事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

新型コロナワクチン接種拒否の医療従事者と予防接種法・感染症法:接種は全市民の努力義務

コロナワクチン接種拒否の医療従事者

新型コロナワクチン接種拒否の医療従事者の扱いについて、関連する法規を整理。

新型コロナワクチン接種拒否の医療従事者

「ワクチン接種しないと退職要求」「職場にチェック表貼り出し」医療従事者の相談、日弁連が公表 - 弁護士ドットコム

「ワクチン打つよう強制」看護師が断ると、病院は退職届へのサイン迫る 接種巡る労働相談相次ぐ|総合|神戸新聞NEXT

新型コロナワクチンの接種を拒否する医療従事者が居り、労基所が有期契約者の看護師に対する退職勧告を撤回させた例が報じられました。

また、日弁連が相談ホットラインの相談事例の報告において、ワクチン接種は任意であり「打たなかったからと言って不利益を被ることがあってはならない」と強調したことも報じられています。

他にも医学生が看護実習の要件として新型コロナワクチン接種が提示されるも拒んだ例もありますが、こうしたものに対しては【職場の業務命令等】として単位取得を認めなかったり配置換え等の何らかの処分をすることがただちに違法とされるのは馴染まないのではないかという弁護士や医師らの指摘があります。

ワクチン拒否に不利益があってはならないとの日弁連の無責任な主張と看護実習 - Togetter

そこで、ここではワクチン接種拒否をする医療従事者や医学生に対して何らかの処分をする法的根拠が無いか調べた結果を整理します。

※現行法上の法規を確認しただけで、その解釈運用の実態を調査したものではありません。

労働契約法上の解雇事由:有期の場合はやむを得ない事由

労働契約法

(解雇)
第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
第四章 期間の定めのある労働契約
(契約期間中の解雇等)
第十七条 使用者は、期間の定めのある労働契約(以下この章において「有期労働契約」という。)について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。

前記の有期雇用契約の医療従事者の場合には労働契約法17条で「やむを得ない事由」がなければ解雇できないこととなっています。

独立行政法人 労働政策研究・研修機構

「やむを得ない事由」として該当しうるのは、たとえば、労働者が就労不能となったこと、労働者に重大な非違行為があったこと、雇用の継続を困難とするような経営難などである(荒木尚志・菅野和夫・山川隆一『詳説労働契約法』155頁参照)

ー中略ー

学校法人東奥義塾事件 仙台高秋田支判平24.1.25 労判1046-22

労契法17条1項は、「やむを得ない事由」がある場合でなければ、期間の定めのある労働契約について、契約期間が満了するまでの間において解雇ができない旨規定する。同条が、解雇一般につき、客観的に合理的な理由及び社会通念上の相当性がない場合には解雇を無効とするとする同法16条の文言をあえて使用していないことなどからすると、同法17条1項にいう「やむを得ない事由」とは、客観的に合理的な理由及び社会通念上相当である事情に加えて、当該雇用を終了させざるを得ない特段の事情と解するのが相当である。

有期雇用の場合は、それ以外の場合に比して厳格な要件となっているということです。

とはいえ、ワクチン接種については「法的な義務」があります。

全市民、日本国民が新型コロナワクチン接種の努力義務がある

予防接種法と新型コロナワクチン

予防接種法

予防接種を受ける努力義務
第9条 第5条第1項の規定による予防接種であってA類疾病に係るもの又は第6条第1項の規定による予防接種の対象者は、定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種(同条第三項に係るものを除く。)を受けるよう努めなければならない。

附則
(新型コロナウイルス感染症に係る予防接種に関する特例)
第7条 
2 前項の規定による予防接種は、第6条第1項の規定による予防接種とみなして、この法律(第二十六条及び第二十七条を除く。)の規定を適用する。

新型コロナワクチンは、予防接種法6条1項の「臨時に行う予防接種」の扱いとみなすことが附則に書かれています。

その対象者は現時点では12歳以上の住民票に記載のある者やそれに準ずる者です。

新型コロナウイルス感染症に係る臨時の予防接種実施要領  

つまり【現時点では新型コロナワクチンは基本的に全日本国民・市民が接種の努力義務を課されている】ということです。外国人も住民票に記載があれば同様。

ただし、妊婦は使用実績が限定的であること等を踏まえ、努力義務の規定の適用が除外されています。

予防接種法上の努力義務がある点では麻疹やHPVと同じ新型コロナ

予防接種の努力義務があるものとして「A類疾病」がありますが、予防接種法上、ジフテリア・百日せき・急性灰白髄炎・麻しん・風しん・日本脳炎・破傷風・結核・Hib感染症・肺炎球菌感染症(小児がかかるものに限る。)・ヒトパピローマウイルス感染症が規定されています。
ヒトパピローマウイルス感染症=HPV感染症。子宮頚がんを引き起こす感染症

更に予防接種法施行令で痘そう・水痘・B型肝炎・ロタウイルス感染症が規定。

つまり、ワクチン接種の努力義務があるという点では新型コロナウイルスはこれらの感染症と同じ扱いなわけです。

医療関係者のためのワクチンガイドライン 第2版・第3版|日本環境感染学会

これを見ると、空気感染する麻疹ですら、「努力義務」であり、「強制ではない」という扱いだということがわかります。

インフルエンザはワクチン接種の努力義務が無い

ところで、インフルエンザはワクチン接種の努力義務がありません。

しかし、予防接種法上の「B類疾病」として4条1項に「特に総合的に予防接種を推進する必要があるものとして厚生労働省令で定めるもの」にあたります。
予防接種法施行規則1条に「麻しん、風しん、結核及びインフルエンザとする。」とあります。

「ワクチンには予防効果は無い」

という印象が残っている人が居ますが、それは毎年大流行していたインフルエンザワクチンが感染予防効果が実証されておらず、発症予防重症化予防に意味があると言われてきたからですが、それでも法規上はこのように接種の勧奨対象で、一定の有効性が認められています。

新型コロナワクチンは、感染予防効果も高いということが実証されています。

さて、一般的な接種の努力義務の上に、医療関係者にはさらなる努力義務があります。

感染症法上の感染予防・まん延防止の努力義務

感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)

(医師等の責務)
第五条 医師その他の医療関係者は、感染症の予防に関し国及び地方公共団体が講ずる施策に協力し、その予防に寄与するよう努めるとともに、感染症の患者等が置かれている状況を深く認識し、良質かつ適切な医療を行うとともに、当該医療について適切な説明を行い、当該患者等の理解を得るよう努めなければならない。
2 病院、診療所、病原体等の検査を行っている機関、老人福祉施設等の施設の開設者及び管理者は、当該施設において感染症が発生し、又はまん延しないように必要な措置を講ずるよう努めなければならない

感染症法上、「医師その他の医療関係者」には感染予防の努力義務が、医療機関や福祉施設の開設者及び管理者には感染症発生・まん延防止の努力義務が課せられています。

さらに忘れてはならない規定があります。

日本国憲法

第二十五条 
② 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない

憲法における公衆衛生の向上増進義務が国に求められています。

新型コロナウイルスに対応する医療機関は公的医療機関が多いですから、そこで働く医療従事者に対する関係で無視できないでしょう。

医療従事者らは、患者や利用者に対する関係でリスク管理をしなければならない。

これが、一般の労働者と異なるところでしょう。

強制ではない、業務従事の条件ではない、努力義務ということの意味

医療従事者等への接種について|厚生労働省(2021年6月11日魚拓

医療従事者等の方は、個人のリスク軽減に加え、医療提供体制の確保の観点から接種が望まれますが、最終的には接種は個人の判断です。
 接種を行うことは、強制ではなく、業務に従事する条件にもなりません。

予防接種法及び検疫法の一部を改正する法律案に対する附帯決議 

政府は、本法の施行に当たり、次の事項について適切な措置を講ずるべきである。

二 新型コロナウイルスワクチンを接種していない者に対して、差別、いじめ、職場や学校等における不利益取扱い等は決して許されるものではないことを広報等により周知徹底するなど必要な対応を行うこと。

強制ではない、業務従事の条件ではないというのは、麻疹も同様であるということは医療関係者のためのワクチンガイドラインから伺えます。

この場合の「強制ではない」とは、仮に接種を受けてなかったら契約違反や不法行為として民事損害賠償を受けるとか、資格や施設経営に対する行政処分を受けるとか、犯罪として処罰されるとか、そういう意味での何らかの法的制裁を受けることは無い、という意味でしょう。
※追記:「努力義務違反によって被害を受けた第三者から損害賠償を請求される可能性や、監督官庁から行政指導を受ける可能性がある。」と説明されることがあります。参考:【社労士監修】「努力義務」の意味とは?対応や罰則、義務や配慮義務との違いを解説! | 労務SEARCH

そうではない、医療機関等の組織内部における規律・命令に反してワクチン接種拒否をした場合にも必ずその判断が絶対視されて何らかの処分がなされれば処分をした側が違法になる、というような関係ではない。

考えてみれば、医師だって身体的な特性によってワクチンの接種が禁忌だったり控えるべきとされることだってあるわけで、そういう場合に法に基づく何らかの制裁を受けるのは不合理だから、すべての疾患のワクチン接種は「法的に強制しているのではない」なんだろうと思われます。
(原則義務化しておいて除外する方法もあるだろうが)

にもかかわらず厚労省の説明書きが「違法の印象」を与えるようになっているのは、雇用主に配慮を促すためと思われ、こうした類の文章は別の場面でも見られます。

外国人の入社・募集・採用の拒否は違法なのか? - 事実を整える

努力義務違反+その他によって安全配慮義務違反となった事例

法律上の重量制限遵守義務違反ではないが「重量制限遵守の努力義務」に違反していることその他の事情によって安全配慮義務違反とされたのが。

信濃運送事件 (労働判例967号79頁)です。

「義務ではなく努力義務だ」とだけ言ってそれ以上説明しないのは、不誠実です。

重量制限の法的規律の前提知識は以下を参照。

1台の電動車椅子を持ち運ぶのに何人の駅員が必要か? ただし労働基準法に従うものとする - 本しゃぶり

現実的な無難な対応としての配置換え

現実的な無難な対応としては、配置換えが行われているようです。

ただ、有期雇用者の場合でも、職場における業務の内容からしてそれをする意味が無かったり、それでは感染リスクを排除・低減できないとなれば「やむを得ない事由」にあたるケースは有り得るのではないかと思われます。

ましてや解雇要件がより緩い有期ではない雇用契約の場合には、それが認められるケースは十分あるでしょう。

いや、そうでなければ公衆衛生の向上維持なんて不可能でしょう。

まとめ:人としてのワクチンを打たない自由はあるが…

  1. 労働契約法上、有期の場合はやむを得ない事由という厳格な要件が必要
  2. 現在は妊婦以外の12歳以上の市民に新型コロナワクチン接種の努力義務が課せられている
  3. 医療従事者等はさらに感染予防・感染症の発生まん延予防の努力義務が課せられている
  4. 憲法上、国には公衆衛生の向上維持の努力義務が課せられている

個人的には、予防接種法上は麻疹と同等の扱いになっている新型コロナのワクチンについて、感染予防効果も発症予防効果も重症化予防効果も凄まじいものがあると実証されているにもかかわらず接種を拒むような医学生は適性が無いので退学しろと思いますし、そういう医療従事者がいるような病院には行きたくありません。

プロフェッショナルとしての意識が欠けていると思います。
※基礎疾患等で接種リスクが高いと評価されている、というような事情は今のところ見られない

人としてのワクチンを打たない自由はあるが、医療従事者としてのワクチンを打たない自由など存在しない。あくまでその医療機関内の裁量で接種しない判断が尊重されているだけに過ぎない。

病院にも営業の自由がある。

どういう人物と働くかということは、一般の売買等の契約関係とは異なり、単なる物理的労働力の提供の関係を超えて、一種の継続的な人間関係として相互信頼を要請するものであるから、採用前の段階においてはそれが強く機能しますし、そうであるべきでしょう。

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