事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

余命大量懲戒請求:個人情報保護法、公益通報者保護法の精神と弁護士自治

余命懲戒請求と個人情報保護法

余命大量不当懲戒請求の事案で弁護士会に提供した個人情報が懲戒請求の対象たる弁護士に伝わる手続をしているのは「個人情報保護法や公益通報者保護法に違反している」 という言説がネットでは呟かれています。

法クラの人ではない者がイメージで語っているだけの場合が多いですが、規定上明確に否定できるものではなさそうです。現に、この視点から弁護士会に照会した小坪慎也氏の元には中間返答として「検討に一定の時間を要する」旨が帰ってきています。

したがって、明明白白に違法ではないと言い切るには微妙な話であるということであり、単位弁護士会の運用や法律の解釈によって結論が分かれ得る類の問題だということです。

更に、「違法ではないとしても、個人情報保護法や公益通報者保護法の理念に照らして妥当なのか?」 という視点からの議論ができる余地はあるのかどうかも検討していきます。

個人情報保護法の関連規定と問題となる解釈

今回の事案で問題になる個人情報保護法の規定は、「第三者提供の制限」と「目的外利用」です。そして、それぞれ弁護士会の行為と弁護士個人の行為が問題になります。

本法の名宛人(法律を守らなければいけない人)は「個人情報取扱事業者」であり、これに該当するか?という話もありますが、裁判例などを見ても弁護士会はこれに当たる前提のようです。まずは第三者提供の制限に引っかかるかの論点をみていきましょう。

第三者提供の制限にあたるか

第三者提供の制限が規定されている23条は「個人データ」の提供が制限されています。個人データです。実は、この法律の中では一口に「個人情報」といってもいろいろな種類があるのです。

こういう法律の場合、定義規定が2条あたりにあるので確認しましょう。

個人情報保護法にいう個人データとは

まず、「個人情報」の定義は2条1項にありますが、長ったらしいですし、今回問題となっている懲戒請求者の氏名・生年月日・住所の情報の総体が「個人情報」であることは間違いないので引用しません。

「個人データ」は2条6項にあります。

6 この法律において「個人データ」とは、個人情報データベース等を構成する個人情報をいう。

個人情報データベース等」とは何か?は2条4項にあります。

4 この法律において「個人情報データベース等」とは、個人情報を含む情報の集合物であって、次に掲げるもの(利用方法からみて個人の権利利益を害するおそれが少ないものとして政令で定めるものを除く。)をいう。
一 特定の個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの
二 前号に掲げるもののほか、特定の個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成したものとして政令で定めるもの

本件では懲戒請求書の写しが「個人情報データベース等」にあたるかが事実認定と解釈問題です。実際にどういう状態で弁護士の元に送られてくるのか、その情報はどう扱われているのかは、弁護士のツイートが参考になります。

懲戒請求書の写しは「個人情報データベース等」か?

このように、懲戒申立書の写しが紙で弁護士の元に送られてくるとのことです。ファイリングされた状態のものが送られてくることもあるようです。

個人情報保護法〔第3版〕岡村久道著を見ると、2条4項の個人情報データベース等にあたるかは以下のような手順で判断されるとあります。クリックで拡大。

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個人情報保護法 第3版 岡村久道 商事法務 参照

名刺1枚程度では「個人情報の集合物」とは言えませんが、960通の個人情報が書いてある紙は個人情報の集合物と言えます。

「電子計算機で検索」できるというのは年賀状ソフトも該当しますが、要はコンピューターで検索可能な状態にあるということです。今回はそのような処理がされているということはないので、1号要件に該当せず、図の右ラインの2号要件該当性の話になります。要するにマニュアル処理情報の場合の話です。

個人情報保護法〔第3版〕岡村久道著では、人材派遣会社が登録カードを指名の五十音順に整理し、五十音順のインデックスを付してファイルしているような場合をいうとされています。

「一定の規則で整理して」は、五十音順による整理がこれに該当します。

「目次、索引その他検索を容易にするためのものを有するもの」は、上記の例で言えばインデックスを付けていない場合にはこれにはあたらないことになりそうです。

通則ガイドライン2-4では、「従業者が、自己の名刺入れについて他人が自由に閲覧できる状況に置いていても、他人には容易に検索できない独自の分類方法により名刺を分類した状態である場合」や「市販の電話帳」を「個人情報データベース等に該当しない事例」としています。

それでは今回の場合はどうでしょうか?

ファイリングされているものもあるとしても、索引がついているような話は聞きませんから、個人情報データベース等にはあたらないと思われます(単位弁護士会によって運用が異なるのでここは断定できない)。

なので、この場合はこれ以降の検討は不要、ということになります。 

仮に、政令に定めるものに当たらず、懲戒請求者の情報を「個人情報データベース等」にあたるものとして構築していた場合には弁護士会と弁護士は「第三者」の関係なのかという問題があります。

弁護士は弁護士会から見た第三者にあたるか

「第三者」は提供元となる個人情報取扱事業者および本人以外の者をいい、個人か団体を問わない。通則ガイドライン3-4-1によると、 同一法人格内(同一事業者内の他部門など)で個人データを提供する場合は第三者に該当しないので2条4項は適用されません。
ただし、事業部門ごとの取扱い内容によって利用目的も異なることになる場合には、目的外利用に関する本人の事前同意の取得を要する(個人情報保護委員会QA5-2)。

弁護士は単位弁護士会の構成員であり、綱紀委員会も単位弁護士会に所属する弁護士で構成される組織ですから、個人情報保護法23条の「第三者」には該当しないことになります。

小括1:第三者の利用制限は適用されない

補助的に、弁護士会と弁護士の間に守秘義務や個人情報管理規則は存在しないとのことです。 よって 

  1. 懲戒請求書の写しは「個人情報データベース等」にはあたらない
  2. 仮にあたるとしても弁護士会と弁護士は第三者ではない
  3. よって、23条の第三者の利用制限にはかからない

次に目的外利用にあたるかを検討します。

目的外利用にあたるか

第十六条 個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。

  1. 弁護士会が弁護士に懲戒請求者の情報を渡すこと
  2. 弁護士が受け取った懲戒請求者の情報を自己の民事訴訟のために利用すること

この二つが問題になります。

弁護士会が弁護士に懲戒請求書の写しを渡すことは目的外利用か

綱紀委員会が弁護士に懲戒請求書の写しを交付することは、弁護士が懲戒請求に対する反論の目的のため、答弁書を作成するのに必要な行為として一般的に行われています。

ただ、通常は弁護士が受任した事件の依頼者なり相手方当事者なりから懲戒請求が行われ、その事案処理において問題がなかったかどうかを問う制度であるためこのような手続きになってるが、今回のように全く面識の無い者からの懲戒請求の場合には懲戒請求者の情報を弁護士に交付するのは不要ではないか?と言われることがあります。

しかし、私的領域での弁護士の行為も懲戒事由となり得るという裁判例がある下では、弁護士が問題とされた自身の言動に心当たりをつけることが困難になる運用は反論の機会が確保できないことになり不均衡だと思います。

それに、弁護士会としては懲戒請求書の記載内容から弁護士と懲戒請求者との接点があるのかないのかは判断がつかないので、その写しを弁護士に送らざるを得ないということも妥当な運用だと思います。

仮に事前に接点があるかどうかの判断を弁護士会に求めるなら、弁護士が過去に受任した事案を全て弁護士会にデータベースとして提供しなければならないことになり煩瑣です。更に、そうすると事件がなくとも接点がある相手方なのに接点がないとして扱ってしまう可能性が発生してしまいます。これでは弁護士の反論を著しく困難にさせることになります。

過去の裁判例でも全く面識のない者からの懲戒請求に対する不法行為訴訟が行われていることからも、裁判所はこの点は問題視しないようですから、このような手続は正当なものであると是認されていると言えるでしょう。

したがって、弁護士会から弁護士に懲戒請求書の写しを交付する行為は目的外利用に該当しないということになります。

弁護士は「個人情報取扱事業者」にあたるか

では、弁護士が請求者情報を自己の民事訴訟で利用することは目的外利用でしょうか?

まず、弁護士個人が「個人情報取扱事業者」にあたるかが問題になります。

「個人情報取扱事業者」とは「個人情報データベース等を事業の用に供している者」をいいます。小規模事業者の適用除外規定が平成27年改正によって廃止されたため、民間事業者全般が対象になり得ます。

「事業の用に供する」には見解の違いがあり得ますが、専ら家庭生活で取扱う親族情報のようなもの、年賀状ソフトを利用している者は含まれないとするのが通説のようです。

「事業」とは単に社会生活上の地位に基づき一定の目的で反復継続的に同種行為を行うものであるだけでは足りず、社会通念上それが事業とみられる程度の社会性があることを要すると解されています(参院特別委会議録平成15年5月13日(第3号))。営利性は問いません。

世の中の弁護士が個人情報データベース等を構築して業務を行っているのかどうかはよくわかりません。電子計算機での検索ができるもの(1号要件)を用意していなくとも、事件記録などはファイリングされて顧客名(事件名)の五十音順で棚に保管している場所もあるので、2号要件を充たす場合がありそうです。既に検討したようにインデックスをつけているなどの「検索の容易性」判断によるのではないかと思います。

弁護士が請求者情報を自己の民事訴訟で利用することは目的外利用か

仮に弁護士が個人情報取扱事業者だとすると、目的外利用にあたるでしょうか。

懲戒請求に対する反論のために懲戒請求書の写しにある懲戒請求者の情報を利用することについては、当該情報は懲戒請求の反論のために送付されたということが取得の状況からみて利用目的が明らかなので許されるでしょう。

では、弁護士が自己の訴訟のために利用することはどうか。

ここで、「目的外利用ではない」とする主張にはいくつかパターンがあります。

目的の変更が行われたとする主張

第十五条 個人情報取扱事業者は、個人情報を取り扱うに当たっては、その利用の目的(以下「利用目的」という。)をできる限り特定しなければならない。
2 個人情報取扱事業者は、利用目的を変更する場合には、変更前の利用目的と関連性を有すると合理的に認められる範囲を超えて行ってはならない。

15条2項には利用目的の変更の限界が規定されています。

懲戒請求に対する反論と不法行為訴訟のための利用が「関連性を有すると合理的に認められる範囲」に収まるでしょうか。

通則ガイドライン3-1-2は「変更後の利用目的が変更前の利用目的からみて、社会通念上、本人が通常予期し得る限度と客観的に認められる範囲内」であることを言うとしています。つまり、事業者や本人の恣意的な判断は排するということです。

平成27年改正では「相当の」関連性という文言が削除されており、その趣旨は事業者が変更可能な範囲を本人が予期し得る限度で拡大するためであると説明されています。ただ、これは新事業等に使えるかどうかの判断に企業が迷っていたことからの要請であり、それと無関係な今回の場合に削除の経緯が考慮されるのかはわかりません。

個人情報保護委員会QA2-9では変更否定例として、当初の利用目的を「会員カード等の盗難・不正利用発覚時の連絡のため」としてメールアドレス等を取得していた場合に、新たに「当社が提供する商品・サービスに関する情報のお知らせ」を行う場合をあげています(「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン」及び「個人データの漏えい等の事案が発生した場合等の対応について」に関するQ&A

これを見ると、かなり判断は分かれると思われます。

さて、関連性が合理的に認められるとしても、本人に変更された利用目的の通知又は公表が必要であり、適用除外規定もあります。

18条 -省略-

3 個人情報取扱事業者は、利用目的を変更した場合は、変更された利用目的について、本人に通知し、又は公表しなければならない
4 前三項の規定は、次に掲げる場合については、適用しない。
一 利用目的を本人に通知し、又は公表することにより本人又は第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合
二 利用目的を本人に通知し、又は公表することにより当該個人情報取扱事業者の権利又は正当な利益を害するおそれがある場合
ー中略ー
四 取得の状況からみて利用目的が明らかであると認められる場合

訴訟予告をした場合、それによって訴訟のために利用することにしたという「公表」の要件はみたされると言え、18条3項に該当して許されると言えます。

18条4項2号に該当する可能性について、本号の「おそれ」とは、一般的・客観的な蓋然性が要求されるとありますので、通知や公表をすることでの弁護士の一般的・客観的不利益を考えることになります。

小倉弁護士の見解では、一般的に「請求として概ね成立しうると言うことに確信を抱く前に特定の人について訴訟を提起する旨公言すると逆に名誉毀損等に問われるリスクが生じ」ると主張されており、このような理由づけがあり得るのかもしれません。

目的外利用の例外にあたるとする主張

16条 -省略-

3 前二項の規定は、次に掲げる場合については、適用しない。
一 法令に基づく場合
二 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
以下略

法令に基づく場合として訴訟提起のためには請求の特定が必要であると定められているため(民事訴訟法・民事訴訟規則参照)、取得した個人情報を利用するのは許されるという見解があり得るとの予想もあります。

しかし、この見解を許せば何でも訴訟提起目的であればどんな個人情報であっても利用できるということになるため、私はこの理由づけは賛同できません。

法令に基づく場合として想定されているのは通則ガイドライン3-1-5によれば警察の捜査関係事項照会に対応する場合や裁判官の発する令状に基づく捜査に対応する場合など、「他人から強制される」類の話であって、自己の気分一つで提起可能な民事訴訟で訴状に求められる要件だからといって本法16条3項1号の法令に基づく場合には当たらないと考えられます。

では、16条3項2号の場合はどうでしょう?

違法な懲戒請求がなされた時点で(実体法上は)慰謝料相当額の賠償を求める金銭債権が発生しており、それは、中断事由がない限り一定期間が経過すると時効消滅してしまうので、対象弁護士が訴訟外で賠償要求をしまたは損害賠償請求訴訟を提起することは「人の…財産の保護のために必要がある場合」にあたることになるという指摘は正当だと思います(慰謝料請求権は金銭債権であり、債権は財産である)。

そして、訴訟提起のために氏名・住所等を利用することについて本人の同意を得るということは一般的に困難だと認められるので、目的外利用の適用除外にあたると言えます。

小括2:少なくとも目的外利用の適用除外にあたる

  1. 弁護士が個人情報取扱事業者だとしても
  2. 懲戒請求者情報を訴訟のために利用することは弁護士の財産(金銭債権たる慰謝料請求権)の保護のために必要であり本人の同意を得ることは困難であると認められる
  3. よって、弁護士が自己の訴訟のために懲戒請求者の情報を利用することは許される
  4. その他のパターンでも許される可能性は残っている

結局、この素朴な感覚と見立ては正しいということになります。

ただし、違法ではないとしても、社会正義を目的として活動する弁護士である者が自己の権利行使のために懲戒請求者の情報を利用して訴訟提起することは、一般的な話として妥当な行為なのかどうか、という点は議論があってしかるべきだと思います。

公益通報者保護法? 

公益通報者保護法は2条でこの法律の適用場面が規定されています。

弁護士に対する面識の無い者からの懲戒請求がこれにあたらないことは明らかです。

ただし、通報者の秘密保持の徹底はガイドラインによって明確化されており、この法律に違反しないからといっても、その精神は大切にするべきであり、この精神は弁護士に対する懲戒請求の事案においても尊重されるべきではないか?という議論はあり得ると思います。

現に、弁護士以外の士業は懲戒請求者の情報が懲戒請求の対象者には行かないという運用を取っています。それは形式的には審査庁などの第三者機関に対して懲戒申立をし、第三者が審査を行うとする制度設計であることが理由です。

しかし、実質的には「通報者の情報を通報対象者が知ることになれば報復措置を恐れて萎縮する結果、通報制度が機能しなくなり、士業の公正性が保たれないことになる。それによって国民の権利利益の保護が不十分になり国民生活の安全が害されることになる」という問題意識と、そのような状況を作らせてはいけないと言う一般的な要請があるように思われます。

この要請は個人情報保護法にも通ずるものがあると考えられます。このような観点から、今一度弁護士会の制度を見直すということは決して悪いことではないはずです。

私も、懲戒請求と題する書面を全て綱紀委員会の手続に載せることには疑問があり、一筆書いています。

弁護士自治は「違法でなければ良い」ではいけない

弁護士への余命懲戒請求事案の思考枠組み

これまで懲戒請求者の個人情報を弁護士会が第三者に渡すことと、弁護士が自己の訴訟に利用することの「違法か適法か」の話をしてきました。

しかし、途中で何度も指摘しているように、「弁護士倫理的に良いのか」「当不当」の話としてはどうなのか?については議論があってもいいと思います。これは弁護士の懲戒請求事案の他の論点についても同様に言えますし、弁護士倫理の話を抜きにすれば一般的に妥当する思考枠組みです。

「当不当」の問いかけをしているのが小坪慎也氏であると言えます。

彼は議論をするだけでなく実際に各士業会に照会し、国会マターの可能性も視野に入れています。橋下徹氏が弁護士の立場から自律を説き、小坪氏が「立法側」の視点から弁護士会の制度を問いかけている中で、一般国民として行うべきは事実の確認と正しい理解の仕方の共有です。いいかげんな知識を振り回しても、決して国民のため(ひいては自分たちのため)にはなりません。

既にこの事案の事実の大枠は示してあります。中にはよろしくない弁護士がいることも確かです。

弁護士は国民の側に立っています。国民は弁護士を何か別の世界の存在のように見てルサンチマンに陥るのではなく、自分たちのこととしてこの問題を論じてほしいと思います。 

以上