事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

兵庫県斎藤知事による通報者探索・県民局長特定は公益通報者保護法と指針に反しない

事案分析が最重要

兵庫県斎藤元彦知事に関する告発文書・怪文書の内容

兵庫県斉藤知事告発文書、公益通報を装った怪文書

兵庫県の斎藤元彦知事が、外部公益通報をしたとする県民局長を懲戒処分にした事案に関して、斎藤知事が怪文書として扱った告発文書が兵庫県議会の文書問題調査特別委員会に資料として掲載されています。

黒塗りが無い文書はSNSでも今年の3月末には出回っておりますが、個人名があるのでここでは百条委員会公式がUPした上掲画像の掲載に留めます。

さて、本件の争点・問題点は多岐にわたりますが、公益通報者保護制度の観点からは以下の2点に大きく切り分けられるのではないでしょうか。

  1. 令和6年3月の告発文書を了知後に作成者を特定して聴取したことの妥当性
    ⇒法11条2項に基づく指針の探索防止義務の違反?
  2. 4月に元県民局長から内部通報(法律ではなく兵庫県独自の制度)を受けてから、調査が完了する前に懲戒処分をしたことの妥当性
    ⇒法3条の真実相当性等の保護要件具備?
    ⇒後行の公益通報は先行の文書の「不正の目的」を糊塗する目的或いは時間稼ぎ的な通報であるため、後行の通報の手続完了前に懲戒処分を行ってよいか?

本稿では1番の問題を扱います。3月20日の当時、知事が文書を了知した時点ではどう考えるべきで、どう評価されるべき事案だったのか?という視点から書きます。

なお、事業者内部の者が外部通報をした場合に、事業者側が当該外部通報をした者を保護すべきということは法の趣旨から導くことができ、指針の解説にも書いてありますが、不適切な指針作成の経緯があったために誤解とリソースの浪費が発生しており、それが本件に影響した可能性について⇒兵庫県斉藤知事の通報者特定=探索の喧騒のもう一人の犯人:公益通報者保護法の指針は当初、内部通報に限定の予定だった - 事実を整える

匿名どころか「通報者」との接点が当初は全く無かった事案

兵庫県斉藤知事の公益通報保護法上の探索と構造・問題

本件は県民局長(当時)から匿名で文書が配付された事案ですが、公益通報者保護法上、匿名での通報も禁止されていません。ただし、その場合には個人が特定されないようなメールアドレスを利用するなどを通報受付の段階で教示するなどの対応をするようにと指針の解説で書かれています。

しかも、本件の事案は上掲図のように、内部公益通報も無ければ、仮に外部公益通報があったとしてもその事を知事側が認識するための「通報者」との接点が全く無かった事案でした。

外部公益通報を受けた機関からの調査の過程で知事側がその事実を知ったということでもありません。外部公益通報があったことが報道されて知るようになったということでもありません。

公益通報者保護法

(定義)
第二条この法律において「公益通報」とは、次の各号に掲げる者が、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく、当該各号に定める事業者 ~省略~ について通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしている旨を ~省略~ に通報することをいう。

知事側は「民間人」から文書を入手したとしており、この民間人が誰から手に入れたのかは明らかにされていません。ただ、知事側が文書を了知した3月20日以前に、当該文書が県職員の間で認識されていた例もあることが百条委員会で明らかになっています。

文書入手から懲戒処分までの時系列は知事記者会見(2024年8月7日(水曜日))が詳しいのでそちらを読み込むと良いでしょう。

文書の中に送付先が書いてあるから外部通報があったとすべき?

元朝日新聞社で公益通報制度に詳しいとされている奥山俊宏氏は「当該文書の中に送付先が書いてあるからそれを一応は信用して外部公益通報があったものとして扱うべき」と主張しています。

【兵庫県議会】令和6年9月5日午前 文書問題調査特別委員会(百条委員会)

しかし、それを必ず求めるのは不当であり、公益通報制度の濫用を招来せしめる危険が大きいのではないでしょうか?

確かに当該文書の4ページ目には「この内容についは適宜、議会関係者、警察、マスコミ等へも提供しています。」*1とあります。

しかし、この文書を見ただけでは、本当にそれらに対して提供されているかは知る由もありません。本当に公益通報だとして「こういう文書が公益通報としてそちらに行っているはずだが、本当か?」という問い合わせに対して、記載された対象はおいそれと回答するでしょうか?

また、外部組織に「通報」された内容の大枠を知っていたとしても、今回の知事側が認識したとする当該文書(4ページ分)の内容が、外部組織に配布されたそれと同じものなのか?という問題も生じます。もしも明らかなズレがあった場合、それは外部通報があったとは扱うべきではないケースもあり得ます

なぜなら、ズレがあるということは、書いた本人による嘘の情報を混ぜ込んだ可能性があるからです。微妙に違う複数バージョンを用意しておくなんて、適正な公益通報の場面では想定されていないでしょう。そういう文書は政治的に流出ルートの特定のための罠として使われる場面くらいでしか存在しないでしょう。

この場合、それだけで「不正の目的」が認定され、その観点からも「公益通報」性が失われることになります。

そうした事とは別の問題として、本件では文書の内容に、外部公益通報としての扱いを最優先すべきではないと判断させるものが含まれていました。

知事には公務員の職場環境整備などの安全配慮義務がある

公益通報ハンドブック 改正法(令和4年6月施行)準拠版

公益通報ハンドブック 改正法(令和4年6月施行)準拠版

上掲文書で黒塗りされている部分は特定個人の名前や所属組織、役職名です。

黒塗りされていないものを読むと、兵庫県の職員の名前や私的団体名や私的団体の代表者である私人の名前が書いてあることが分かります。それも加味すると、以下の点が指摘できます。

  1. 知事部局ではない県組織の役職者が言及されている
  2. 私的な行為(投票依頼)が書かれ、問題視されている(公務時間中や役職の威を借りて依頼したという事は何ら書かれていない)
  3. 文章の構造がバラバラであり、何を伝えたいのか不明確、一般に因果関係が到底認められない内容など、一見して公益通報のため書いているとは認め難い部分がある
  4. 法律上の通報対象事実に明らかに当たらないものが含まれている上、何を通報対象事実としているのか不明な記述、明確に憶測を書いている記述、情報源不明な伝聞情報がある
  5. 文書内で主張されている事実関係について、他者の証言があることの指摘もなく、添付書類として事実関係を証明しようとするものがゼロ*2

他、県職員であれば到達できた認識があったでしょう。

これは「公益通報のための文章の作成の要領を得ていないから」だとか「文章作成能力が劣っているために的確に表現できていないだけ」などと扱ってよいものではない。

地方公共団体には公務員の安全配慮義務が課されており*3、知事がその権限と責任を有していることには論を待ちません。このような内容の文書が存在しているとすれば、名指しされている当該公務員の心身の健康面への影響を考慮すべきであるとして、何らかの対応をすべき必要性に迫られているとしてもおかしな話ではありません。

実際、知事は以下説明しています。

知事記者会見(2024年3月27日(水曜日))

知事:

本人も認めていますが、事実無根の内容が多々含まれている内容の文章を、職務中に、職場のPCを使って作成した可能性がある、ということです。

それで今回の対応をしました。

この当該内容の文書には、事実無根の内容が多々含まれていることなので、職員等の信用失墜、名誉毀損など、法的な課題がすごくあると考えています。

知事記者会見(2024年4月2日(火曜日))

知事:

いわゆる文書を見た時に、やはり明らかに事実と異なる内容が多々含まれていることを私自身も感じましたし、それについて、私は公人ですが、一般職の職員に対するプライバシーの課題、虚偽の内容による県自身に対する信用失墜の可能性も高いと考えたので、そこは一定説明したところです。

「当事者で人事権のある知事が探索や公益通報性を判断するな」は本件では不当

「告発の対象者であり、しかも人事権のある知事側が通報者の特定=探索をすることや公益通報性の判断をしてはいけない」という主張があります。

確かに、人事権のある部署と公益通報窓口は分けましょうという議論は指針の検討会等でもありましたから、敷衍して、事業者内部の者が外部通報した場合にも、一般論としては妥当性のある話であると思われます。*4普遍的な法理としても利益相反者の排除はよくある発想です。

本件でも、文書の記載が専ら知事の事柄についてであれば、妥当したかもしれません。

しかし、本件では知事以外の者、知事部局の外の職制にある者までもが言及されており、その者の権利利益や職場環境のためにも対応する義務が知事側に生じていると言い得るものでした。

また、まったく接点の無い匿名者による文書を民間人から情報提供を受けて了知したという経緯であることから、予め設けていた公益通報の対応部局が対応すべき法律上の義務もありませんから、知事側が探索をするなというのは少なくとも法律上は求められるものではありません。

斎藤知事が自身について書かれている事柄に関して明らかに事実に反すると思料した事をきっかけとして特定をしようと判断をしたことは、事後的な説明としてあまり好ましいことではないかもしれませんが、一見して公益通報のため書いているとは認め難い部分がある本件では仕方がないでしょう。

仮に外部機関への「通報」の事実を部下が知っていたが情報を上げておらず知事が知らないだけだった、という場合であっても、そもそも文書の内容自体からして公益通報として扱うべきではないので、この想定は意味を為しません。

「探索禁止の例外」のやむを得ない事情があると文書の記載のみから認められる

仮に、公益通報である場合や、公益通報性の判断をこの時点では留保すべきであるとしても、本件では探索が禁止される謂れはありません。

現に、法11条2項の法定指針では、「公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合を除いて」と明記されています。

本件では他者の証言があることの記載もなく添付書類として事実関係を証明しようとするものがゼロであることや、記載されている違法行為の日時や場所が不明確なものが多く*5、また、例えば「癒着」とだけ書いて具体的な通報対象行為の記述が無いものが混在しており、この「やむを得ない場合」に該当すると言えます。

結局は県民局長が「噂話をまとめた」と供述し不正の目的が確定、手続の瑕疵が治癒?

当該告発文書がこのような性質のものであるから、その記述のみから「不正の目的」が認められ得ると知事自身が判断すること、少なくともそう推測することを妨げることは、不当でしょう。

前述の通り、知事には記載されている職員らの安全配慮義務があるし、県の名誉などを守るべき義務も同時に発生しているからです。

そして、不正の目的がその時点で客観的に確定的に存在しているとは認められないとしても、結局は県民局長が「噂話をまとめた」と供述しています。

知事記者会見(2024年3月27日(水曜日))

知事:

副知事とも相談しながら対応しました。

職務中に、職場のPCを使用して、事実無根の内容が多数含まれ、かつ、職員の氏名等も例示しながら、ありもしないことを縷々並べた内容を作ったことを本人も認めているので、名誉毀損や信用失墜、県へ業務上も含めて大きなダメージを及ぼしています。

知事記者会見(2024年8月7日(水曜日))

なお、3月の県民局長から総務部付の人事異動の部長級の人事異動の時点では、外部通報に当たらないとする法的な見解までは有していませんでしたが、元県民局長は、3月25日において文書は噂話を集めて作成したものであると説明しております

これにより「不正の目的」が確定したことになりますから、仮に、知事側が担当したことが手続的な瑕疵であったとして、その違反は軽微であり、その違法は「不正の目的」の確定により治癒されたと言える余地があるのではないでしょうか?「行政行為の瑕疵が治癒された」と評価されることは、異常なことでも何でもない法理です。

もちろん、当てずっぽうや見切り発車で、何でもかんでも文書作成者を特定して、その結果として「不正の目的」が認定できれば良いというわけではなく、「不正の目的」が疑われるに値する事情が無ければならないと考えますが。

濫用的通報による関係者の権利利益の侵害・安易な機密情報・個人情報の持ち出し等からどう守るか

濫用的通報への対応は公益通報者保護制度の永遠のテーマであり、その可能性を無視した事案分析や議論は無益です。実際、警察は当該文書を公益通報として受理していないと回答していますし*6、報道機関も公益通報と考えていたとする形跡は見つかりません。

メディアや百条委員会で騒がれ、知事も多く言及していた「真実相当性」が、本稿では全く出てこなかったことに気づかれた方も居ると思います。

公益通報保護法制の見地からは、それは本件の重要部分ではなく、中核は当該文書の「公益通報性」です。*7

そこが崩れれば真実相当性という保護要件を具備しているか?など考える必要が無いのです。*8それが公益通報者保護法に照らした正当な思考順序であり、知事側の説明に引っかかりを感じる者が発生している一因でもあります。

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*1:原文ママ

*2:例えば、夜中・休日でもチャットによる指示が為されているとする内容は、当該やりとりを行った画面の画像を簡単に証拠提出できるはずだがそれも無い

*3:裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan

*4:法定指針でも「利益相反の排除」が書かれているが、部門横断的な公益通報対応業務を行う体制の整備としての措置の項目でのみ書かれている。

*5:例えば「事前運動」という日時が最重要な事柄であるにもかかわらず記載がない

*6:https://x.com/kobeshinbun/status/1825869952563425591

*7:真実相当性の有無の観点から当該文書を分析することで見えてくる観点もあり、現場の思考方法としては間違いではない。実際、本稿の文書の性質についての記述は、この視点によって得られたものも多い。また、実際に現場が判断するに際しては、まさに記載内容の真実相当性が重要であることは言うまでもない。同時並行で考えていくこととなる。

*8:現場では二段構えで公益通報性があるとされた場合でも…という検討を念のためするだろう