事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

望月衣塑子「松野氏が朝鮮人虐殺の事実関係を国会質疑してた」⇒民主党政権「裁判記録等が無く把握困難」

民主党政権も同じ回答でした

望月衣塑子「松野大臣が朝鮮人虐殺の事実関係を質疑していた」

東京新聞の望月衣塑子記者が9月6日午前の官房長官記者会見で関東大震災の朝鮮人虐殺に関し、当時の資料が新たに見つかったとする報道をベースに、従前松野官房長官が「政府内で事実関係を把握できる記録が見つからないため返答困難」としていたことについて10分ほど質問をしていました。この質問をするのはもう彼女だけになりました。

松野官房長官の回答は政府の一貫した答弁と同じですが、なぜか「歴史修正主義!隠蔽!」という批判が吹き荒れました。「記録が無い」は「事実が無い」ではないのに。

望月氏は「野党時代に松野議員が朝鮮人虐殺の事実関係を質疑していた」ことを指摘していましたが、議事録を確認すると、教科書検定における事実認定のあり方についてのものでした。

民主党政権時代「裁判記録等がないものが多数なので把握困難」

第177回国会 衆議院 文部科学委員会 第15号 平成23年7月27日

○松野(博)委員 例えば、日本文教出版には、自警団あるいは警察、軍隊が朝鮮人など数千人を殺害しましたという記述があります。清水書院にも、警察、軍隊、自警団によって殺害された朝鮮人は数千人にも上ったという表記があって、警察、軍隊の関与が書いてある教科書が三冊ありますし、数千人を殺害した、殺害された被害者は数千人に上るというふうに書いてある教科書が二冊あります。他は、多数の朝鮮人の方々がこの殺人事件の被害者となったというような表記になっておりますが、この事件で犠牲になった朝鮮半島出身者は、公的な記録、例えば裁判記録、また各担当省庁の調査による記録では何名というふうになっていますでしょうか。

小川(敏)副大臣 裁判の結果からという観点からお答えをさせていただきますが、そうした統計資料がございませんので、わからないというところが事実でございます。
 また、現時点では、やはり裁判記録等がないものが多数でございますので、現時点からそれを把握しようとしましても困難である、このような状況でございます。

民主党政権時代も、当時の記録等を政府が保管していないという答弁でした。

さらに、ここでは「裁判記録等」が無いとしており、松野官房長官の官房長官記者会見での発言よりも踏み込んだ回答をしていたことになります。

繰り返しますが「記録が無い」は「事実が無い」と回答したことを意味しません。

刑事裁判に関しては、裁判文書(判決文や証拠書面・答弁書などの裁判記録)は裁判所の付置機関である検事局で保管されていましたが、戦後は裁判所構成法の廃止後、紆余曲折を経て刑事確定訴訟記録法(昭和62年6月2日法律第64号)により検察庁で保管されることとなりました。

参考:刑事確定訴訟記録の保管機関が検察庁となった経緯 | 弁護士山中理司のブログ

参考:「刑事裁判記録は誰のものか」(視点・論点) NHK解説委員室

松野博一「警察・軍隊関与で数千名殺害、は事実が違ってくる」

第177回国会 衆議院 文部科学委員会 第15号 平成23年7月27日

○松野(博)委員 大正十二年十一月三十日発表の司法省の調査によって、これを内務省の警保局が取りまとめた発表によりますと、この事件でのお亡くなりになった被害者は二百三十一名というふうに発表をされております。
 また、別の公的な記録によりますと、朝鮮総督府の官房外事課では、地震による圧死、押しつぶされて亡くなられたり、火事、焼死者で亡くなられた方も含めて八百三十二名というふうに発表をされておりまして、これは地震による直接被害を含めた八百三十二名でありますから、これは文献からの又引きでありますが、恐らくこの殺害事件の被害者になった方はこの二割から三割ではないかと推測がされるという表記がありました。これから推測しても、八百三十二名の二割から三割でありますから、恐らく二百名前後ということだろうというふうに思います。

松野氏の質疑中、司法省調査による231名というのは「震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書」(刑事事件調査書)にも記載のある233名の事でしょう。
関東大震災と朝鮮人 現代史資料 / 姜徳相 に翻録されている。

左派系の者たちが松野官房長官に関して「松野氏が過去にこういう事を言っていたのに矛盾している!」という風潮を創り出そうとしていますが、無理があります。

それは過去の議事録を見ればわかります。

 この議論をするときに二つ私は前提を持っておりまして、これは、別にこの教科書が民主党政権になって急にこういう表記になったわけではありません。私たち自民党が与党のころからの表記でありますから、与党議員として審議に加わっていた私も責任がありますし、まして、私は文科省に籍を置いたこともありますから、そういった意味では自分の不勉強も反省をしつつ、その上で、しかし正すべきものは、今後の日本の教育、子供たちの正しい歴史観をつくっていくために正していかなければならないという考えで今回質問をしているわけであります。
 先ほど、初等中等局長から、教科書に関する記述というのは、一義的にはその執筆者と出版社によるものだというような話がありましたが、しかし、これは検定制度がある以上、そこには検定基準というものが存在をするわけであります。そして、その検定基準の最大のものというのは、それが歴史的な事実であるかどうかということだというふうに思います。

~省略~

 もちろん、これは、二百名を超える被害者の方が流言飛語、全く悪質なデマ等によって犠牲になられたということは大変なことでありまして、私たちはこの悲しい歴史、現実というのをしっかりと記憶をして、反省をして、そして二度とこういうことが起こらないように努めていかなければなりませんが、しかし、歴史的事実を子供たちに伝えていくということにおいては、警察、また軍隊が関与をして数千名が殺害されたということは、警察、軍隊というのは国家意思でありますから、その国家意思によって数千名の朝鮮半島出身者の方が殺害された、これはまさに全く事実が、事象が違ってくるわけであります。
 先ほど、現在、裁判記録等で正式にこの数字が把握できないという御答弁が法務省の方からありましたが、委員長、このことは、この問題を議論する、また教科書検定制度のありようを議論するにおいて極めて重要な数字になりますから、当時とはいえ、司法省と朝鮮総督府から数字が出ているわけでありますから、しっかりと政府として、この被害者が何名であったと認定しているのかということをぜひ、まずは理事会の方に報告をしていただきたいと思います。

この話は、「過去に教科書で警察・軍の関与があったとして過大と思われる被殺者数の記載があることを問題視し、政府に対して事実関係の把握を求めていた松野氏ですら、政権の側に立ったら『事実関係の把握は困難』と回答する他なかった」という理解をする他ありません。

裁判記録で残っているものだけで返答したり、司法省の刑事事犯調査書にある記載の数字だけを回答すれば、「せいぜい数人~数百人が確定できる被殺者数であるという話にしかなり得ない。

「数千人」「警察・軍が関与」を問題視していた松野氏としては、そういう回答を政府から出すことについて、むしろ「願ったり叶ったり」の事柄だったはずです。

しかし、それをやらなかった・やれなかったということでしかない。

同じ国会議事録を見ているのに、ここまで理解が異なるというのは恐怖すら覚えます。

神奈川県知事名の朝鮮人虐殺の報告書⇒被害者145人中氏名判明は14名、10年前に発見済み 

朝鮮人虐殺、資料見つかる 神奈川知事名の報告書か 被害者名も記載
編集委員・北野隆一2023年9月5日 8時30分 朝日新聞デジタル

県内で起きた朝鮮人への殺傷事件59件の概要のほか、殺害された計145人のうち14人の名前も記載している。

~省略~

加害者として検挙された日本人の住所や氏名欄もあるものの、大多数は「不明」「捜査中」とされている。

望月記者が6日の記者会見で質問の前提としていた報道は、これのことです。

しかし、被害者氏名が判明しているものが14名だけです。記事にもあるように、加害者の情報も大多数は不明という有様です。記事の画像から見える部分だけでも多くの情報が不明となっているのがわかります。

司法省の「刑事事犯調査書」では横浜管内の朝鮮人被殺者は2名とありましたので、14名というのが事実であれば新事実ですが、実態は司法省が精査したら事実とは認められないとされるようなものだったということが強く疑われます。

「朝鮮人145人虐殺」神奈川県が国に報告か 政府の「記録なし」説明覆す 関東大震災2カ月後に作成の文書:東京新聞 TOKYO Web

姜徳相氏が約10年前、古書店で発見。2021年に亡くなるまで、文書内容を裏付ける実地調査などを続けた。震災から100年に合わせ、実行委代表の山本すみ子さん(84)との共編で「神奈川県関東大震災朝鮮人虐殺関係資料」(三一書房)として発刊した。

しかも「現代史資料」の編集者である姜徳相(カンドクサン)氏が既に10年前に発見していた資料だったようで、今回の報道は今さら感があります。

新情報ではないのにそれらしく報道するということが関東大震災では散々行われてきています。

この話題の本質は、100年前の話で記録が残っていないために事実確定が困難であることが明らかであるにもかかわらず、政府側の労力を強いるリソース攻撃と表現するのが適当と思われます。

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