患者の感染性を総合的に判断する)。

将棋連盟は「対局者がマスク未着用で感染者となった場合、濃厚接触者認定によって記録係を務める奨励会員が奨励会で対局する機会を奪われかねないこと」を考慮したとありますが、甚だ疑問です。

航空機内を含んで、長時間の接触があれば濃厚接触者認定するのだから、マスクの有無は関係ない。将棋の対局では通常5,6時間に及ぶものなので、濃厚接触者認定するならば、マスクの有無ではなく「長時間の接触」でみられる。

もっとも、濃厚接触者とされた後の行動制限については、現在は「事業所等」の場合には原則として行動制限はしない方針となっています。

事務連 絡令和4年3月16日令和4年7月 22 日一部改正 B.1.1.529 系統(オミクロン株)が主流である間の当該株の特徴を踏まえた感染者の発生場所毎の濃厚接触者の特定及び行動制限並びに積極的疫学調査の実施について

臨時対局規定は政府の方針に則った対応をするとも書いており、将棋連盟もシーズン中ずっと同じルールを貫徹するとは考えていないと言えるため、この時期の政府方針も判断に関して考慮されるべきです。

クラスターが発生した場合には具体的な状況を総合的に考慮することとされるようになっていますが…

  • 記録係と対局者は2mほど離れている
  • 対局者と記録係は対面に居るわけではない
  • 対局者や記録係は会話をしていない
  • 映像が無ければ実際にどういう状況であったのかわからず保健所が念のため濃厚接触者認定をするかもしれないが、映像があるのだからその危険もない

このことから、記録係に関する懸念もかなり不合理でしょう。

もっとも、「記録係の不足」という問題が潜在的にあり、リスクを最小化したい思惑があったのかもしれません。が、「リスク最小化」を常に求める社会が正しいのかどうか。

BJリーグではマスクはしてないのに、高校生はマスクをしてバスケットの試合をしていたという報告。こんな社会はおかしい。

これを生んでるのは将棋連盟のルールのようなものを見た者による同調圧力でしょう。

過失に対する注意無しの一発反則負け判定はルールの適用上、不相当

これは佐藤九段も指摘しているものですが、マスク着用の臨時対局規定の趣旨は感染対策であり、敢えてマスクをしない者をシャットアウトするためのものです。

過失に対する注意無しの一発反則負け判定はルールの解釈・適用上、不相当でしょう。

佐藤九段が言うように、マスク不着用のまま何ら注意なく時間経過させれば反則負けになるということは相手方が放置することにインセンティブが働くが、それは感染防止という目的に反している、ということが言えます。

マスク着用義務違反の反則負けは、「本来の将棋のルールとは関係の無い」内容のルールですが、誰かに危害を加える行為でもありませんし、それ自体が倫理道徳に反するわけでもありませんから、一発反則負けとすべき実質的な悪質性があるとは言えない。

また、将棋の対局結果を大きく左右する効果をもたらすのであるから、その適用には慎重になるべきところ、注意を促すこともされなかったことは不相当。

サッカーで言えば、競技者の用具の着用として靴やレガース(脛当て)が義務付けられていますが、試合中に脱げるなどあった場合にはフィールドから離れるよう指示される場合があり、その際には着用をレフェリー側(第4審が実際は行うことがほとんど)で確認してからフィールドに入ることになっています。靴が脱げただとか、レガースが外れた状態でプレーしただとか、それだけでは反則でも懲戒の対象でもありません。試合前に用具が揃っていなければ出場できない扱いになります。

佐藤九段が日本社会がマスク着用緩和に向かっていることを挙げているのも重要です。

事務連絡 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部 子 ど も 家 庭 局 マスクの着用に関するリーフレットについて(周知)令和4年5月 25 日

5月の段階でも、会話をほとんど行わない場合であれば、十分な換気など他の感染防止対策を講じている場合は外すことも可としています。

「周知に当たっては、本人の意に反してマスクの着脱を無理強いすることにならないよう、丁寧な周知をお願い申し上げます。」とも書かれています。

オミクロン株大流行後の10月でも考え方は変わっていません。

事務連絡令和4年 10 月 14 日厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部 マスクの着用に関するリーフレットについて(更なる周知のお願い)

A級順位戦の利害関係者である佐藤康光会長(九段)が判定者であり、公正性に疑義

https://www.shogi.or.jp/match/junni/2022/81a/index.html

今回の判定は、鈴木大介常務理事・佐藤康光会長が協議して決定されました。

佐藤康光会長(九段)はA級順位戦の棋士であり、利害関係者であると言えます。

そのような者が判定に関与したということは、外形的に公正性に疑義が生じます。

ここはA級順位戦参加棋士以外の者による判定が行われるようにし、A級棋士による判定を避けるルールにすべきでしょう。

この辺りからも、将棋連盟のルールに関する考え方が歪なものであったということが示唆されてしまうと思います。

まとめ:将棋連盟の判定は非合理的なマスク着用ルールと適用の日本社会への悪影響を及ぼす

将棋連盟の判定は、非合理的なマスク着用ルールとその適用により、日本社会への悪影響を及ぼすものとして無視できません。

スポーツ界が先んじて実証してきた感染リスクの低さを無視する暴挙であり、一般的な物事の進め方としても到底肯定できるものではありません。

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