韓国憲法裁判所で日韓合意に関する決定文が出て、法的拘束力が無いとしたことについて「やっぱり韓国は約束を守らない」「韓国司法もおかしい」「日本に不利」という声がありますが、これは違うと思います。
- 韓国憲法裁が日韓合意の違憲審査を却下
- 韓国憲法裁判所と訴訟要件
- 日韓合意の法的拘束力についての判決文(判決要旨)
- 「韓国は約束を守らない」ではない
- 法的拘束力のない「政治的合意」
- 日本政府も憲法裁の判決は「当然」
- 日韓合意の法的拘束力を問うた質問主意書に対する日本政府の答弁
- 「国家間合意を遵守すべき」なのは変わらない
韓国憲法裁が日韓合意の違憲審査を却下
[速報]「韓日慰安婦合意、違憲性判断の対象でない」 韓国憲法裁が却下 | 聯合ニュース
【ソウル聯合ニュース】韓国憲法裁判所は27日、慰安婦被害者らが旧日本軍の慰安婦問題を巡る2015年末の韓日政府間合意の違憲性判断を求めた訴えに対し、「違憲性判断の対象ではない」とし、却下した。
韓国憲法裁が日韓合意の違憲審査を「却下」したことが報じられて騒がれてますが、どうも、この意味があまりよく理解されてないようです。
次項は「憲法裁判所」と「却下」だけでピンと来る人にとっては不要な説明です。
韓国憲法裁判所と訴訟要件
韓国では日本の最高裁にあたる大法院とは別個に憲法裁判所があり、ドイツの司法制度と類似していますが、実は韓国も抽象的違憲審査制がありません。
そのため、具体的な権利利益の被害者であると主張する者が、その手続内で法規の違憲性を主張しなければなりません。
韓国憲法裁判所の組織と権限 國分 典子では憲法裁判所の権限が書かれています。
今回は韓国の憲法裁判所法68条の「憲法訴願」の「1項訴願」の手続であるため、『公権力の行使または不行使により、憲法上保障された基本権を侵害された者』でなければ訴訟要件を欠くことになっています。
この訴訟要件を欠くといわゆる「門前払い」となり「訴え却下」となります。
訴訟要件を具備する場合には本案(中身)審査となり請求棄却or請求認容となります。
今回はもちろん訴え却下でした。
日韓合意の法的拘束力についての判決文(判決要旨)
헌법재판소 전자헌법재판센터:韓国憲法裁判所HPに判決文(決定要旨)があります。
※法律用語として正しくは「判決」ではなく「決定」ですが判決と呼ぶ人が多いので一応記述している。
そこでは条約とそうではない合意とを明確に区別し、日韓合意は文書を交わしていない口頭形式(外相の記者会見)だったことや、合意の内容では韓日両国がいかなる権利と義務を負うかが不明であることなどを理由として、法的拘束力を認めませんでした。
なお、日本も韓国も条約は国内法と同一の効力を有するものとなっている。
ざっくりとした説明は以下でまとまっています。
4年前の「慰安婦合意」、法的効力ない | Joongang Ilbo | 中央日報
「韓国は約束を守らない」ではない
韓国憲法裁判所が「日韓合意には法的拘束力はない」と判示したことについて、「やっぱり韓国は約束を守らない」と評している人が居ます。
また、韓国側にシンパシーを持つ者で「韓国憲法裁判所は日本に不利な判断をした」と評している人が居ます。
これらは両方とも違うと思います。
今回の却下のそもそもの出発点は2011年8月の「不作為」違憲決定で、だからこそ韓国政府は15年12月に日韓合意という「特定の作為」を行ったが、それは政治的な合意にすぎず、法的に韓国政府に義務を課したり、韓国民の権利を制約したりしていないため、憲法訴願の要件を満たしていないという法理。
— 浅羽祐樹@『知りたくなる韓国』7/11刊行 (@YukiAsaba) 2019年12月27日
さすがに、こんなのが法的な権利義務に関する事案として実質審理されていたら、韓国政府とて、対日だけでなく、外交全般において政策裁量が著しく制約されることになるため、憲法裁に「却下」の意見書を提出していました。
— 浅羽祐樹@『知りたくなる韓国』7/11刊行 (@YukiAsaba) 2019年12月27日
このような外交上の合意まで司法判断が及ぶとなると、外交上の裁量の余地がかなり狭くなるということになることが指摘されています。
国と国同士(政府は行政権)が合意した内容について、なんでもかんでも片一方の国の司法権が勝手に有効・無効などと判断してしまうと、ろくに約束もできないことになるのはおかしいので、正当な指摘だと思います。
法的拘束力のない「政治的合意」
条約法に関するウィーン条約(条約法条約)第2条1項には、『この条約の適用上、 (a)「条約」とは、国の間において文書の形式により締結され、国際法によつて規律される国際的な合意(単一の文書によるものであるか関連する二以上の文書によるものであるかを問わず、また、名称のいかんを問わない。)をいう。』 とあるように、日韓合意が条約ではないというのは明らかなので、それでも法的拘束力があるのかが争点となっていました。
日本の外務省の杉山外務審議官(当時。外務事務次官を経て現在は駐米大使)も国際法上の国際約束ではないと発言をしているので、法的拘束力がないという点では日韓政府の見解に相違はありません。https://t.co/oVBA8eBbxB
— androiduse (@androiduse) 2018年11月6日
ちなみに、慰安婦合意について法的拘束力があると主張しているのは、韓国憲法裁判所に違憲確認の訴訟をしている韓国の元慰安婦やその支援者達であり、政府は日韓ともに法的拘束力があると言ったことは一切ありません。
— androiduse (@androiduse) 2018年11月23日
「法的拘束力があると主張してるのは元慰安婦側」 ということです。
10)あと今回の日韓合意についていうと、最終的な解決を企図しての「今回限りの措置」といった内容なので、そもそも条約化するようなものではないし、裁判所としては、単なる合意事項の記者発表でしかないので「法的拘束力はない」としか答えようがないのではないかと思います。
— Toru Oga | 大賀哲『共生社会の再構築』 (@toru_oga) 2019年12月30日
法的拘束力のない「政治的合意」だというのは日韓両政府の共通認識です。
ですから、日本政府は法的拘束力の有無が韓国の裁判所で認定されようともされなくともどうでもよいのです。
いずれにしても日韓両政府が約束をしたということ、約束は守るべきであるということは変わりないのですから。
日本政府も憲法裁の判決は「当然」
韓国憲法裁、「日韓合意は違憲」却下…元慰安婦ら訴え : 国際 : ニュース : 読売新聞オンライン
木宮正史・東大教授(朝鮮半島地域研究)は「外交的に決着した『日韓合意』が憲法裁の審理対象になれば、司法が外交に介入することになりかねず、妥当な判断だ。『元徴用工(旧朝鮮半島出身労働者)』問題がある中、日韓関係にさらに悪影響を及ぼす事態は避けられた」と指摘している。
◇
日本政府は、韓国憲法裁の請求却下について、「当然の結論だ」と受け止めている。
日本政府も憲法裁の判決は「当然」と受け止めていることが報道されています。
安倍政権を支持する者の多くが「韓国憲法裁判所が法的拘束力が無いと判示したのは、約束を守る気が無いからだ」と言っているのが見受けられますが、こうした日本政府の態度と矛盾することになっているのですが、気づいているのでしょうか?
行政府(ムンジェイン政権)の方針はともかく、憲法裁判所の判決からはそのようには言えない。
日韓合意の法的拘束力を問うた質問主意書に対する日本政府の答弁
衆議院議員井坂信彦君提出日韓合意の法的拘束力に関する質問に対する答弁書
一及び二について
平成二十七年十二月二十八日の日韓外相会談で確認された慰安婦問題に関する合意(以下「当該合意」という。)については、同会談で岸田外務大臣が尹炳世韓国外交部長官と協議を行い、韓国政府としての当該合意に対する確約を直接取り付けたものであり、また、同長官は、同会談後の共同記者発表の場で、当該合意を日韓両国民の前で、国際社会に対して明言した。さらに、当該合意は、同日の日韓首脳電話会談でも確認された。
したがって、政府としては、韓国政府の明確かつ十分な当該合意に対する確約を得たものと受け止めている。
三について
政府としては、日韓両政府がそれぞれ当該合意を着実に実施することが重要と考えており、引き続き、韓国政府と緊密に連携していく。
日韓合意の法的拘束力を問うた質問主意書に対する日本政府の答弁でも、日本政府は「法的拘束力がある」とは言っていません。
これは、法的拘束力が無いのは当然ですが、「無い」と言ってしまうと「約束を守らなくても良い」などとくだらない反対解釈をする輩が出てくるおそれがあるので、法的拘束力について触れないようにしたのだろうと推測されます。
「国家間合意を遵守すべき」なのは変わらない
11)で、裁判所の当該判断と政府が「法的拘束力のない合意事項」を守るかどうかは別の話なので、今回の憲法裁判所の判断をあまりセンシティブに受け取るべきではないと思っています。 長くなりましたが以上です。
— Toru Oga | 大賀哲『共生社会の再構築』 (@toru_oga) 2019年12月30日
憲法裁判所は「法的拘束力がないから勝手に破棄して良い」と言っているわけではなく、両国間の信頼関係で合意を守らない場合、相手国から非難される可能性についても指摘している。また、当初から「条約に当たらない」というのが韓国の国際法学者らの多数意見でもある。
— 彦在 (@blowind) 2019年12月27日
政治的合意であれ、条約/協定であれ、国内事情が変わろうが、「合意は拘束する」「約束は守るもの」という国際社会の大原則の中で、政治リーダーのコミットメントが何より問われているのは、慰安婦合意も「徴用工」問題も同じだ、というコメントは流れました?
— 浅羽祐樹@『知りたくなる韓国』7/11刊行 (@YukiAsaba) 2019年12月27日
国と国との「約束」にたとえ法的拘束力が無くとも、「約束は守るべき」という原理原則は変わりません。
韓国の憲法裁判所は「法的拘束力が無いから勝手に破棄して良い」「日韓合意は実質的に無効」などとは一言も言っていません。それは日韓のメディアが勝手な評価をしたり、日韓の対立を煽ってアクセスを稼ごうとしているだけに過ぎません。
韓国側が「実質的に無効化された」と言って合意の履行を逃れようとしているという態度自体が国際社会からは軽蔑の目で見られることになるだけ
日韓のメディアがいい加減なことを言って混乱を招いているだけだということは実務者レベルでは共通認識で、たとえば輸出管理・ホワイト国除外の問題でもCISTECがメディアの報道に呆れて対抗するためにパワーポイントスライドを作ってまで苦言を呈していました。
以上