事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。リンク切れに備えて魚拓を活用しています。

韓国議長、徴用工への寄付金法案作成:韓国側の騙しの手法を知っているか?

文喜相・ムンヒサン

韓国の文喜相(ムン・ヒサン)国会議長が朝鮮人戦時労働者問題(徴用工)に関連し、日韓の企業と国民が賠償資金を寄付することを提案しました。

これは前々から予想していた通りの展開なので、韓国側の騙しの手法を整理します。

徴用工問題:韓国側の騙しの手法

朝鮮人戦時労働者問題(徴用工問題)において韓国側が繰り出す誘導は以下にまとめられます。

  1. 個人請求権が残っているから…
  2. 日本政府の立場は変遷している!だから間違っている!
  3. 『国際人権法は個人救済を重視している!』
  4. 任意の補償は妨げられていないから…
  5. 西松建設事件では賠償しているではないか

一つ一つ具体的に見ていきます。 

1:「個人請求権は残っているから…」

日韓請求権協定、個人請求権残存

日韓請求権協定において個人請求権は残存しているが、日本においては裁判による救済は受けられなくなった

これが日韓請求権協定に基づいて両国の行為が長年積み重ねられてきた結果です。

韓国側は「解釈の問題」にしようとしていますが、2005年に韓国側自身が、元徴用工については韓国政府が補償すべきであるという公式文書を出しており、日韓両国がどのような効果を持たせようとしてきたのかという事実の問題」が本質です。

「協定の文言」がどうだとか言っているのは韓国側の土俵なので取り合う必要がない。

要するに、「元徴用工に補償するべき主体は韓国政府」なのであって、個人請求権が残っているということが日本政府に補償義務があることを意味するわけではありません。

2:日本政府の立場は変遷している!(だから間違っている!)

日韓請求権協定において個人請求権は残存しているが、日本においては裁判による救済は受けられなくなった

この立場は日本政府の一貫した立場です。

しかし、韓国側や朝鮮半島系の弁護士で構成される【元徴用工の韓国大法院判決に対する弁護士有志声明】などでは、『日本政府は立場を変遷させている!』と印象付けています。

その主張は山本晴太弁護士の論文に依拠しているので、その点を調べました。

山本晴太論文のごまかし

山本晴太論文6ページ

5 日本政府の解釈の大転換

ところが、時効や国家無答責等の争点について企業や国に対して不利な判断をする裁判例が現れはじめ、アメリカのカリフォルニア州が韓国の強制動員被害者の日本企業に対する訴訟の管轄を認めると、この訴訟に対する 2000 年 10 月の日本政府意見書を契機として日本政府は解釈を変更し、韓国人被害者を含むあらゆる戦後補償訴訟において、条約(サンフランシスコ平和条約、日韓請求権協定、日中共同声明)により解決済みの主張を行うようになった。当初は、ある訴訟においては実体的権利が消滅したと主張し、他の訴訟においては訴訟による請求が不可能になった主張するなど、「解決済み」の法的説明は各訴訟において微妙に異なっていた

※注釈16
例えば関釜裁判控訴審(2000 年 11 月 2 日付準備書面)では「日韓請求権協定によって放棄されたのは外交保護権だが、韓国人の「請求権」は外交保護権によってしか実現しない権利なので、もはや請求が容れられる余地はない。」、浮島丸訴訟控訴審(2001 年 10 月 23 日付準備書面) では「韓国国民の『財産、権利及び利益』は日本の国内法(措置法)によって消滅させられ、『請求権』は日韓請求権協定の直接適用により消滅した。」と主張した。

しかし、この指摘は巧妙な言葉のテクニックに過ぎません。

関釜裁判控訴審判決文と浮島丸訴訟控訴審判決文を読めば分かることです。

日韓請求権協定は外交保護権の消滅、個人請求権残存の主張は変遷していない

元慰安婦からの種々の請求について判示した関釜裁判控訴審は2001年3月13日に判決が出ており、日本政府の「外交保護権によってしか実現しない権利なので…」という主張は取り合わず、原告の実体法上の具体的権利が存在しているかを検討しています。

その上で、実体法上の具体的権利の存在が認定できないとして(つまり、具体的権利の存在はあるが特措法で消滅したとか、裁判上の救済は受けられないとかではなく)原告の請求を棄却しています。

要するに、のちの浮島丸訴訟では、既に「外交保護権によってしか実現しない権利だから…」という主張は裁判所には通らないと判断されたので、その次の段階である「特措法で消滅」という主張をしたと考えれば筋は通っています(裁判体も広島高裁と大阪高裁という違いがあるが)。

そして、このような「変遷」があったとしても、「日韓請求権協定は外交保護権を消滅させたものである」「個人の請求権は残っている」という主張は一貫しています。

前掲の「日韓間の財産・請求権」の図を見れば、日本政府の訴訟における「解決済み」の法的説明が異なっているのは、事案が異なる訴訟の場面で、どの段階で「切る」ことを日本政府が狙っていたのかという「訴訟上の主張の」でしかないと理解できます。

これを「国家間合意の理解の根本的な違い」であるとして読者を誘導しているのが山本晴太論文であり、巧妙な手口だと言えるでしょう。

3:『国際人権法は個人救済を重視している!』

元徴用工の韓国大法院判決に対する弁護士有志声明】では【3 被害者個人の救済を重視する国際人権法の進展に沿った判決である】の項目において、イタリアの最高裁破棄院の判断を持ち出して「国際人権法は個人救済を重視する方向である」と印象付けようとしています。

単なるイタリア国内の裁判所の判断なのに、どうして「国際人権法」と言えるのか?

そして、この件についてドイツがICJ(国際司法裁判所)に提訴した事案の判決文では異なる結果になっています。

ドイツ-イタリアのICJ(国際司法裁判所)

104. In coming to this conclusion, the Court is not unaware that the immunity from jurisdiction of Germany in accordance with international law may preclude judicial redress for the Italian nationals concerned.
It considers however that the claims arising from the treatment of the Italian military internees referred to in paragraph 99, together with other claims of Italian nationals which have allegedly not been settled — and which formed the basis for the Italian proceedings — could be the subject of further negotiation involving the two States concerned, with a view to resolving the issue.

104. この結論に至る過程において、裁判所は国際法によるドイツの裁判権からの免除が、関係するイタリア国民に対する法的補償を不可能にする可能性があることを認識しなかった訳ではない
しかしながら、イタリアにおける司法手続の根拠となった、第99項で述べたイタリア軍人収容者とその他の未補償を訴えるイタリア国民の請求は、この問題の解決の見地から行われる今後の2国間交渉における問題となるであろう。

ICJはイタリア国民に対する法的保障が不可能である可能性を考えていたが、それは2国間交渉で決める事柄だ、と言っているのです。

これが「国際人権法は個人救済を重視している!」なのでしょうか?

法的保障が不可能と考えていたがそれは2国間で決めることであり判断しない

108. It is, therefore, unnecessary for the Court to consider a number of questions which were discussed at some length by the Parties. In particular, the Court need not rule on whether, as Italy contends, international law confers upon the individual victim of a violation of the law of armed conflict a directly enforceable right to claim compensation. Nor need it rule on whether, as Germany maintains, Article 77, paragraph 4, of the Treaty of Peace or the provisions of the 1961 Agreements amounted to a binding waiver of the claims which are the subject of the Italian proceedings. That is not to say, of course, that these are unimportant questions, only that they are not ones which fall for decision within the limits of the present case. The question whether Germany still has a responsibility towards Italy, or individual Italians, in respect of war crimes and crimes against humanity committed by it during the Second World War does not affect Germany’s entitlement to immunity. Similarly, the Court’s ruling on the issue of immunity can have no effect on whatever responsibility Germany may have.

108. したがって、当事者間で非常に詳細に争われたいくつかの論点については裁判所は判断する必要がない。特に、「国際法は、武力紛争法違反の被害者である個人に直接補償を請求する権利を与えている」というイタリアの主張の当否について裁判所は判断する必要がない。また、平和条約第77条第4項及び1960年協定の条項は、イタリアにおける司法手続の対象になっている拘束力ある請求権放棄条項であるというドイツの主張の当否についても判断する必要がない。これは、もちろん、これらは重要な問題ではないという趣旨ではなく、本件の限りにおいて判断の範囲に含まれないというに過ぎない。ドイツは第二次大戦中の戦争犯罪と人道に反する罪についてイタリアやイタリア国民個人に対して今でも責任を負っているのかという問題はドイツの免除資格に影響を与えない。同じように、免除の問題に関する裁判所の判断はドイツが責任を負うか否かの問題について影響を与えない。

しかも、ドイツ国家に対するイタリア国民個人による直接補償請求については、『判断していない』と明確に判示しています。

朝鮮系弁護士有志の声明文が「国際人権法」を根拠であるかのように主張しているケースは、むしろ国際人権法上は無理筋であると目されているケースでした。

4:「任意の補償は妨げられていないから…」

法的な話では韓国側が完全に間違っているので、向こう側の狙いとしては「日本企業・個人による任意の補償」をさせることです。

これは法的に強制力を伴って金銭を拠出させることではないですから、まったく非がなくとも企業や個人が「提供します」と言えばそれで可能です。それを禁じる何らかの法規は存在していません。それは自由だからです。

しかし、それを行えばどうなるのか。

韓国側は大々的に報道するでしょうね。世界に向けて。英語で。

日本国・日本国民に対する将来にわたる悪影響は計り知れません。

韓国側は日本側に任意の補償をさせるために「情に訴え」てきています。

そのための例として「西松建設事件の最高裁判例」を持ち出し最高裁が傍論で任意の補償を促す判示をしたことを強調しています。

ところが、この事案を持ち出すこと自体がフェイクなのです。

5:「西松建設事件では賠償しているではないか…」

西松建設事件の最高裁判例で「司法が救済を促している」と言われているのは以下の部分です。

最判平成19年4月27日 平成16年第1658号

なお,前記2(3)のように,サンフランシスコ平和条約の枠組みにおいても,個別具体的な請求権について債務者側において任意の自発的な対応をすることは妨げられないところ,本件被害者らの被った精神的・肉体的苦痛が極めて大きかった一方,上告人は前述したような勤務条件で中国人労働者らを強制労働に従事させて相応の利益を受け,更に前記の補償金を取得しているなどの諸般の事情にかんがみると,上告人を含む関係者において,本件被害者らの被害の救済に向けた努力をすることが期待されるところである

この傍論を受けて西松建設側は被害者らに謝罪と賠償を行っています。
※判決自体は原告の請求棄却で西松建設側が勝っている

さて、「諸般の事情にかんがみると」とは何でしょうか?

詳しくは以下の記事で解説していますが、ここでは端的にポイントを示します。

中国人から西松建設への請求という個別事案

この事案で問題になったのは「サンフランシスコ平和条約」と「日中共同声明」の理解でした。

つまり、日本国と中華人民共和国との二国間において、どのような扱いをすることとなっていたかが問題になっているのです。

対して朝鮮人戦時労働者の事案は、「日韓請求権協定」が問題となっています。

両者は別個の事案だということです。

また、この事案は、「当該原告らと西松建設に関する話」であって、この事案の判断がそのまま他の中国人や日本企業に於いても適用できるというものでは決してありません。

まずは全体としてこの構造を理解しないといけません。

中国人と朝鮮人とは労働環境等が異なる

西松建設事件の中国人らは、収容施設に収容され、常時監視されるという異常な状態に置かれていたということが認定されています。

これに対して、朝鮮人は日本人と同じ扱いでした。当時は同じ日本人でしたからね。

賃金格差があった!

などと言う人が居ますが、これも日本人労働者の方が勤続年数が多いベテランが多いことから平均が高くなっていただけであり、新人が多い朝鮮人労働者の平均賃金が低くなるのは当たり前のことです。

企業側の事情もまったく違う:賃金不払い・補償金取得

最判平成19年4月27日 平成16年第1658号

(7) 終戦後,中国人労働者を受け入れた土木建設業者の団体は,中国人労働者を受け入れたことに伴ってもろもろの損害が生じたと主張して,国に対して補償を求める陳情を繰り返し,国も,昭和21年3月ころ,その要望を一部受け入れる措置を講ずることとなった。これにより,上告人はそのころ92万円余りの補償金を取得した

西松建設事件では、原告らに賃金が不払いであったという事情があり、さらに日本政府に対して西松建設が中国人を使用したことに対する補償金を求める陳情をし、取得して利益を得ていたという事情があります。

そのため、公平の見地からは西松建設側が中国人原告に対して救済措置を講じるべきだろうと言われたのは、一定程度、理解できるところです。

朝鮮人の徴用工の話と西松建設事件の違いをまとめると以下の図表になります。

西松建設事件と徴用工訴訟の事案の違い

韓国議長が徴用工への寄付金法案を作成しても無意味

韓国議長が徴用工への寄付金法案を作成しても、日本側がしっかりと本件の事案の性質を理解している限りは無意味です。

しかし、韓国側の騙しの手法は、何度となくいろんな媒体において発信されています。

その例が以下の記事なので、その片鱗を見ることになるでしょう。

以上