どうしてこうなった
- 国民・厚生年金保険の脱退一時金と高齢外国人の生活保護増加の懸念
- 国民年金保険と厚生年金保険の脱退一時金制度と社会保障協定
- 脱退一時金の裁定件数は10年間で約72万件:12万件増加
- 脱退一時金の支給額全体の金額は10年で1000億円以上か
- 外国人に生活保護法上の受給権は無いが受給させることは違憲ではない
- まとめ:年金の脱退一時金制度・在留資格・生活保護措置に跨る問題
国民・厚生年金保険の脱退一時金と高齢外国人の生活保護増加の懸念
国民年金保険と厚生年金保険に加入している外国人については日本人には無い「脱退一時金」という仕組みがあります。
その仕組みの中で、高齢外国人の生活保護受給者が増加するのではないか?という懸念が持ち上がっています。
以下のHPで概要を把握できるマンガがあり、ここでも転載しますが、問題となる状況についてはいくつかの条件があるので整理していきます。
【漫画でわかる外国人特権】年金を解約でき一時金をもらった上に、老後は生活保護を受給することもできる衝撃の実態 | 小坪しんやのHP|行橋市議会議員
- 外国人が国民年金或いは厚生年金に加入し、加入期間(未納が無いこと)など、一定の脱退一時金の受給要件をみたす
- 出国して脱退一時金の請求をし、支給を受ける
- その後、日本に再入国する(①②を繰り返す場合も)
- 当該外国人が「永住者」「定住者」「〇〇の配偶者」等の在留資格を得る
- 定年時に再度の保険料納付済期間等が10年に満たない場合、老齢年金の受給資格が生じない(10年を満たしても低い年金受給額となるおそれ)
- 生活苦のため生活保護受給申請をし、受給者になる
整理すると、このような状況の外国人が今後、増えるのではないか?というのがここでの問題提起です。
既に、この状況に陥った方の存在は公的な場で指摘されています。*1
この場合、海外の人材派遣会社等が脱退一時金の請求時に労働者に制度をしっかりと伝えていないことや、脱退一時金の代理請求ビジネスを行っている会社が制度利用を推奨しているという別の問題も絡んでいます。
次項以降では、制度の大枠の理解と現状についてデータを示します。
国民年金保険と厚生年金保険の脱退一時金制度と社会保障協定
国民年金保険と厚生年金保険の脱退一時金制度とは、短期間の滞在*2をする外国人を対象に、保険から支給される一時金のことです。
日本に短期間の滞在をする外国人でも日本国内に居住していれば国民年金或いは厚生年金の加入をしますが(特例で除外される場合あり)、保険料を一定の期間支払った後に受給資格を得る老齢年金は受け取れません。
そのため、保険料の掛け捨てを防ぐために設けられたのが脱退一時金制度です。*3
しかし、脱退一時金の支給を受けると、被保険者期間がその分はゼロになります。
社会保障の二重負担を防ぐ目的の「社会保障協定」を締結している国の者は、被保険者期間の通算が行えるようになっており、外国人は日本での加入期間を自国での加入期間に参入できますが、やはり脱退一時金の支給を受けると年金の加入期間として通算されないこととなります。どちらを選択するかは本人の自由ですが、注意すべきことです。
脱退一時金制度は、日本人は対象外です。その意味で「外国人特権」と言っている人も居ますが、制度自体がこうした性格のためです。
脱退一時金は本来、「例外的な対応」として扱われるハズのものでした。*4
しかし、どうもその法の趣旨を逸脱した制度の使われ方がされているようだ、というのがここでの問題です。
脱退一時金の裁定件数は10年間で約72万件:12万件増加
第13回社会保障審議会年金部会 厚生労働省年金局 2019年10月30日
上掲図時点での直近の10年間である平成20年~29年の裁定件数は60万7743件です。
割合からするとほぼ厚生年金保険の問題であると言えます。
小坪慎也議員の行橋市議会での質疑では平成24年~令和3年の裁定件数は約72万件なので、12万件ほど増えていることになります。
(関連する質疑は動画の15分くらいから。)
当該質疑・答弁の非公式議事録⇒小坪慎也行橋市議会議員による高齢外国人の生活保護が増えている要因についての議会質問を文字起こししてみた|👴黄門市長 谷畑英吾
これは日本国内に滞在する外国人が多くなってきたことが影響していると言えます。
しかし、この期間には外国人の入国を大幅に制限した新型コロナ禍の期間が含まれますので、「より多くの割合の外国人が脱退一時金を請求した」可能性も否定できません。
答弁を聞くと、行政側も懸念を認識しているのが分かります。
生活保護は地方の財政問題に直結するからでしょう。
脱退一時金の支給額全体の金額は10年で1000億円以上か
では、脱退一時金の支給額について、全体はどれくらいになっているのか?
過去には以下のような答弁がありました。
衆議院議員和田隆志君提出短期在留外国人の厚生年金脱退一時金支給制度に関する質問に対する答弁書 平成二十年十月十四日
脱退一時金制度が施行された平成七年度から平成十九年度までの間における厚生年金保険の脱退一時金の支払総額は、約八百六十七億円である。
今回、小坪議員は具体的な個別ケースについて、あくまで参考値ではありますが脱退一時金の支給額の答弁を引き出していますのでそれを引用します。
小坪慎也行橋市議会議員による高齢外国人の生活保護が増えている要因についての議会質問を文字起こししてみた|👴黄門市長 谷畑英吾
〇小坪議員 ~省略~ そこでちょっと脱退一時金がどれくらいもらえるのかということを市民部に問うていきます。これ実はセットで源泉所得税も還付が受けることができますので、具体的なケースを明示して一例としてお答えをいただきたいんですけど、ケース1、今からケースをひとつずつ問うていきます。ケース1、技能実習生のGさんの場合ですね、これ例えばB国から技能実習生として来日していたGさんは、日本の介護施設で3年働いて技能実習期間が終了したので帰国することとなりました。お給料は17万円/月でございましたと。目安は大体どれくらいになるでしょうか?答弁お願いします。
〇市民部長 今の議員の方から説明されましたモデルにつきましては、具体的な月収が適示されておりますので試算は実際は可能でございますが、そのうえで実際のこの方の扶養状況や個々の状況についてはばらつき、それぞれの会社の事情もあるかと思いますので、あくまで一例として目安ということでお答えをさせていただきたいと思います。今、議員の方から示されましたお給料17万円でというふうなこの技能実習生の方につきましては、還付額のまず目安といたしましては、計算をしたところ、55万9980円。で、その内訳といたしましては、先ほどからご説明のあります脱退一時金につきましては44万7984円。源泉所得税分といたしまして11万1996円というふうになっております。以上です。
〇小坪議員 ケースの二つ目です。特定技能のMさんの場合。M国から「特定技能」で入国し、日本の飲食店で5年間働いて帰国する場合、お給料は22万円で毎月でした。この場合の試算をお願いします。
〇市民部長 同じように目安ということでお答えをいたします。還付額の合計の目安といたしましては、120万7800円。その内訳といたしまして、脱退一時金は96万6240円。源泉所得税分といたしまして24万1560円という計算になっております。
〇小坪議員 ケースの三つ目。語学学校講師Dさんの場合。JETプログラムで来日し、地方の小学校で2年間にわたり英語の教師として勤務した場合、1年目は28万円/月、2年目は30万円/月でした。試算をお願いします。
〇市民部長 ではお答えをいたします。還付額の目安といたしましては、61万4880円で、内訳といたしまして、脱退一時金49万1904円、源泉所得税分といたしまして12万2976円となっております。以上です。
〇小坪議員 最後、ケース4ですね。日本企業の勤務をイメージして、留学生とかがそのまま日本で働いていただいているイメージです。これが金額一番大きいですけど、留学生として来日し、日本の大学を卒業し、日本企業に就職したDさん。企業の海外業務担当者として貿易や海外取引先の開拓を行っていましたが、母国の母が病で倒れたことをきっかけに退職と帰国を決意しました。その際のお給料は28万円の月額プラス賞与30万円かける2回が天で5年間日本で働きました。この場合の還付額の目安を教えてください。
〇市民部長 お答えをいたします。還付額の目安といたしまして、153万7200円となっておりまして、その内脱退一時金は122万9800円、源泉所得税分といたしまして30万7440円というふうな計算でございます。
1件1件がこの金額であり、それが72万件あるということなので、規模感としては10年で少なくとも1000億円以上になっていると予想されます。
もちろん、これらすべてが法の趣旨を逸脱した請求ではない点には注意ですが。
なお、脱退一時金の支給を受けた者の被保険者期間月数については厚労省が以下のような割合を出しています。
第13回社会保障審議会年金部会 厚生労働省年金局 2019年10月30日
外国人に生活保護法上の受給権は無いが受給させることは違憲ではない
本件の大前提の知識なので、ここで簡単にまとめます。
外国人に生活保護法上の受給権はありませんが、受給させることは違憲ではないというのが現在の運用となっています。
最高裁判所第三小法廷判決 平成13年9月25日平成9(行ツ)176 集民第203号1頁にて生活保護法が不法残留者を保護の対象としていないこと、それは憲法25条、14条に反しないことが判示されました。
最高裁判所第二小法廷判決 平成26年7月18日平成24年(行ヒ)45号(※なぜか最高裁HPではUPされていない)では、永住者*5の外国人に関する事案で、外国人は生活保護法の受給権を有しないこと、外国人は行政庁の通達等に基づく行政措置により事実上の保護の対象となり得るにとどまることが示されました。
「行政庁の通達」というのが以下です。
○生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について(昭和二九年五月八日)(社発第三八二号)(各都道府県知事あて厚生省社会局長通知)⇒https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta1609&dataType=1&pageNo=1
○「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について」の一部改正等について(通知)(平成24年7月4日)(社援発0704第4号)(各都道府県・各指定都市・各中核市民生主管部(局)長あて厚生労働省社会・援護局長通知)⇒https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb9594&dataType=1&pageNo=1
○生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について 改正平成26年6月30日厚生省社会局長通知社援発0630第1号による改正まで⇒https://www.cao.go.jp/bunken-suishin/teianbosyu/doc/tb_29_ko2_08_1_moj_b306.pdf
ネット上では「外国人の生活保護は憲法違反という最高裁判決がある」などと言われることがありますが、最高裁はそうは言っていません。
※これとは別に、難民に関して難民条約批准に伴い発出された通達がありますが、詳細は【小野田紀美「外国人生活保護拒否は難民条約違反というのは嘘」中田大悟のyahooコメントなど 】でまとめています。
※なお、法律が無いのに金を使うことが許されるのか?という「法律の留保」の観点からは、判例実務は侵害留保説的な考え方なので問題になりません。これは国葬で話題になりました。
まとめ:年金の脱退一時金制度・在留資格・生活保護措置に跨る問題
- 年金⇒厚労省
- 在留資格⇒出入国管理庁
- 生活保護⇒各自治体
脱退一時金に係る上掲の懸念は、これらの行政庁を横断する分野に関する問題と言えます。そのため、どの部分からアプローチして改善・防止するか、という点が見えにくくなっていると言えます。
例えばイギリスのように(EEA域外の外国人については)期限付き滞在許可による外国人は公的扶助に頼らないことが滞在の条件とする、などの制限を設けるなどの防止策が採れないものか、その前提として脱退一時金利用者の再入国のデータを収集するなど、注目していくべき問題だと思われます。
以上:SNSシェア,はてなブックマーク,ブログ,note等でのご紹介をお願いします
*1:例えば:第169回国会 参議院 少子高齢化・共生社会に関する調査会 第5号 平成20年4月16日
*2:入管による「短期滞在」という在留資格区分とは異なる。入管法19条の3参照
*3:平成7年の制度施行当時は、老齢年金の受給資格は25年の支払いが必要だったが、現在は10ネに短縮されている点に注意
*4:参考:第169回国会 参議院 本会議 第25号 平成20年6月6日
*5:当初稿で「特別永住者」と書いていた点を修正。追記:本件は「永住者」の外国人の事案ですが、最高裁判決は外国人に生活保護法上の受給権が無いという立場なので、第1審判決が「永住外国人」に対して生活保護法を適用しないことにつき合憲であるとしたことを問題ないと考えていると言えます。