事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

【余命大量不当懲戒請求】その他の問題点と疑問点

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余命大量不当懲戒請求事案で問題視されている、或いは疑問とされているその他の論点について整理していきます。

1:佐々木・北弁護士の主張内容の矛盾と弁護士倫理

訴訟を提起していない現時点までにみられる佐々木・北弁護士の主張は「大量の懲戒請求で膨大な負荷がかかった」というものですが、どうも訴訟については共同不法行為の構成をとらずに一人ひとりに対して請求するかのように聞こえます。実際にも、一人ひとりに対しての請求額をベースに和解金額も要求しています。

「大量の」懲戒請求による被害を訴えるのであれば、そのような主張は相手方一人に対しては成立しないことは明らかです。

つまり、佐々木・北弁護士は、一方では懲戒請求者を総体として捉え、他方では個別に捉えて損害額を算定して請求している。これは「法的構成の一貫性がないにもかかわらず、より請求額・和解額が高く見える構成を主張し、高額な和解金を受領することを目的としていると見るほかなく、弁護士の品位を失う非行である」と言えるか?

もちろん、懲戒請求者に対する不法行為訴訟の過去の裁判例で認容された請求額からすれば最低域に近いものであるので、このような訴訟提起・和解提案が違法でないことも明らかです。

私はこの程度で懲戒事由になるとは思えないが、佐々木・北弁護士は個人の利益を最大化するための行動を行っているところ、弁護士であれば主張と法的構成に矛盾が生じないように振る舞ってほしいと思います。

訴訟提起は6月末を予定しているため、実際には矛盾のない構成で請求すると思われますし、そもそも矛盾がある状態で訴訟に臨んだのなら、訴状審査で修正せざるを得ないか、釈明を求められると思われ、結果的に問題ないということになりそうですが。

2:異議申立期間中の提訴は妥当なのか?

懲戒事由があるかどうかを第三者機関ではなく弁護士自治によって弁護士会自身が調査する制度が設けられている以上、その手続が終了するまでは、懲戒請求者に訴訟提起するということは弁護士自治を否定するもので「手続的な瑕疵」があり弁護士の品位を失う非行にあたらないのか?あたらないとしても不当なのではないか?というような問題提起が可能だと思います。 

懲戒委員会の懲戒しない旨の決定に対する異議申立中の事案

裁判例をみると、東京地方裁判所平成27年(ワ)第33348号 損害賠償請求事件平成28年10月4日では、綱紀委員会で懲戒相当の判断が為され、懲戒委員会で懲戒不相当の判断が行われ、これに対して異議申立が行われたことによる異議の審議中に、弁護士から懲戒請求者へ懲戒請求と異議申出が違法だとする不法行為訴訟が行われた事案があります。

この判決では実体判断を行った上で弁護士の請求を棄却しています。実体判断=弁護士に非行があるという主張がそれなりにあり得るものだったか、懲戒請求が全くの事実的法律的根拠を欠き…というものと認められて違法であるかどうかを見ているのですから、「異議申立期間中だから訴訟は受け付けない」とは東京地裁は考えていないことになります。

なお、この裁判例では弁護士が名誉毀損による不法行為も成立していると主張していると解する余地があるとして裁判所がその点についても判断しています。

しかしながら,個別の弁護士懲戒事案における懲戒の請求の理由等に関する情報は,少なくともその事案の進行中は,弁護士会又は日本弁護士連合会の綱紀委員会又は懲戒委員会の委員その他限られた範囲の役職員の間に管理されるものである。それにもかかわらず,本件の懲戒請求事案に関する情報が広く伝播し,原告の社会的評価を低下させているというべき事情は主張も立証もされていない。
そうであれば,上記のように解される原告の主張も,採用することができない。

懲戒請求がなされた⇒懲戒請求の事実が広く世間に伝播した⇒弁護士の社会的信用が低下した、とはただちには言えないということです。

小倉弁護士の事案:綱紀委員会の判断が未了の場合

小倉弁護士の場合は懲戒不相当の判断が出ていない段階で訴訟提起してます。

小倉弁護士の主観的には朝鮮学校の補助金支給要請声明には関与していないので明らかに事実上法律上の根拠を欠く懲戒請求なのですが、一応懲戒請求制度というものの手続を走らせているので、先走っている感は否めません。

ただ、これを「手続的な瑕疵」と評価するにしても、むしろ懲戒請求の手続が進行して異議申立が何度もなされるのであれば弁護士の負担は一向に増えることになるので、懲戒手続の進行を放置するよりも訴訟をもって解決した方がよいということになります。また、懲戒請求者にとっても、取消訴訟まで争った場合には損害額が高く認められることになるでしょうから、可能性の無い懲戒請求を早期に終結させることになるため(結果的に)利益であるという見方もできます。したがって、この程度の「手続上の瑕疵」は弁護士自治を否定するとまでは言えず、弁護士の品位を失う非行にはならないと思われます。

別の観点から、今回は明らかに弁護士会が懲戒請求制度を走らせるべきではなかった事案なので懲戒不相当の判断が出る前であろうとも弁護士自治を損なうことにはならないとも考えられます。

参照記事

3:懲戒請求取下げの申出が意味をなさないこと

余命大量懲戒事案の弁護士会の運用の話として、懲戒請求を取り下げる旨の申出をしても綱紀委員会の調査は走っているので、それが止まることはないとされています。

これが懲戒請求者が多数なので1人の取下げ意思だけでは他の懲戒請求に影響しないからなのか、それとももともと懲戒請求の取下げという手続が想定されていないために取下げを受け付けていないだけなのかはわかりません。

仮に前者だとしても、懲戒請求権や異議申立権は個人の権利利益を保護するためのものではなく、弁護士自治による弁護士の品位等の保持のために認められたものであるから、取下げの申出が機能しないのは妥当であるという意見があります。

最高裁判所第2小法廷 昭和49年(行ツ)第52号 日本弁護士連合
会懲戒委員会の棄却決定及び同決定に対する異議申立に対する却下決定
に対する取消請求事件 昭和49年11月8日

弁護士の懲戒制度は、弁護士会又は日本弁護士連合会(以下日弁連とい
う。)の自主的な判断に基づいて、弁護士の網紀、信用、品位等の保持
をはかることを目的とするものであるが、弁護士法五八条所定の懲戒請
求権及び同法六一条所定の異議申立権は、懲戒制度の右目的の適正な達
成という公益的見地から特に認められたものであり、懲戒請求者個人の
利益保護のためのものではない。

この判決の見解を採用し、より詳細な理由づけを行った裁判例があります

東京地方裁判所 平成19年(ワ)第3622号 損害賠償請求事件 平成19年12月28日

したがって、懲戒請求者は、弁護士会による適正な懲戒権の行使がされるための端緒を提供し、その実現のために法の定める限度(法六四条、六四条の三、六七条三項、七〇条の七等)で懲戒手続に関与する地位を有するにとどまるのであって、手続当事者として、弁護士会に対し適切な懲戒権の行使を求めるなどの具体的権利を有するものではない

この東京地裁の事例は、懲戒請求者が弁護士会に対し、懲戒請求制度の濫用をしたことで懲戒請求者に損害が生じたと主張した事案なので正当だと思いますが、懲戒請求の取下げの場合についてはどうでしょうか。

懲戒請求の取下げをした者にとっては、勝手に弁護士会が動いた結果生じた損害を支払わされるということになります。訴訟の場合には、請求が理由のないものとされてもそれだけでは違法にはなりません。

訴えの提起が違法になる場合について判示した判例では次のように述べます。

最高裁判所第3小法廷 昭和60年(オ)第122号 損害賠償請求事件 昭和63年1月26日

民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。

民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において

この間、相手方は訴訟行為をする負担を負うことになりますが、判決を受ける前はそれが不法行為による損害であるとはされないということです。

訴えの取下げの場合、相手方が準備書面提出や弁論準備手続の申述をし、又は口頭弁論をした後は相手方の承諾が必要ですが、それら以前の場合には不要です(書面による必要はありますが)。懲戒請求事案においてパラレルに考えられるとするならば、懲戒請求の取下げができないというのはおかしいということになると思います。

ただ、懲戒請求の場合普通の訴訟と違うのは、「懲戒請求を受けた」という事実が広まることだけで弁護士にとっては社会的評価の低下のおそれが生じるなどの精神的苦痛を受けるという点など、いくつかあります。

「だったら最初から無理な懲戒請求をするな」という意見がそれなりの妥当性があるとは思いますが、これも懲戒請求制度の設計の問題だと思います。明らかに無理筋な怪文書は弾くということにすれば、このような問題は起きないのですから。

4:小倉弁護士の和解契約書の記載

和解契約書懲戒請求小倉弁護士

ツイート魚拓:http://archive.is/MsT2v

リンク先魚拓:http://archive.is/98Tj6

和解文書URLと魚拓URL:http://www.ben.li/wakaichokai.pdf

http://megalodon.jp/ref/2018-0622-1751-58/www.ben.li/wakaichokai.pdf

和解条項第5項

乙は、自己が関与した事件についての自己または相手方代理人としての行為または言動に問題があったことを理由とする場合を除き、弁護士に対する懲戒申立をしないことを約束する

訴訟の当事者でないと懲戒請求するな、という事を言ってますが、裁判例では全く無関係の者からの懲戒請求も扱っていますし、私的領域の行為についての懲戒請求も認められています。そのような実体からは、訴訟当事者でないと懲戒請求しないことを求める文言は公序良俗に反するのではないだろうか?という問題提起ができそうです。

何人にも懲戒請求する権利は認められているのであり、自己とは関係の無い他の事案においても懲戒請求しないことを要求するのはいささか不自然です。

あと、6項で「民事訴訟を提起しない事を約束する」とありますが、刑事訴訟はどうなのかが気になります。 

5:自己の訴訟のためにカンパを募ることは良いのか?

東京弁護士会の佐々木・北・嶋崎弁護士は、大量懲戒事案での不法行為訴訟において訴訟費用のためのカンパを募っています。これは弁護士の品位を失うべき非行にあたらないのか?と問題視されることもあります。

橋下氏のみならず、同じく大量懲戒請求を受けている神原弁護士のツイートでも、カンパを募ることについて抑制的です。やはり、何らかの問題があるのではないかと感じているようです。

訴訟費用をクラウドファンディングで集めるのは一般人が行う分には良いが、弁護士が行うのは良くないのではないか?という感覚がありますが、なぜそう思うのかについて明確にしておかなければなりません。単にルサンチマンで非難するべきではありません。

橋下氏が言うように、訴訟費用が実質的に0で訴訟提起可能となると、何でもかんでも訴訟提起するという行為に繋がりかねません。濫訴防止が一般的な法として常に要請されているとするならば、社会正義を職務とする弁護士の身分で自己の権利利益の保護のために提起する訴訟でカンパを募る行為を行うのは不適切ではないかという方向になりそうですが、より論理を詰めていかないといけないでしょう。

6:弁護士会から懲戒請求者への不法行為訴訟は在り得るのか?

まず、川村弁護士の言う主張自体失当や私の言う「その事由の説明を添えて」の要件をみたさないような場合、つまり本来門前払いをするべき場合(現在は異なり全部手続に流してますが)に弁護士「会」から懲戒請求者への不法行為訴訟は在り得るのか?

結論から言うと、これは無理だと思います。

なぜなら、弁護士会に発生する「損害」に慰謝料は観念できず、せいぜい処理に時間が割かれたという程度の実損しかないだろうからです。実損は作業負担ですが、懲戒請求書をコピーして対象弁護士に送付するだけなのでほぼゼロ。共同不法行為の構成で「大量だから」ということならまだしも、「殺到型」=1人1人が独立して懲戒請求した場合であれば「大量だから」という理由づけは不可能であり、1人分の請求によって損害が生じたと言うようなものはないと思われます。

ただし、これは思考上の事案ですが、「過去に懲戒不相当の判断が出たものと実質的に同種の懲戒事由で懲戒請求をかけてきた」というような場合であり、それが執拗な場合には、弁護士会から懲戒請求者への訴訟は可能なように思われます(現実に起こる可能性は低いし、弁護士会のデメリットが多いのでやらないと思いますが)。

7:弁護士から弁護士会への不法行為訴訟は勝てるのか?

こちらで検討したように、濫用的懲戒請求防止の機能を果たすべき弁護士会がその役割を果たさず、怪文書に過ぎないような「懲戒請求書と題する書面」を懲戒請求として受付け、対象弁護士に反論等の負担を負わせたことが、弁護士会による対象弁護士に対する不法行為であるとして請求することもあり得ると思います。

流石に同様の事案は過去にはないのですが、懲戒請求の手続が違法だとして弁護士が弁護士会に不法行為訴訟を提起した事例はありますので見ていきます。

綱紀委員会の懲戒に付する決定に対して(懲戒委員会の審査中の段階)

東京地方裁判所 平成27年(ワ)第27595号 独禁法3条後段違反に基づく懲戒処分差止請求等事件 平成28年4月14の原告弁護士による第一東京弁護士会への損害賠償請求を確認します。「本件一弁決定」とは、懲戒審査に付する決定のことです。

綱紀委員会による議決及び本件一弁決定は,前記1(2)において説示したとおり,懲戒委員会の判断を何ら拘束するものでなく,弁護士会内部の中間的な決定にすぎないものであって,原告X1の弁護士としての活動にも特段制限を加えない(なお,登録換え及び登録取消しの請求の制限は,綱紀委員会の議決により生ずる効果ではない(前記1(2))。※注:懲戒手続の付随的効果にすぎない)。

また,前記(1)ア(イ)における説示のとおり,弁護士法は,弁護士会の会員である弁護士に対し,一定の不利益の受任を求めているところ,本件において原告X1に生じているとされる不利益は,原告らの主張する事情を踏まえても,弁護士会の会員として,懲戒委員会に審査を求める旨の決定がされることにより通常生ずると認められる程度の不利益の限度を超えるものとは認めることは困難である。そうすると,上記議決及び本件一弁決定に関与した綱紀委員等の行為により,その対象弁護士である原告X1の法律上保護される利益が侵害されたものとは認められない。

原告X1が主張する事情は以下のようなものです(独禁法違反の主張は除く)。

イ)本件一弁決定に係る不法行為の成否
(原告らの主張)
 本件一弁決定は,原告X1に懲戒事由がなかったにもかかわらず出されたものであり,事実誤認や弁護士職務規程の解釈の誤りが認められる。このような誤った本件一弁決定がされたのは,弁護士会の綱紀委員会制度に透明性の欠如,手続保障の不備等の欠陥があり,また,綱紀委員に調査義務の懈怠,告知聴聞権の侵害等があったためである。

なお、「当該請求は公の権能の行使に当たる公務員である綱紀委員等の職務に係る行為の違法を問題とするものであるから(弁護士法70条の3第4項参照),国家賠償法によるべきものと解される」とされています。 

懲戒委員会委員長に対する不法行為訴訟 

東京高等裁判所 平成19年(ネ)第4042号 損害賠償請求控訴事件 平成19年11月29日

弁護士が懲戒請求を受け、懲戒委員会の審査期日において,懲戒委員会委員長が弁護士に対して十分な陳述の機会を与えなかったことが違法であるとして,懲戒委員会委員長に対し不法行為に基づき慰謝料200万円等の支払を請求した事案です。

控訴人が違法行為と主張する行為は,被控訴人が第二東京弁護士会の懲戒委員会委員長として行った行為であり,国家賠償法の適用の有無に関する限り,公共団体の公権力の行使にあたる公務員としての行為であると解するのが相当であり,被控訴人の行為が国家賠償法上,故意又は過失によって違法に控訴人に損害を加えたと評価されるとしても,第二東京弁護士会が同法1条1項により損害賠償義務を負うこととは別に,被控訴人が個人として不法行為の責任を負うものではない(最高裁判所昭和30年4月19日民集9巻5号534頁,同昭和53年10月20日民集32巻7号1367頁等)。

懲戒請求の手続が違法だとして弁護士会に対する損害賠償請求が認容される可能性はあるが、「中の人」個人に対しての請求は成立する余地はないということです。なお、別の裁判例では懲戒委員会委員長ではなく単なる委員も公共団体の公権力の行使にあたる公務員としての行為であるとされています。

余命大量不法行為事案ではどうなるか

平成28年東京地裁の裁判例では「弁護士会の会員として,懲戒委員会に審査を求める旨の決定がされることにより通常生ずると認められる程度の不利益の限度を超える」ものではないとされて請求棄却となりました。

しかし、今回の事案での弁護士の不利益は「通常生ずると認められる程度の不利益」かどうかは一考の余地があるのではないでしょうか。弁護士会に対する請求ですから、960通という大量の懲戒請求書と題する怪文書を弾かずに漫然と弁護士に反論を求めたのが不法であるという主張になります。1件1件の負担ではなく、960通全ての処理にかかる負担が損害になり得ます。

札幌弁護士会の猪野弁護士の見立てでは今回の場合は何ら反論をしなくとも綱紀委員会が弾くとされていますが、懲戒請求の通常の手続を考えると反論することが予定されています。反論のために要した労力も、猪野弁護士の札幌弁護士会は1本化してるのでほとんど無いですが、東京弁護士会など他の単位会がどうなのかはわかりません。

反論をするについても、意味不明な文面から問題とされる行為を弁護士が(自主的に)特定し、主張を組み立てる手間がかかると予想されます。しかも今回の場合は主張している内容が曖昧なため、有効な反論とみなされない危険を避けるために問題視されていると思われる行為や理由を出来る限り全て取り上げて反論しなければならないと不安に思う弁護士もいたのではないでしょうか。

現に、懲戒請求者への不法行為訴訟が懲戒事由にあたるとする懲戒請求に対する弁明書の作成においては、それなりの時間がかかっています。

この負担は(損害賠償を考えると)そこまで重くないですが、懲戒請求制度が予定している負担と言えるかは議論があると思われます。ただ、これも弁護士が弁護士会に訴訟提起するのは金銭面においても、立場上においてもデメリットが大きいので訴訟提起はしないと思いますが。

8:懲戒請求者から弁護士会の懲戒不相当判断に対する不法行為訴訟

懲戒請求者が単位弁護士会と日弁連に対して懲戒請求の判断が不法だとする訴訟を提起した事案があります。「3:懲戒請求取下げの申出が意味をなさないこと」の項で既に一部取り上げている東京地方裁判所 平成26年(ワ)第33428号 損害賠償請求事件 平成27年7月22日の事案です。

懲戒請求者の主張は、弁護士会が懲戒請求手続において、形式的な答弁書を提出させただけで実質的な調査を行わなかったこと、相当期間内に懲戒手続きを終えなかったことなどを理由に不法行為であるというものです。

判決の内容を簡潔に示すと

  1. 懲戒請求権は懲戒請求者の個人的利益の保護のためではなく、懲戒制度の適正な運用を確保するという公益的見地から特に認められたもの
  2. そのため、懲戒請求者は弁護士会による適正な懲戒権の行使がされるための端緒を提供し、その実現のために法の定める限度で懲戒手続に関与する地位を有するにとどまる
  3. よって、懲戒請求者は手続当事者として弁護士会に対し適切な懲戒権の行使を求めるなどの具体的権利を有するものではない

したがって、このような請求は無理であることになっています。他の裁判所も同様の判断をするでしょう。

ただし、今回は弁護士会に所属する弁護士全員の懲戒請求については手続を走らせない措置を各弁護士会がとっており、その対応について不法行為訴訟を提起する可能性も考えられます。

しかし、このブログで何度も指摘しているように、そのような対応を取るのが本来正当なのであって、この点を理由に懲戒請求者が弁護士会を訴えても門前払いされるべきであると考えます。

9:ブログ筆頭運営者の余命氏に責任追及できるのか?

現時点で分かっていることは、余命三年時事日記(余命ブログ)において特定の弁護士の名前を上げて懲戒請求をするよう呼びかける記述がなされていたということです。ブログのサーバー管理者や連絡先が、ブログ筆頭運営者の「余命氏」のものであるかはわかっていません。したがって、余命氏への追及は難しいのではないでしょうか。

仮に「余命氏が呼びかけを行った」と特定できたとしても、更に問題はあります。

今回の余命ブログ上の行為は、橋下徹弁護士がTV番組で特定事件の弁護団に対する懲戒請求の方途があることを呼び掛けた行為に似ています。橋下氏の事案では、橋下氏の不法行為責任は最高裁によって否定されました。

ただし、余命ブログと橋下氏の事案とが異なるのは以下の点です(佐々木・北弁護士の提訴予告記者会見参照)

  1. 懲戒請求書のテンプレートを用意していた
  2. 余命ブログの名を冠した書籍にもテンプレートを附属させていた
  3. テンプレートは特定の弁護士の懲戒請求の目的と読める記述があった
  4. 大量の懲戒請求書は一度、余命氏の所在に送られた上でまとめて弁護士会に送付された

こうした事情からは、余命氏の教唆、扇動、共同不法行為が認められる可能性はないとは言えないのではないかと思います。

まとめ

大量不当懲戒請求事案は弁護士による懲戒請求者への訴訟がどう進行するのかが注目されています。その中で、これまでに示した論点や疑問点が明らかになっていくと思われますが、訴訟手続きが進行する前の段階での論点整理をしてみました。

この問題は弁護士の間でも相当に意見が分かれている話であり、弁護士会の懲戒請求制度を振り返るきっかけになったと思います。弁護士自治が確立した歴史的経緯からは、懲戒請求制度は国民から負託されたものであるので、私たちと無関係なものではありません。

橋下氏が言及したように「弁護士の品位を失うべき非行」という曖昧な要件が濫訴を誘発しているのではないかという指摘もあります。制度の不備を放置していては、これを悪用する者が必ず出てきます。将来、自分の訴訟代理人弁護士が「攻撃」されて困ることになるかもしれません。そうした事態を未然に防ぐのが弁護士会の役割のはずです。

弁護士会に期待できないなら、弁護士法改正など立法レベルの話になります。国会議員への陳情・政府への請願など、一般国民が取れる方法はあるでしょう。

これまで提示してきた情報がそういった議論の役に立つかはわかりませんが、議論の肥やしになればいいと思います。

以上