『丸川珠代大臣がNEJM論文に「事実誤認や誤解」と反論』
という報道、認識が誘導されている人らが見受けられたので、整理します。
丸川珠代NEJM論文に「事実誤認や誤解」報道
丸川五輪相 米医学誌に反論「明確な事実誤認や誤解、一方的な認識がある」 5/28(金) 10:21配信 デイリースポーツ
丸川珠代五輪相(50)が28日、閣議後の定例会見を行い、医学界で最も権威を持つ医学誌と称される「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)」が、東京大会での新型コロナウイルス対策をまとめたプレーブックについて「科学的な根拠に基づいていない」と批判したことについて「明確な事実誤認や誤解、一方的な認識がある」と、反論 した。
東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当大臣の丸川珠代議員が、東京五輪での新型コロナウイルス対策をまとめたいわゆる「プレイブック 」について、NEJM (The New England Journal of Medicine)で掲載された論文が問題点を指摘したことにつき記者に問われた際に「事実誤認や誤解」と反論したと報道しています。
丸川オリンピック担当大臣の会見録とNEJM論文
丸川議員の「反論」は、令和3年5月28日の閣議後定例記者会見における記者からの質問に対する回答においてなされました。記者からは「アメリカの医学誌」とだけ。
東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部
対象となるNEJM論文は【Protecting Olympic Participants from Covid-19 — The Urgent Need for a Risk-Management Approach 】https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2108567
筆頭著者のAnnie K. Sparrow, M.D., M.P.HのTwitterアカウントは以下。
プレイブック:アスリート・チーム役員公式プレイブック第2版
「プレイブック 」とは
【アスリート・チーム役員公式プレイブック 2021年4月 第2版 】のことです。
政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長に対する質疑と答弁においても「プレイブック」につき言及があり、6月に最終版たる第3版が発行される予定です。
NEJM論文は「科学的な根拠に基づいていない」という批判ではない
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2108567#figures_media
NEJMの当該論文ではデイリースポーツ記事にあるような「科学的な根拠に基づいていない」という言い方ではなく 、"not built on scientifically rigorous risk assessment"=「科学的に厳密なリスク評価に基づいてない」であったり、"not informed by the best scientific evidence"=「最高の科学的証拠に基づいてない」という記述があります。
「甘い」とは言ってるが非科学的とは言っていない わけです。
論文の指摘の「まとめ」的な表は上掲。
彼女らの考える「ベストプラクティス」からは、現状のプレイブックでは不十分である、という指摘です。
さて、ここまでの前提で、丸川議員の反論の妥当性を検討していきます。
丸川珠代「事実誤認や誤解に基づく指摘」
(記者) 先日、アメリカの医学誌が、4月に公表したプレイブックバージョン2を見て、科学的リスクに基づいていないですとか、感染対策が不十分だという指摘があります。この件について大臣の受止と、またバージョン3はいつごろお示しになる予定か、分かる範囲で教えていただければと思います。 (大臣) ありがとうございます。このご指摘の論文は、もう既に皆さん、取材でお読みいただいていると思いますけれども、私どもがきちんと読ませていただきましたところ、明確な事実誤認や誤解に基づく指摘が見受けられます。 まず、明確な誤認について ですが、論文ではアスリートへの検査頻度が明確ではないとしていますが、プレイブックには、アスリートに対しては、原則として毎日検査を実施するということが明示してあります。 また、WHOの協力を得るようにと指摘をされておりますが、プレイブックは、五者協議に参加している我々も含めたメンバーに加えて、WHOも参加するオールパートナーズタスクフォースというグループの知見も得て作成をされております。 また、文中、試合中選手は携帯電話を持っていない、ウェアラブルをつけるべきだというご指摘がございますけれども、私どもが理解している限りで言いますと、オリンピックの競技というのは衆人環視のもと、全ての競技が何らかの形で映像に収められます。これ、OBSが作業されますが。こういう形で進められますので、このご指摘はあまり合理的ではないのではないかと思っております。 また、誤解や一方的な認識に基づいた指摘 ということで申し上げます。論文では、NBAやNFLのような、アメリカのプロスポーツにおける対応をスタンダードとして、これと比較をする形で優劣を指摘されております。 しかしながら、IOCのバッハ会長が19日に開催された、IOC調整委員会の冒頭挨拶で指摘をされましたように、コロナ禍においても、世界の様々な国で430を超える国際大会が開催をされ、5万4,000人を超えるアスリートが参加し、無事に大会が開催されております。こうした様々な大会の経験をもとに、東京大会の準備を進めているところです。 さらに、論文では、先日公表されたプレイブックバージョン2の内容について指摘をしているということでございますが、先ほど申し上げたような事実誤認がございますのと、プレイブックは、最終版を6月に公表することにしております。 ですので、まだ検討途上の内容についてご指摘になっているということを、書いておられる側が理解をされていないのだろうと思います。 一方、論文がおっしゃっているのは、東京大会の中止を求めるものではなく、東京大会を開催するための緊急の行動が必要だという趣旨で書かれている ものと認識をしております。 この論文は医学界でも権威のある専門誌に掲載されたものと承知をしておりますが、先月28日に公表した変異株等にも対応した、追加的な対策を含めて科学的な知見をさらにブラッシュアップして、6月のプレイブックに反映したいと考えております。 国内外の専門家の皆さまに、こうした東京大会における対策の内容が正確に伝わるように、丁寧に説明をしてまいりたいと思います。
「アスリートへの検査頻度が明確ではない」「WHOの協力を得るように」について
「アスリートへの検査頻度が明確ではない」については、プレイブックに明らかに「原則として毎日検査が実施」などの記載が確認できます。
よって、「事実誤認」という指摘は正当 です。
これは「科学的事実」に対するものではなく、プレイブック上の記載に関する事実に対するものなので、容易に言及できたのでしょう。
とはいえ、このプレイブックの記述ですが、項目立てが上手くない印象です。
大会前キャンプ・入国時・大会時といったフェイズ毎に分かれて記述され、それぞれのページは色分けが為されていますが、それによって記述の見落とし、「明確ではない」という認識が生まれたのではないかと思ってしまいます。
「WHOの協力を得るように」に対しては、丸川大臣は「プレイブックは、五者協議に参加している我々も含めたメンバーに加えて、WHOも参加するオールパートナーズタスクフォースというグループの知見も得て作成をされております。」としています。
これは外から見えない部分かもしれないので軽く指摘する程度で良いでしょう。
「ウェアラブルをつけるべき」に対する丸川大臣の誤認
NFL COVID-19 PROTOCOLS
「スマートフォンではなくウェアラブル端末による追跡をするべき」に対して。
丸川大臣は「文中、試合中選手は携帯電話を持っていない、ウェアラブルをつけるべきだというご指摘がございますけれども…オリンピックの競技というのは衆人環視のもと、全ての競技が何らかの形で映像に収められます。これ、OBSが作業されますが。こういう形で進められますので、このご指摘はあまり合理的ではないのではない 」という認識ですが、これは論文の主張を誤認 しています。
論文は、ウェアラブルについて「試合中」という限定はしていません。
前掲表でも「スマートフォンよりもウェアラブルの方が有効だ」という主張ですから必然的にそうなるし、その際に参照しているのがアメリカNFLにおける手法ですから。
NFL COVID-19 Protocols | NFL Football Operations (魚拓 )
「誤解や一方的な認識に基づいた指摘」:NFL基準、検討中の内容についての指摘
また、丸川大臣は「誤解や一方的な認識に基づいた指摘」として、論文は「NBAやNFLルールとの比較をしているだけ」「検討中の内容についてのご指摘」としています。
確かにこの部分はAnnie K. Sparrow 氏の言うNFLやNBAのプロトコルに合わせるべき必然性はないですし、最終版ではないのはそうですが、「誤解や一方的な認識に基づいた指摘」という表現をわざわざ使うのはちょっと疑問です。
こんな角が立つ言い方をする必要は無いと思うのですが。
もっとどっしりと構えてた方が良いんじゃないか、と思います。
丸川大臣はNEJMに寄稿して反論すべきか?⇒NO
「NEJMは権威のある雑誌だから…」 という書き方をする医師がそれなりに見受けられて残念だったのですが、「権威ある専門誌に掲載される論文」にも種類があります。
たとえば、LancetではのNYTモトコリッチの記事をベースに日本で中国人差別があったとする内容の論文がありました。
これは科学的研究を内容とするものではないのみならず、【「#中国人は日本に来るな」がツイッターでトレンドになっている】という虚偽の事実を記述している記事をベースにした不当なものです。
今回のNEJM論文も、科学的研究内容そのものではなく、「プレイブック」の記述に関するものですから、取り扱いとしては厳格なものではないでしょう。
形式面で捉えると、「NEJM論文で批評されたらNEJM論文に寄稿して反論せよ」というのが通常は妥当するにしても、今回の話は政策的判断が関与するものですから、敷衍して考えることはできない。科学的事実の正誤を争うものではないのだから、反論する意義が希薄。
実質面で捉えると、改訂が予定されている2版の内容を前提にした批判文書についていちいち論文化して反論する意味は無い。改訂時に参考にすれば足りる。
したがって、「丸川大臣はNEJMに寄稿して反論すべきか? 」という問いについては、明確に"NO" ということになります。
まとめ
NEJM論文は「甘い」とは言ってるが非科学的とは言っていない ⇒デイリースポーツ記事や質問した記者の使用した言葉の認識に引っ張られるな
丸川大臣の反論は事実誤認については正当なものがあるが、それ以外の点で丸川大臣の側の誤認がある
さらに他の点では疑問視される言動があるのではないか⇒角の立つ言葉
丸川大臣がいちいちNEJMに寄稿して反論する必要はないし、それは無駄
こんなところでしょう。
当該論文には尾身教授も言及した「選手以外の関係者の規律をどうするか」も指摘していて、極一部の事実誤認を理由に否定されるべきものではないと思います。
メディアは無用な対立を煽る傾向 にありますが、大臣や専門家、読者らはそういうものに引きずられないようにしたいものですね。
以上:はてなブックマーク をして頂けると助かります。