事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。リンク切れに備えて魚拓を活用しています。

特別監察委員会:厚労省毎月勤労統計調査不正の追加報告書と虚偽申述・組織的隠蔽

特別監察委員会:厚労省毎月勤労統計調査不正の追加報告書

毎月勤労統計調査不等に関する特別監察委員会が追加報告書を公表しました。

虚偽申述と組織的隠蔽についてはどう判断されたのか?

「統計不正問題」とは何か?に混乱があるので、その点も含めて整理します。

毎月勤労統計調査不等に関する特別監察委員会の報告書

平成31年1月22日に最初の報告書が公表されました。

しかし、その報告書を作成する過程で、聴取する者の第三者性=中立性に疑義が呈されたことから、改めて中立性を確保した上で追加調査がされました。

統計不正問題「官僚叩き」よりも先にやるべき抜本的解決策を示そう(髙橋 洋一) | 現代ビジネス | 講談社(2/4)

この「毎月勤労統計調査等に関する特別監察委員会」の委員長になったのは樋口美雄氏。この方は慶大出身の学者だが、いまは厚労省所管の労働政策研究・研修機構理事長も務めている。

これでは、外形的に中立性を疑われてしまう。労働政策研究・研修機構は独立した行政法人であるが、そのトップは厚労大臣が任命する(独立行政法人通則法第20条)からだ。労働政策研究・研修機構は、厚労省からみれば、いわば子会社であるから、身内感覚で「特別監査」を行っているとみられても仕方ないだろう。

利害関係のない弁護士3名を追加した特別監察委員会が平成31年2月27日に追加報告書を提出しました。

さて、最初に統計不正問題の全体像を整理します。 

毎月勤労統計調査不正問題とは何か?

上記記事でも指摘してますが、厚労省が平成 31 年1月 11 日に出したプレスリリースにおいて、毎月勤労統計不正問題とは次のことを指しているとしています。

  1. 「500 人以上規模の事業所」(大規模事業所)は全数調査をするとしていたところを一部抽出調査で行っていたこと
  2. 「500 人以上規模の事業所」(大規模事業所)は統計的処理として復元すべきところを復元しなかったこと
  3. 調査対象事業所数が公表資料よりも概ね1割程度少なくなっていたこと

上記が問題の中核部分であり、統計法違反が問題になったものです。

報告書では、これに関連して、違法の問題ではないものの、不適切な行為があったことについて触れています。

アベノミクス偽装というフェイクは中規模事業所の話

アベノミクス偽装と呼ばれている事柄は、30人~499人の中規模事業所の話です。

中規模事業所の統計調査はサンプル調査です。全数調査ではありません。

その中で、数年毎にサンプルを入れ替えていました。

今までは【総入れ替え方式】だったのが、2018年に【部分入れ替え方式=ローテーションサンプル方式】に変わりました。

この変更について、『2015年に「官邸の圧力」であり、その結果、実質賃金指数が上振れした』と言っているのが維新以外の野党議員とマスメディアです。

しかし、追加報告書では入れ替え方式の変更に合理性が認められています。

毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する追加報告書 13ページ

なお、ローテーション・サンプリング方式の採用に関しては、給与に係る数値を意図的に上昇させるためのものであったのではないかとの指摘がされているが、そもそも、ローテーション・サンプリング方式が採用されることとなったのは、サンプル入替えに伴うギャップをできるだけ少なくし、国民をはじめとする統計の利用者にとっての分かりにくさを解消するための措置であり、その採用については、統計学的にも十分な合理性が認められる

ローテーションサンプリングで数字を良く見せるのは不可能

統計を良く見せるようにするには、そのサンプルが「全体の中で良い」ということがわからないといけません。つまり、全数調査をしないと不可能です。

サンプル調査である中規模事業所について、このストーリーを描くのは無理筋です。

「首相官邸の圧力」については厚生労働省の毎月勤労統計不正問題とは何か:「安倍総理・首相官邸の関与の問題」というフェイク において詳細に触れているので、ここでは扱いません。

さて、統計法違反と虚偽申述・組織的隠蔽について、追加報告書はどう判断したのか?

虚偽申述はあったが組織的隠ぺいは無い

毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する追加報告書 18ページ

⑴ 虚偽申述について
毎月勤労統計に関して、少なくとも、平成27 年検討会において全数調査である旨の事実と異なる説明をしたこと、平成28 年のローテーション・サンプリング方式導入の際の調査計画の変更申請においても事実と異なる全数調査であることを記載したことなど、公的な場で、課(室)の長の判断の下に、真実に反することを認識しながら、事実と異なる虚偽の申述を行った。
毎月勤労統計の調査方法に関するこれらの虚偽の申述は、それぞれ、毎月勤労統計を所管する担当課(室)の長レベルの判断の下、部下の協力を得ながら行われたもので、単にその申述をした担当者の個人の責任にとどめるべきものではなく、課(室)という組織としての独自の判断による行為と評価すべきものであり、厳しく非難されるべきである。

虚偽の申述」の対象は「500人以上規模=大規模事業所についてサンプル調査をしていたのに全数調査である旨の事実と異なる説明・記載をしたこと」であることです。

しかし、事実関係を積み重ねて総合検討しても、「隠蔽行為」があったとまでは認められないと判断されました。

ちょっと一瞬意味が分からないと思います。

これは「組織的隠蔽」をどうとらえているのかを知る必要があるのと、なぜ不適切な行為が行われたのかという原因とも深く結びついています。

「組織的隠蔽」の対象事実

毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する追加報告書 18ページ

⑵ 「組織的隠蔽」問題について
そもそも「組織的隠蔽」の概念は多義的であり、確定的な定義や見解は見当たらないが、本委員会が今回の事案において「隠蔽」の有無として取り上げるべきだと考えたのは、平成26 年に事務取扱要領から抽出調査である旨の記載を削除したこと、及び、平成30 年1月から東京都の大規模事業所について復元処理を開始したことをはじめ、「隠蔽」する対象事実としては、全数で行うべき調査を抽出で行い、かつ、抽出調査の場合の統計処理として通常行うべき適切な復元処理をしていなかった等の法律違反又は極めて不適切な行為(以下「違法行為等」という。)であり、「隠蔽行為」とは、その事実を認識しながら意図的にこれを隠そうとする行為(故意行為)であることを前提とした。
この点、例えば、東京都の大規模事業所について抽出調査が行われるようになったことなどを知りながらこれを放置し、あるいは対外的に事実と異なる説明を行うなどの今般の不適切な取扱いに関与した統計部門の担当課(室)の職員らは、少なくとも主観的には統計数値上の問題はなく、あるいは、許容される範囲内であるなどといった程度にしか捉えておらず、当人や厚生労働省、担当課(室)にとって、極めて不都合な事実であるとか、深刻な不正であるなどと捉えていたとは認められなかった。担当課(室)の職員らにおいて、綿密な打ち合わせや周到な準備などがなされた形跡はなく、むしろ、随所でいずれ不適切な取扱いが露見するような、その場しのぎの事務処理をしていたことが認められる。
これらを踏まえると、担当課(室)の職員らにおいて、意図的に隠したとまでは認められず、「隠蔽行為」があったとはいえない。

  1. 全数で行うべき調査を抽出で行っている事実の認識
  2. 統計処理として適切な復元処理をしていなかった事実の認識
  3. 上記の事実を認識しながら意図的にこれを隠そうとする行為をしたこと

組織的隠蔽」とは、上記の3つを備えてはじめて成立すると、特別監察委員会は考えたことになります。

これらのうち、1番目の「全数で行うべき調査を抽出で行っている事実の認識」は認められています。

しかし、2番目の認識がなかったということが、闇の深い話です。

特別監察委員会の追加報告書によれば、これは今回の問題が発生した原因と深く結びついていることになります。

統計に関する知識や統計業務の経験がない者が多い厚労省職員

毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する追加報告書 21ページ

併せて厚生労働省の幹部職員の多くには統計に対する無関心が伺われることも今回の調査を通じて判明した。厚生労働省の幹部職員には統計に関する知識や統計業務担当の経験がないものが多く、統計に係る業務を統括する立場にある幹部職員ですらも、部下職員から不適切な取扱いについて報告を受けながら、明確な指示を出すことなく、また、的確なフォローもせずに問題を解決しないまま放置するという事象は、統計に対する厚生労働省の組織全体の姿勢を象徴するものであり、国民生活に直結する統計を取り扱う省全体としての責任は極めて大きい。

厚労省の人材に統計に明るい職員が不足していたという問題があります。

追加報告書は明示していませんが、統計理解能力のある職員ではなかったからこそ、「統計処理として適切な復元処理をしていなかった事実の認識」が認められない、と判断されたのではないでしょうか?

これは本来的には統計を担当する職員としてはあってはならないことです。

もしも当たり前のように統計処理の知識がある組織であったならば、一部の職員が今回の件で「少なくとも主観的には統計数値上の問題はなく、あるいは、許容される範囲内である」と考えるのは無理筋でしょう

しかし、今回は管理職も含めて統計に関する意識が希薄な組織だったということからは、「そういう組織内の一職員としての認識」としては、故意があったとまでは認められないだろう、そのように判断されたのだと思います。

日本の役所は東大文系(中でも法学部)卒の人間ばかりであり、海外では統計職員は博士号持ちばかりということからは、日本の役所の統計人材不足は深刻なんだろうと思います。

統計法9条・11条違反認定も、「真実に反するものたらしめる行為」ではない

内規に即して処分者は出ているようですが、今回の違法は統計法9条、11条のものであると認定されています。

統計法違反の対象となった行為は、平成 23 年8月4日、厚生労働大臣から総務大臣宛てに、毎月勤労統計調査の調査計画に関する変更承認申請がなされた後も大規模事業所について抽出調査を継続したこととされています。

しかし、統計法の罰則規定には9条、11条違反は含まれていません

今回の件で唯一罰則規定で適用し得るのは60条2号です。

第六十条 次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第十三条に規定する基幹統計調査の報告を求められた者の報告を妨げた者
二 基幹統計の作成に従事する者で基幹統計をして真実に反するものたらしめる行為をした者

しかし、1月の報告書では以下のように判断しています。

毎月勤労統計調査を巡る不適切な取扱いに係る事実関係とその評価等に関する報告書 27ページ

平成16(2004)年からシステムの改修が行われる直前の平成29(2017)年まで、抽出調査への変更に伴い必要となる復元処理が適切に行われなかったことについては、統計の精度に問題のある行為ではあるが、架空の調査票を捏造する行為、調査票に記載された報告内容を改ざんする行為、基幹統計調査の集計過程においてデータを改ざんする行為などではないことから明確に「真実に反するものたらしめる行為」に該当するとまでは認められず、また、当時の担当者からのヒアリングによれば、調査結果に大きな影響を与え得るとの認識まではなかったということであることから、意図的とまでは認められないものと考えられる。

たしかに全数調査がサンプル調査になったというのは「統計の精度」の話であって、実際に両者の数値にズレが生じたとしても「真実に反するようにした」とまで言えるかはかなり慎重になるべきであると言えます。

私は、2月の追加報告書でこの点の認定が無かったのが非常に不満ですが、この評価は妥当であると思います。

行政府の側の問題だけなのか?

なぜ、毎月勤労統計の不正は見過ごされてきたのか? | The Urban Folks

「統計人材の不足」は予算の問題なのか?

また、専ら行政府(官庁側の役人)の責任であり、立法府の責任は無いのか?

この点については扱える範囲を越えるので、渡瀬裕哉氏の記事が参考になるでしょう。

「法は不可能を要求せず」組織的隠蔽の有無の是非は?

法は不可能を要求せず」という法律の格言があります。

今回の統計不正は、能力的・環境的に統計不正と認識することが不可能だったと判断されたために、個人に帰責させることは避けられたのだろうと思います。

ただし、特別監察委員会が設定した「組織的隠蔽」の判断基準は妥当なのか?その基準であっても組織的隠蔽と評価してよいのか?ということは、議論としてあり得ます。

いずれにしても、統計人材の確保は今後必要な政治課題であると言えます。

それは追加報告書でリソースの拡充が再発防止策の一つとして挙げられている通りでしょう。

統計リソースがどのように変遷してきたのか、それに対して政府はどのような方針なのかは以下でまとめています。

以上