事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

「20代パスポート新規発行率6.9%」の真偽を振り返る

日本の20代の旅券取得率

「日本の若者は海外に出ない」というパスポート取得率に関する論旨に対して「20代パスポート新規発行率6.9%はおかしいのでは」「保有率で見るとそうではない」などの指摘が2020年1月にネット上(主にツイッター)で話題になりました。

結論から言うと、この騒動は

1:「新規取得率」は保有率ではない

2:「新規」とあるが「更新」「発給切替」も含まれる

この2つの勘違いから生まれているものです。

実際に外務省や総務省にデータの確認をしたので、検証可能な程度にデータへのリンク等をまとめます。

「日本の若者は海外に出ない」の元ネタ:新潮社フォーサイトの磯山友幸の記事をハフポストが再拡散

日本の若者が気付けない自らの「貧困」。海外に出ない、その裏事情 | ハフポスト

元記事「海外に出ない」日本の若者が気付けない自らの「貧困」:磯山友幸 | 記事 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト

20代のパスポートの新規取得率は、1995年に9.5%だったものが、2003年には5%に落ち込み、その後、6%前後で推移。2017年には若干上昇したものの、6.9%だ。取得率で見れば、明らかに低迷している

2020年初頭における「日本の若者は海外に出ない」をめぐる顛末は以下の通り

  1. 2020年1月10日の新潮社フォーサイトの磯山友幸の記事が元ネタ、yahooでも読める
  2. そこで20代のパスポートの「新規取得率」という表現で、1995年と比べて2017年は低くなっていると指摘
  3. 1月15日にハフポストが再拡散
  4. インフルエンサーが取得率6.9%という数字のみを「低い」と問題視
  5. 「保有率」で考えれば問題ではないという指摘(ツイート)が登場
  6. 「10代で取得する数が増えたから20代の取得率が低下するのは当然」という指摘(個人ブログ)が登場、インフルエンサーが拡散

インフルエンサーとは以下のツイートなどです

「保有率」で考えれば問題ではないという指摘はたとえば以下のツイートです。 

保有率の「根拠」とされている数値は留学情報サイトの「推計」です:日本のパスポート保有率は24%!! 20代の保有率は?保有率最下位の都道府県は...? - 失敗しないワーキングホリデー情報サイト | ワーホリ準備ならフィリピン英語留学のサウスピーク

また、「10代で取得する率が増えたから20代の取得率が低下するのは当然」という論は次のブログの主張です:日本の20代パスポートの新規発行率6.9%の謎を解いたら馬鹿みたいだった - More Access! More Fun

「パスポート取得率は6.9%」の根拠

日本の若者は海外に出ない、パスポートの新規発行数6.9%

観光庁:若者のアウトバウンド推進実行会議

「1995年に9.5%、2017年に6.9%」というのは観光庁の資料にあります。

磯山氏の記事中では「観光庁がまとめた、2019年1月の「若者のアウトバウンド推進実行会議」の資料」とあるので見てみます。

この資料は【2020年までに日本の若者(20-29歳)の海外旅行者の数を350万人にする】という目標が「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議:平成28年3月30日」で定められていたためにその実績を見るために作られたようです。

出典は外務省の旅券統計総務省の人口統計となっており計算すると一致します。

観光庁の資料では「新規取得率」という表現になっていますが、元データの出典である外務省の旅券統計では「発行率」(役所が発行した数がどれくらいの割合か)となっています。つまりこれは「保有率」(個人が持っている数がどれくらいの割合か)とは異なる数値だということです。

※総務省の人口統計は人口推計(平成30年10月確定値,平成31年3月概算値)を利用
観光庁の計算について

元記事の主張の比較対象を間違えるな

新潮社フォーサイトの元記事の主張は要するに

1995年の20代の取得率と2017年の20代の取得率との比較】です。

決して「全年代に占める20代のパスポート取得率」の話ではないのです。

また、6.9%という数値自体も、同じ統計内で比較が完結しているので、別の統計や推計における数値と異なっていること自体をもって論難できるものではありません。

さらに「若者」と元記事のタイトルにはあるが、「10代」は捨象されているのです。

元記事の比較対象と、ツイートが問題視している対象にズレが生じているのです。

最初にこれを意識してください。

「新規取得率」には更新・発給切替も含まれる

観光庁の資料には「新規取得率」という言葉が使われています。

しかし、出典元である外務省に聞いたら

「更新」「発給切替」も含まれる数値である

ということでした。

決して「その人の生涯で初めて取得した数」ではないのです。

そもそも外務省の旅行統計には「新規」とは全く書かれていません。

パスポートは期限が5年と10年のものがありますので、10代で取得しても20代で更新等をしなければ意味がありません。

「10代取得率が増えたから20代取得率低下は当然」ではない

したがって、「10代でパスポートを取得する率が増えたから20代の取得率が低下するのは当然」という指摘は、別の論拠が無い限り基本的に的外れということになります。

保有率と異なるのは当たり前

『パスポートの取得率でなく保有率で見れば「若者は海外に行かない」とは言えない』

この言説は、全年代の中での20代の立ち位置を論じる場合に意味があります。
「昔の若者よりも今の若者は海外に行かなくなった」とは論旨が異なる、つまり比較対象が異なる。

「取得率」は単年度の数値です。

したがって、20~29歳のいずれかで取得する機会があるのですから、考え方としては、その取得率が10年続くと仮定すれば、取得率を10倍した数が保有率に近くなると言えます(実際にはその数値よりも少ないハズ)。

ただ、年代別の保有率を出している統計は存在しないので、推計するしかないのですが、さらに1995年のものと比較するのは困難なため、ここでは断定しません。

先述の留学情報サイトもそのような認識で推計しており、それ自体は何ら問題ないでしょう。

6.9%という数字自体を問題視するインフルエンサーに対して保有率を指摘しているツイートも、それ自体は正しいです。同時に、そもそもインフルエンサーが元記事の主張と異なる問題意識(誤解に基づく)であるため、第三者が元記事の主張に対する反論をするのであれば保有率の指摘とは別の論拠を示す必要があります。

小括:比較対象を把握していない指摘が多い

「10代取得率が増えたから20代取得率低下は当然」と言っている個人ブログでは、なぜか2012年の出国者数と2017年の出国者数を比較して「増えているから若者が海外に出ていないというのは間違いだ」と指摘している部分もあります。

しかし、新潮社フォーサイトの磯山氏の元記事は平成7年との比較をしているのであり、「近年増えている」という指摘にはなり得ても、元記事に対する反論にはなっていません。

当該記事は比較対象がズレているにも関わらず、はてなブログやツイッターで立場のある人によって大量に拡散されています。

「若者」は海外に行かなくなったのか?

では、「若者」=10代+20代は海外に行かなくなったのか?

まずは外務省の旅券統計からヒントを探ります。

平成7年パスポート取得数

平成7年と平成30年の20代では、平成30年の方が比率が低いため、元記事の「20代の取得率が低い」「だから若者が海外に出ていかない」を肯定する結果のように見えます。

※この表中の「比率」は「構成比」、つまり全年代に占める%であって、その年代の人口あたりの%ではありません。表中の%を全て足すと100%になります。

平成30年パスポート取得率

では、10代+20代を合わせた旅券の発行率を比較するとどうか。

すると、平成7年の場合には人口4,725万5,000人に対して旅券発行数248万2,200なので取得率は5.25%なのに対し、平成30年は人口3,387万4,000人に対して旅券発行数は180万1,379なので取得率は5.31%となります。

元記事の比較は20代の数値ですが、記事タイトルや論旨は「若者が」という趣旨なので、10代+20代の数値の合計で見ると、平成7年と平成30年の数値は変わっていない、という見方もできると言えます。

10年パスポートが昔は無かった

ただし、20代に限定したパスポート発行数の問題意識があるのであれば、この見方は意味を成しません。(再度指摘するが、更新や切替発給も発行数に含まれる以上、10代取得率が20代取得率に大きく影響したとは考えにくい)

そこで次に考えられるのは、【1997年から10年パスポートが登場したため、そこから5年後からは「更新頻度が減った」と考えられ、1995年(平成7年)と比較することは不適切】という指摘があり得ると思います。

そうすると、10年パスポートが登場してから5年後からの数字としては2017年の6.9%と言う数値は最大の数値なので、これをもって「若者は海外に出ていかなくなった」と言うことはできないと指摘することは可能でしょう。

20代の出国者数は増えたのか減ったのか?

ところが、旅券統計にも書かれているように、旅券取得の数と実際に海外渡航した数は一致しないため、本当に「若者が海外に出ていかないのか?」の真偽を確かめるには更なる調査が必要です。

これに対するクリティカルな検証は出国数・海外旅行者数を見るのが効果的です。

しかし年代別の統計がダイレクトに示されてる統計は見つけられませんでした。

そこで、日本人の海外旅行:20代の出国率、90年代水準に回復 | nippon.comで示されているグラフがとても示唆に富むので紹介します。

当該グラフでは各種統計から『96年の20代の出国率は24.6%であったが…中略…17年には出国者数304万5000人、出国率25.5%となった。』と推計しており、出国率は20世紀末のものと比べても増えているということが示唆されています。

したがって、この計算が正しければ、新潮社フォーサイトの磯山氏の元記事における「若者が海外に出ていかない」という主張は根拠に欠ける、という事が言えるでしょう。

まとめ:日本の20代パスポートの新規発行率6.9%の真偽は誤解の積み重なり

  1. 新潮社フォーサイトの磯山氏の元記事は「昔の20代と今の20代の比較」であって、全世代の中での若者の比較ではない
  2. 上記の論旨は「若者は海外に行かない」
  3. パスポート発行率で考えると、10代と20代を合わせた発行率は変わっていないという見方ができる
  4. 10年期限のパスポートが発行してその影響が出る時期と比べると、「今の若者は昔の若者に比べて海外に出ていかなくなった」と言うことはできない
  5. 出国者数の推計が正しければ、「若者が海外に出ていかない」という主張は根拠に欠けると言える

まとめると「日本の20代パスポートの新規発行率6.9%の謎」は、元記事の論旨の理解の仕方と統計の見方のズレ、そして観光庁の『「新規」取得率』という表記の不適切さが引き起こした騒動であると言えるでしょう。

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