事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

在日特権はあるのか?:「法務省が公式見解」の嘘と特別永住権の根拠

 「在日特権は無いと法務省が公式見解を出した」などという言説がありますが、間違いです。「在日特権の有無」についての考え方と特別永住権の根拠をまとめます。

「在日特権は無いと法務省が公式見解を出した」は嘘

在特会の言う「在日特権」あるの? 記者がお答えします:朝日新聞デジタル

「在日特権は無いと法務省が公式見解を出した」というのは、朝日新聞の取材に対して法務省の担当者が「特権とは思っていません」と話したことが「公式見解」と言われているだけです。理由は「歴史的な経緯と日本での定着性を踏まえた配慮」とのことですが、単なる一担当者のコメントに過ぎず、公式見解にはなりえません

さらにはこの発言を根拠に「公式見解」としてNHKの「クローズアップ現代」という番組で紹介したのが国谷裕子氏です。

これについては、朝日新聞の取材は政府担当者に「お伺い」をしてその回答をそのまま無検証で掲載しただけであり、特権があるかどうかの調査すらしていないという批判が当時から寄せられていました。

ちなみに、この記事は朝日新聞の紙媒体では存在していません。朝日新聞デジタルのみです(おそらくネット上では「在日特権」という用語は知られていたのでそれを否定したかったが、紙媒体だと新たに「在日特権」を知る者が出てくる危険があるため避けた可能性を感じます)。

こんな情報操作会社が聞いただけの根拠で「公式見解」と扱うのはおかしいので、政府答弁としてどうなっているか確認しましょう。

在日特権についての政府答弁

上記の朝日新聞の取材から半年後の質疑でまとまったものがありました。

189 参議院 法務委員会 12号 平成27年05月21日

○仁比聡平君 ー省略ー

この在特会はヘイトをあおるビラの中で、特別永住資格、平和条約国籍離脱者等入管特例法によって認められた資格である、もちろん、他の外国人にはこのような資格は与えられておらず、在日韓国人・朝鮮人を対象に与えられた特権と言える、紛れもない外国人でありながら、日本人とほぼ変わらぬ生活が保障されていると宣伝して、扇動して、この在日コリアンの排斥をあおっているわけですね。入管局長に伺いますが、在特会のこう言うような意味においての特権なのでしょうか。

○政府参考人(井上宏君)

特別永住者と申しますのは、日本国との平和条約の発効によりまして本人の意思に関わりなく日本の国籍を離脱した者で、終戦前から引き続き我が国に在留している者及びその子孫であって、我が国で出生し引き続き在留している者のことでございますが、日本の国籍を離脱することとなった歴史的経緯でございますとか我が国における定着性に鑑みて、いわゆる入管特例法におきまして一般の外国人とは異なる措置が特例として定められたもので、そのような法的な地位でございます。

○仁比聡平君 そうした趣旨で定められているのであるから、これは特権ではないですよね。局長、もう一回。

○政府参考人(井上宏君) この特例措置は、特別永住者の法的地位の安定を図るために法律により特に設けられたものでございまして、このような措置を根拠として日本社会から排斥するようなことは、これはあってはならないことだというふうに理解しております。

「在日 特権」「入管特例法」など で国会の会議録検索をかけてみれば分かりますが、所管官庁である法務省が「在日特権は無い」と公式見解を発したことは一度もありません。また、「在日特権はない」と閣議決定した答弁書も存在していません。

それは当たり前です。

なぜなら、そもそも「特権」という言葉には法的な定義、公的な定義がないからです。なので答えようがありません。したがって「特権はあるのか?」という問いを行政にしても元々無駄な行為だったのです。

特権なのか?特権ではないのか?という問題設定自体、単なる「言葉遊び」に過ぎません。本質的なことは、他の外国人或いは日本人と比して利益を得るような事はあるのかどうか?ということです。

それを特権と呼ぶことが妥当なのかどうかという日常的な価値判断の次元でのみ通用する話です。

小括:「特権」と呼ぶか否かは非本質的で不毛な議論

  1. 「特権」という語の法的公的定義は無い
  2. そのため「在日特権を政府が認めるか?」は最初から不毛な議論
  3. 「政府が在日特権を否定した公式見解がある」は事実と異なる
  4. 「特権ではないと思う」という一担当者の発言を朝日新聞の取材で述べただけ

言葉の表面だけ捉えて「それはあるか、ないのか」と言っても何も始まりません。

具体的な現実を語らなければ無意味です。

現在の特別永住権の根拠

日韓法的地位協定に基づく協議の結果に関する覚書

現在の特別永住者制度は、平成3年1月10日に日韓の外相間で交わされた【日韓外相覚書(日韓法的地位協定に基づく協議の結果に関する覚書)】を受けて制定された【入管特例法(日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法)】に基づいています。

日韓外相覚書は外務省のHPなどネット上にソースが見当たらなかったので調べたところ、【外務省公表集】に文章が掲載されていました。

日韓法的地位協定とは、1965年6月22日署名の【日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定】を指します。こちらは国立公文書館デジタルアーカイブで閲覧できます。

日韓法的地位協定に基づく協議の結果に関する覚書

日韓法的地位協定に基づく協議の結果に関する覚書 (一九九一年一月一〇日)

覚 書

 日本国政府及び大韓民国政府は、1965年6月22日に東京で署名された日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定(以下「法的地位協定」という)第2条1の規定に基づき、法的地位協定第1条の規定に従い日本国で永住することを許可されている者(以下「在日韓国人一世及び二世」という)の直系卑属として日本国で出生した大韓民国国民(以下「在日韓国人三世以下の子孫」という)の日本国における居住について、1988年12月23日の第1回公式協議以来累次にわたり協議を重ねてきた。

 また、大韓民国政府は、1990年5月24日の盧泰愚大統領と海部俊樹総理大臣との間で行われた首脳会談等累次の機会において、1990年4月30日の日韓外相定期協議の際に日本政府が明らかにした「対処方針」(以下「1990年4月30日の対処方針」という)の中で示された在日韓国人三世以下の子孫についての解決の方向性を、在日韓国人一世及び二世に対しても適用してほしいとの要望を表明し、日本国政府は、第15回日韓定期閣僚会議等の場において、かかる要望に対しても適切な対応を行うことを表明した。

 1991年1月9日及び10日の海部俊樹日本国内閣総理大臣の大韓民国訪問の際、日本側は、在日韓国人の有する歴史的経緯及び定住性を考慮し、これらの在日韓国人が日本国でより安定した生活を営むことができるようにすることが重要であるという認識に立ち、かつ、これまでの協議の結果を踏まえ、日本国政府として今後本件については下記の方針で対処する旨を表明した。なお、双方は、これをもって法的地位協定第2条の1の規定に基づく協議を終了させ今後は本協議の開始に伴い開催を見合わせていた両国外交当局間の局長レベルの協議を年1回程度を目途に再開し、在日韓国人の法的地位及び待遇について両政府間で協議すべき事項のある場合は、同協議の場で取り上げていくことを確認した。

1.入管法関係の各事項については、1990年4月30日の対処方針を踏まえ、在日韓国人三世以下の子孫に対し日本政府として次の措置をとるため、所要の改正法案を今通常国会に提出するよう最大限努力する。この場合、(2)及び(3)については、在日韓国人一世及び二世に対しても在日韓国人三世以下の子孫と同様の措置を講ずることとする。
(1) 簡素化した手続きで覊束的に永住を認める。
(2) 退去強制事由は、内乱・外患の罪、国交・外交上の利益に係る罪及びこれに準ずる重大な犯罪に限定する。
(3) 再入国許可については、出国期間を最大限5年とする。

2.外国人登録法関係の各事項については、1990年4月30日の対処方針を踏まえ、次の措置をとることとする。
(1) 指紋押捺については指紋押捺に代わる手段を出来る限り早期に開発し、これによって在日韓国人三世以下の子孫はもとより、在日韓国人一世及び二世についても指紋押捺を行わないこととする。このため、今後2年以内に指紋押捺に代わる措置を実施することができるよう所要の改正法案を次期通常国会に提出することに最大限努力する。指紋押捺に代わる手段については、写真、署名及び外国人登録に家族事項を加味することを中心に検討する。
(2) 外国人登録証の携帯制度については、運用の在り方も含め適切な解決策について引き続き検討する。同制度の運用については、今後とも、在日韓国人の立場に配慮した、常識的かつ弾力的な運用をより徹底するよう努力する。

3.教育問題については次の方向で対処する。
(1) 日本社会において韓国語等の民族の伝統及び文化を保持したいとの在日韓国人社会の希望を理解し、現在、地方自治体の判断により学校の課外で行われている韓国語や韓国文化等の学習が今後も支障なく行われるよう日本国政府として配慮する。
(2) 日本人と同様の教育機会を確保するため、保護者に対し就学案内を発給することについて、全国的な指導を行うこととする。

4.公立学校の教員への採用については、その途をひらき、日本人と同じ一般の教員採用試験の受験を認めるよう各都道府県を指導する。この場合において、公務員任用に関する国籍による合理的な差異を踏まえた日本国政府の法的見解を前提としつつ、身分の安定や待遇についても配慮する。

5.地方公務員への採用については、公務員任用に関する国籍による合理的な差異を踏まえた日本国政府の法的見解を前提としつつ、採用機会の拡大が図られるよう地方公共団体を指導していく。

なお、地方自治体選挙権については、大韓民国政府より要望が表明された。

(署名)             (署名)

中山太郎            李 相 玉

日本国外務大臣        大韓民国外務部長官

                                                   1991年1月10日 ソウル

日韓外相覚書についての各所の報道

当時、海部俊樹総理大臣も訪韓しており、大統領夫妻主催の晩餐会に参加していました。各社の報道は在日朝鮮人の処遇について協議すると報道しており、上記覚書の内容の通り入管関係、外国人登録関係、公務員採用、教員採用、朝鮮人教育について進展があるものと報道されていました。

ただし、朝日新聞は指紋押捺の廃止予想のみ事前報道で取り上げており、割いている紙面の量や見出しの大きさは他社に比して小さなものでした。

どの新聞も平成3年1月10日の夕刊に覚書の全文ないしは要旨を掲載していました。読売新聞が全文掲載であり、朝日・毎日・日経は要旨でした。 

「在日特権」と言われるものの中身について

「特権に定義はない」とは言いましたが、世の中で「在日特権」と言われているものは複数の性質のものが入り混じっています。それについて一応の整理を行っているのが「在日特権と犯罪」の著者である坂東忠信さんです。

坂東さんによると、「在日特権」と呼ばれているものは以下の種類があると言います。

  1. 在日朝鮮民族固有の「特権」
  2. 一般外国人には無い「特別永住権者」としての「優遇」
  3. 日本人にはありえない外国人としての「メリット」と「裏ワザ」
  4. 民族団体の組織力で勝ち取った生活保護受給資格とその扶助

1番は法定の要件を充たしていないのに行われていた朝鮮総連関係施設の固定資産税免除や、朝鮮学校の用地使用に関して事実上、格安の譲渡または貸与がなされていたという事実があります。固定資産税については平成27年に総務省が課税状況を公表して以降、全額免除は無くなりました。

それ以外の項目について、通名を使用することで犯罪者が過去の清算を図ったり扶養控除では架空の被扶養者の申請が可能で、実質税金をプラスマイナス0にできるというものが指摘されています。

詳細は坂東さんの著作を見て頂ければと思いますが、ネットにソースがあるものとして特別永住権者としての優遇について触れていきます。

特別永住権者としての優遇

2番目の特別永住権者としての優遇の例は、退去強制事由が非常に限られているために実質的に強制送還がないこと、 身分証明書の携帯義務が無い事、滞在資格が世襲制などがあります。

また、次に示すように、国籍を変えても身分が血統で保障されているということがあります。

参議院議員有田芳生君提出「特別永住者」に関する質問に対する答弁書】では「いま、日本に特別永住者は何人いますか。具体的な人数を国籍別にお示し下さい。」という質問に対して以下の回答がありました。

法務省の在留外国人統計(平成二十六年六月末現在)によれば、国籍・地域別の特別永住者の数は、スリランカが二人、中国が千七百五十九人、台湾が六百四十八人、インドが五人、インドネシアが八人、イランが九人、イスラエルが二人、韓国・朝鮮が三十六万四人、ラオスが一人、マレーシアが十一人、ネパールが四人、パキスタンが三人、フィリピンが四十六人、シンガポールが三人、タイが十人、ベルギーが四人、ブルガリアが一人、デンマークが三人、フィンランドが二人、フランスが六十七人、ドイツが十四人、ギリシャが八人、ハンガリーが二人、アイルランドが六人、イタリアが十二人、オランダが十三人、ポーランドが二人、ルーマニアが二人、ロシアが八人、スペインが三人、スウェーデンが九人、スイスが十八人、英国が八十一人、ウクライナが一人、スロバキアが二人、コンゴ民主共和国が一人、ガーナが一人、モロッコが三人、ナイジェリアが十五人、エジプトが二人、カナダが百五人、コスタリカが二人、ジャマイカが一人、メキシコが七人、米国が七百二十六人、アルゼンチンが二人、ブラジルが二十八人、ペルーが四人、オーストラリアが百五人、ニュージーランドが三十一人及び無国籍が八十七人である。

特別永住者とは第二次大戦前から引き続き日本に在留し、1951年のサンフランシスコ講和条約の発効に際して日本国籍を離脱した者です。入管特例法により「その子孫」が含まれます。

上記の国籍の中には1951年時点で存在していない国が含まれています(12か国ありますが数例を赤字表記)。つまり、在日韓国・朝鮮人(+αで台湾人・支那人)が外国人と婚姻してその子孫が国籍を変えても、特別永住者の地位を失わない場合があり、しかも相続できるのです。さらに無国籍者も含まれるという事実は衝撃的です。

「特権」の国語辞書的な意味として、このような権利・地位は他に例がなく、「特権」と言っても全く差支えが無いと言えるでしょう。

まとめ

特別永住資格そのもの=歴史的背景から日本国籍離脱者にも永住資格を認めることは、日韓両国の外相覚書とそれを受けた入管特例法という法令に基づくものであり、特権と呼ぶのはどうかと思います。

しかし、特別永住資格があることから派生する具体的な取扱いの差異について論じる際に、特権という言葉を使ってはならないとは思いません。

特別永住資格そのものと、そこから派生した利益の両者を分け、議論の場においては「特権か否か?」という不毛な問題設定は避けるべきでしょう。

以上