事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

【注意】「新型コロナウイルスにHIVタンパク質が挿入」というインド論文の信憑性

新型コロナウイルスにHIVタンパク質が挿入

Uncanny similarity of unique inserts in the 2019-nCoV spike protein to HIV-1 gp120 and Gag

「新型コロナウイルスにHIVタンパク質が挿入という論文がある」という言説がSNS拡散されています。

この論文・言説の信憑性と理解には注意が必要です。

※論文著者が撤回を表明しました。

「新型コロナウイルスにHIV類似タンパク質が挿入」というインド論文の信憑性

「新型コロナウイルスにHIVタンパク質に似たものが挿入されている」という趣旨の論文のタイトルは"Uncanny similarity of unique inserts in the 2019-nCoV spike protein to HIV-1 gp120 and Gag"です。

インド工科大学の科学者による論文とされていますが、結論部分は以下です。

our findings suggest unconventional evolution of 2019-nCoV that warrants further investigation. Our work highlights novel evolutionary aspects of the 2019-nCoV and has implications on the pathogenesis and diagnosis of this virus.

我々の調査結果は、2019-nCoVの型破りな進化を示唆しており、さらなる調査が必要です。我々の研究は、2019-nCoVの新しい進化的側面を強調しており、このウイルスの病因と診断に影響を与えます。

この論文自体には「人為的に挿入された」とは書かれていません。

唯一、「ウイルスがこのようなユニークな挿入を短時間で自然に獲得することはほとんどあり得ないため、これは驚くべきことです。」と記述している部分が、「人為的挿入」を仄めかしていると見ることも可能なものになっているに過ぎません。

私には科学的な評価はできませんが、この論文の性質として、査読前だということが重要です。

bioRxivの論文は査読前

この論文はbioRxiv(バイオアーカイブ)に投稿されていますが、ここにUPされている論文は査読前の「予稿」の状態です。すなわち、同業者によるクロスチェックが行われておらず、信憑性が定まっていない代物です。

新型コロナウイルスに関する報告がたくさん上がってきて社会的な注目を浴びているので、メディアが勘違いして拡散しないように注意書きのバナーが表示されるようになりました。

zerohedgeという悪質なブログが投稿している

Dave Collumという人は、「決してこの"zerohedge"記事を自分で投稿してはいけない(※このツイートの引用リツイート等で論評しろという趣旨だろう)、そうすれば仮に私が凍結されてもあなた方は生き残ります。」と警鐘を鳴らしています。

要するに信用できないサイトだと言いたいのだと思います。

zerohedgeというのは金融ブログを自称しているサイトですが、ツイッターアカウントである"@zerohedge"は永久凍結されました。魚拓:http://archive.is/F0kyK

理由は以下の記事で最初に報道されていますが、ざっくり言えば個人情報を晒したため、ツイッタールールに違反したということです。

zerohedgeの文章では「HIVウイルスが人工的に挿入されたと研究者らは言っている」という趣旨になっていますが、元の論文ではそういう書き方にはなっていません。
※ここは全てを精査している余裕が無いが、zerohedgeの文章でハイライトしてる部分だけを見るとそのように理解できる。

InDeepという陰謀論サイトがシェアしている

日本語で運営されている"InDeep"という陰謀論サイトでもこの論文が扱われていることが確認できます。

InDeepでも論文の結論は書かれておらず、論文に「人為的挿入」と書かれているとは書いていないが、「人為的挿入」を匂わせる書き方をしています。

ちなみにInDeepについてはこのブログの最初期にちょっとだけ扱っていますがクオリティが低いのでここには貼りません。

HIV類似タンパク質が挿入のインド論文に対して専門家による明確な欠落の指摘

オーストラリア国立大学のGaetan Burgioは、この論文は「噴飯もの」であり、重大な欠陥があると指摘しています。

 

「中国の武漢にSARSやエボラの研究施設を建設」という記事はデマ新聞発

中国の武漢にSARSやエボラの研究施設を建設というデイリーメールの記事

英紙デイリーメール

「中国の武漢にSARSやエボラの研究施設を建設」という記事など、これまでに「生物兵器」 関連の陰謀論がささやかれていたために今回の論文を見て「やっぱりそうだったんだ」と考える人が居ます。

しかし、そもそもそのような内容の記事を出している所は英紙デイリーメールなど、日本で言えば「東京オリンピック中止」というタイトル詐欺をした"Buzzup!"や「なソゲ(なお、ソースはゲンダイ)」と揶揄されている日刊現代、リテラなどのフェイクサイトの類のメディアが出どころであったに過ぎません。

まとめ:HIVタンパク質が「人為的に」挿入された事を直ちには意味しない

  1. 問題の論文は「予稿」であり、査読されておらず科学的に正しいことの担保が取れていない
  2. 論文にはHIVウイルスのタンパク質が人為的に挿入されたとは直接的には書いていない(匂わせる記述は考察部分であり、事実を指し示すものではない)
  3. HIVタンパク質に「似たもの」という表現
  4. 悪質なサイト・陰謀論サイトが引用し、論文に書かれていない意味を付加して拡散している
  5. 論文に書いてあることが正しいとしても「人為的に挿入」された事を直ちには意味しないし、HIVウイルスと似てるに過ぎずHIVウイルスそのものであると直ちには意味しない

医学知識が無い状態での論文の評価はこのようなものです。

以上