事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

伊藤詩織vs杉田水脈いいね訴訟判決文:東京高裁令和4年10月20日判決令和4年(ネ)第1922号:原審:東京地裁令和2年(ワ)第20802号

結論だけ知りたい人は目次の6番へ

「いいね」の対象となったツイートの文言は5番へ

1:伊藤詩織vs杉田水脈いいね訴訟判決文

山口敬之から性被害を受けたとして訴えて勝訴した伊藤詩織氏。

伊藤氏が杉田水脈衆議院議員のTwitter上での「いいね」行為によって名誉感情を傷つけられたとして損害賠償請求をした事件があり、高裁で逆転勝訴しました。

その際の認定ロジックについてはメディアを通して漏れ伝わっていますが、伊藤氏の代理人の佃克彦弁護士は、「事案が特殊である」と強調しています。

「いいね」で賠償命じる初判断、原告代理人は「特定の事例における特定の判断」と強調 - 弁護士ドットコム

ツイッターの「いいね」で不法行為を認めた判決は初めてとみられる。

ただ、代理人の佃克彦弁護士は「この判決が『いいね』が不法行為になったという先例として世の中に広まっていくのは本意ではない。特定の事例における判断で、人の悪口に『いいね』を押せば損害賠償と言っている判決ではない」と強調した。

判決の内容の概要は以下がメディアでは最もまとまっています。

杉田水脈議員に賠償命令、伊藤詩織さん中傷ツイートに「いいね」 東京高裁 - 弁護士ドットコム

が、伝えられていない重要な要素があるため、ここで指摘していきます。

2:東京高裁令和4年10月20日判決令和4年(ネ)第1922号

伊藤詩織vs杉田水脈のいいね訴訟ですが、東京高裁で伊藤氏が逆転勝訴しました。

東京高裁令和4年10月20日判決令和4年(ネ)の特徴の概要は以下。

  • いいねを押す目的の認定方法としてSNS外の「経緯」を考慮
  • 本件の事情の下では、「ちはる上野」を侮辱するツイートへのいいねも伊藤詩織への侮辱を構成するとした
  • 社会通念上許される限度を超える侵害があり損害も認められるとした
    ⇒この際に杉田氏が国会議員であることや当時11万フォロワーだったことを考慮

東京地方裁判所はどうだったか。比べることで理解が鮮明になるため、先に地裁の判断の構造を見ていきます。
(というか、いいねの性質を裁判所がどう理解したのかは高裁が地裁判決文を引用する形であるため、地裁判決文をみないとわからない)

高裁判決のまとめだけなら、目次6番に飛ばしても構いません。

「いいね」の対象となったツイートの文言は目次5番で。

3:原審:東京地裁令和4年3月25日判決 令和2年(ワ)第20802号

原審である東京地方裁判所令和4年3月25日判決 令和2年(ワ)第20802号事件。

いいねを押す行為(の性質について詳細に論じています。

特段の留保もなく「いいね」が用いられれば、それは対象ツイートに関する何らかの好意的・肯定的な感情を示すために行われたものであることが多く、これを目にする者もそのようなものと受け止めることが多い

これは「いいね」が、事実上ブックマーク等の機能を有し、そのような意図ないし目的で用いられることを考慮した上でこのように判断しています。

もっとも、仮に好意的・肯定的な感情を示す目的で「いいね」を押したとしても、それだけでは、その対象が対象ツイートの内容の全部なのか一部なのかを区別することはできないこと、また、一定数のユーザーは、対象ツイートを行ったユーザーを応援したい、同ユーザーに対象ツイートを読んだことを伝えたいなど、ユーザー間の人間関係や他のユーザーに対する感情から「いいね」を押すこともあると認められるとしました。

次に、仮に好意的・肯定的な感情を示すために「いいね」が用いられたとしても、それだけではその感情の程度を明らかにすることはできず、礼賛ないし称賛、賛成、応援等の強い感情から面白い、興味深い、悪くない、等の弱い感情まで、幅広い感情を包摂していると分析し、以下指摘しました。

仮に好意的・肯定的な感情を示すために「いいね」が用いられたとしても、「いいね」それ自体からは、それによって示される好意的・肯定的な感情の対象を特定することはできないというべきである。

その上で、いいねを押す行為が侮辱と認められるための規範を提示しています。

「いいね」を押す行為は、原則として、社会通念上許される限度を超える違法な行為と評価することはできないというべきであって、これが違法と評価される余地が生ずるのは、これによって示される好意的・肯定的な感情の対象及び程度を特定することができ、当該行為それ自体が特定の者に対する侮辱行為と評価することができるとか、当該行為が特定の者に対する加害の意図をもって執拗に繰り返されるといった特段の事情がある場合に限られるというべきである。

地裁では特段の事情は無いとされました。

そして、被告=杉田氏の25個のツイートへのいいね(「本件押下行為」と記述)についての原告の以下の主張を排斥しています。

  • 被告が本件押下行為をするにあたり、各ツイートに対する積極的・肯定的評価を宣明する故意を有していたか、少なくとも被告がそう宣明しているものと閲覧者の目に映ることを認識していたか、これらを極めて容易に認識できるのにそれを認識しなかった
  • 被告は11万フォロワーを要する国会議員であり、その言論の影響は絶大
  • 平成30年6月30日、被告が「伊藤氏の事件が、それらの理不尽な、被害者に全く落ち度がない強姦事件と同列に並べられていることに女性として怒りを感じます」というツイート並びに本件押下行為をしたこと、及び同年7月16日に被告が自身の公式ブログに「久々の母娘の会話」というタイトルの記事を掲載した上、自身のTwitterアカウントを用いてその旨を知らせるツイートを行ったこと は、被告の行為の違法性を兆表して余りある
  • 被告が平成30年3月頃に放送されたインターネット上の番組において、原告について「枕営業大失敗」などと取り上げたイラストを題材に、複数人で原告を揶揄していたなどからすれば本件押下行為の違法性は明らか

特に裁判所は、いいねを押すとフォロワーのタイムラインに表示されることがあるがそうなるかは不確実であり、ユーザーが左右できるものではなく、いいねを押すことでただちに拡散されるものとは言えないとし、それゆえに被告がいいねを押したからといって当該ツイートの表現を多数のフォロワーに向けて殊更に拡散したとは言えず、多数のフォロワーを擁しているからといって社会通念上許される限度を超える違法な行為であるとは言えないこと、ネット番組での行為は本件押下行為とは全く別の機会にされたものであって被告のプロフィールページ等を閲覧する者が当然に認識できる事情ではないから、被告がこれらの行為を行ったからといって直ちに本件押下行為が社会通念上許される限度を超える違法な行為との評価を受けるものではない、としました。

4:Twitterいいね訴訟高裁判決が考慮した「過去の経緯」

いいねを押す行為の一般的理解は、地裁判決からは変えていません。

ただ、地裁と異なり、高裁はいいねを押した場合にそれが侮辱なのか=どの部分の記述に好意的・肯定的な評価をし、その内実はどうなのかという点について、明示的には「特段の事情」は求めず、総合判断していたように見えます。

そして、それを判断するための事情として、地裁が「全く別の機会にされたもの」「被告のプロフィールページ等を閲覧する者が当然に認識できる事情ではない」として排斥したような、SNS外の過去の発言を考慮しました

  • 平成30年3月頃のインターネット放送出演時に伊藤氏を揶揄した
  • 同年6月28日、イギリスBBCの"Japan's secret shame"にて杉田氏が伊藤氏を指して「明らかに女性としても落ち度がある」「嘘の主張をした」(※未確認だが「デートレイプドラッグ」の点に関する言及かもしれない。その場合は「嘘の主張」は正当だが本件の評価には影響しない)などの発言とともに、山口敬之を擁護する主張をした
  • 同月29日、杉田水脈Twitterアカウントにて「もし私が、『仕事が欲しいという目的で妻子ある男性と2人で食事にいき、大酒を飲んで意識をなくし、介抱してくれた男性のベッドに半裸で潜り込むような事をする女性』の母親だったなら、𠮟り飛ばします。『そんな女性に育てた覚えはない。恥ずかしい。情けない。もっと自分を大事にしなさい。』と。」とツイートした
  • その後、同月30日から同年7月12日にかけて、前述のツイートに本件対象ツイート1~5がされた
  • 同月30日、杉田 水脈(すぎた みお) 公式ブログ : 【BBCが放送した伊藤詩織氏のドキュメンタリー「日本の秘められた恥」について(その2)】魚拓において「伊藤詩織氏のこの事件が、それらの理不尽な、被害者に全く落ち度がない強姦事件と同列に並べられていることに女性として怒りを感じます。」と投稿した(Twitter上でもブログURLをシェアして同趣旨の投稿をした)
  • 同年7月16日、杉田議員のTwitterアカウントに、自身の公式ブログの記事「久々の母娘の会話」をシェアしてツイートをした
  • その後、同日から翌17日にかけて、前記ツイートに対して本件対象ツイート6~25がリプライとして為された
  • 杉田議員は同年6月30日頃から同年7月17日頃にかけて、本件対象ツイートに対し、いいねをした

地裁と異なるのはイギリスBBCの話が盛り込まれた程度です。

魚拓

「本件対象ツイート6」は上掲の杉田議員のツイートへのリプライ。

「本件対象ツイート7~25」は、このツイートにリプライした「ちはる上野」というハンドルネームのアカウントによるツイートへのリプライ。

ちはる上野のツイート内容は地裁判決文を読むと…

杉田さん、ちはる上野と申します。強姦事件に、落ち度もクソもあるのですか?貴女に落ち度があって、伊藤さんと同じように、男にホテルに誘導されて、抵抗できない状態で避妊もされず、体内に射精されて…貴女はそれでも『私に落ち度があったからぁ~』って言うんですか?貴女…本当に女なの?

というもの。

https://twitter.com/ldk4althkdg18jo/status/1018691820195205121(リプライの魚拓

なお、「本件対象ツイート1」は、平成30年6月29日の以下のツイートへのリプライ

「本件対象ツイート2~6」は、これへのリプライをした「ちはる上野」のツイートに対するリプライを指します。

ちはる上野の当該ツイートは地裁判決文を読むと…

杉田さん、ちはる上野と申します。貴女は一体何が言いたいのですか?『関係のない娘まで…酷い』とでも?全て貴女の、品性の無い言動が招いたことでしょうが。被害者ぶるのもいい加減にして下さい 見苦しい 本当の被害者が、伊藤さんやそのご家族だとこれっぽっちも思わない?情けない人…

というもの。

なお、杉田氏は「本件対象ツイート」以外にも「ちはる上野」を批判、中傷する33件のツイートについてもいいねを押している、と認定されています。

5:杉田議員のいいねは社会通念上許される限度を超える違法な侮辱と認定

  1. 名誉感情侵害(侮辱)の内容かどうか
  2. 社会通念上許される限度を超えるかどうか
  3. 損害はあるのか

これらについて、地裁は1番について明らかではないとして排斥しました。

対して高裁は、過去の経緯を勘案して1を認め、2~3も認定しました。

本件対象ツイート1~25は、以下の画像にまとまっています。

6:結論まとめ:杉田議員のみの特殊事例、一般人が該当するのは極めて稀

改めて高裁判決が「いいね」で不法行為を認めた特殊事情をまとめると

  1. 杉田氏が「いいね」をする前にTwitter外で何度も伊藤氏を批判していた
  2. 「いいね」をする前やその最中の時期に、伊藤氏を批判する内容のツイートや同趣旨の内容の自身の公式ブログのURLシェアをしていた
  3. 25回という多数回の、伊藤詩織や伊藤氏を擁護する「ちはる上野」を批判・中傷するツイートへの「いいね」をしていた(それ以外にも+33個の両者を批判・中傷するツイートへの「いいね」があった)
  4. それらのツイートの中には「枕営業の失敗」「ハニートラップ」という強い侮蔑の言葉のものもあった
  5. 杉田氏は11万フォロワーを有しており拡散力が大きい
  6. 杉田氏は国会議員の立場であり一般人とは容易に比較し得ないほど影響力が大きい

伊藤氏の代理人である佃弁護士も指摘しているように、本件は特殊な事情が考慮されたものと言えるでしょう。

特に、杉田氏が国会議員であり一般人とは容易に比較し得ないほど影響力が大きいという要素は社会通念上許される限度を超えるかどうかと損害の算定にも考慮されており、公職者ではないという意味での「一般人」がこれに該当するとなると芸能人や報道人、自身で相当の規模のメディアを持っているような人物でないと該当しないと思われます。

もっとも、そうでない一般人だからと言って、このような内容のツイートに対してこれだけ多数の「いいね」を集中的にしているというのは好ましいものではありません。

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