2017年11月から12月にかけ、余命ブログに起因して金竜介弁護士をはじめとする在日コリアン弁護士に対する大量懲戒請求(950人)がなされたため、懲戒請求が違法であるとする訴訟が提起されました。
この訴訟の問題点を整理していきます。
なお、同じ東京弁護士会の佐々木亮・北周士、小倉秀夫、嶋崎量各弁護士らに対する大量懲戒請求は別の時期に行われており、別個のものとして扱います。
在日コリアンという国籍民族を理由とする大量懲戒請求?
懲戒事由とされる文章には以下のような事柄が書かれていたとのことです。
弁護士ドットコム
「違法である朝鮮学校への補助金交付の会長声明に賛同、容認、その活動を推進することは、弁護士の確信犯的犯罪行為である。利敵行為としての声明のみならず、直接の対象国である在日朝鮮人で構成されるコリアン弁護士会(原文ママ)との連携も看過できない。この件は、別途外患罪で告発している。あわせてその売国行為の早急な是正と懲戒を求めるものである」
これは、他の大量懲戒請求の事案とほぼ同じ内容の懲戒事由の文面であり、特に違いはありません。違いがあるとすれば、次のような事があったということです。
朝日新聞
同じ時に請求されたのは同会の役員ら10人と、金弁護士ら1文字の姓の弁護士8人だったという。
弁護士の名簿は日弁連の弁護士情報・法人情報検索で調べることができます。
ざっとそれっぽいワードを入力すると、東京弁護士会には少なくとも30人程いらっしゃるようです。
金竜介弁護士はこれらの事実から、「ただ日弁連の名簿から名前で選ばれた」「国籍ないし民族を理由として懲戒請求しており、人種差別にあたる」「1文字の姓の弁護士を選んで、懲戒請求をしている。明らかな人種差別だ」などと主張しています。
さて、これは人種差別なのでしょうか?
金竜介弁護士に対する余命大量懲戒請求は人種差別か?
前提として、人種差別かどうかがなぜ問題になるのか?ということを示します。
人種差別と慰謝料の増額事由
金竜介弁護士は、記事の中では朝鮮学校無償化について反対や賛成の意思を表明しているわけではありません。したがって、この懲戒請求は他の何らかの理由で金弁護士が朝鮮学校無償化に賛成していると余命氏が推測していたと考えられます。
金竜介弁護士が朝鮮学校無償化について何ら関係ないというならば明らかに不当な懲戒請求であり、懲戒請求者に対する損害賠償請求は認められるのは間違いありません。
そして、そこに人種差別的な要素が含まれていると裁判所が認定した場合、慰謝料の増額事由として算定される可能性があります。それは実際に昨年の保守速報の判決で行われました(ただし、「人種差別だから違法」なのではなく、侮辱表現の一部として人種差別の要素が含まれている場合に慰謝料の増額事由として扱われるに過ぎない)。
しかし、果たして今回の事案では人種差別があったのでしょうか?
余命氏の「朝鮮系」からの推論過程
金弁護士らに懲戒請求をした理由として余命氏が考えていたと思われる、あり得る推論過程は以下でしょう
- 名前が1文字ということは朝鮮系の出自であると推認される
- だから、朝鮮に対してシンパシーを感じてると推認される
- だから、朝鮮学校への補助金支給に賛成をしていると推認される
- よって、違法な補助金支給を要求していたので懲戒事由にあたる
このような思考過程(かなりいいかげんな)と思われますが、1⇒2、2⇒3の推論は人種差別なのでしょうか?ヘイトの法律上の定義や人種差別の条約上の定義はここでは問題にしません。ここでは「実質的に出自を理由に攻撃していると言えるかどうか」で考えていきますし、過去の裁判例もそのような判断様式であると思われます。
まず、名前からある種の国籍や民族的背景を推察することは、当たり前の行為として行われています。名前が朝鮮系に特有のものだから、ルーツがそちらにあるため、朝鮮に対して共感しているだろうと推測することは、素朴な感覚の範疇と言えます(それが妥当かどうかは別にして)。
そして、朝鮮に対して親しみの心情を有しているのならば、朝鮮学校への補助金支給については賛成をしているだろうと考えることも、在り得ないほど無理な推論ではないといえます(この推論には大きな飛躍があり、思い込みが強いと言えますが)。
よって、これらの推論過程では実質的に出自を理由に攻撃していると言えず、人種差別が含まれないということになります。
補助金支給と憲法89条
では、4の「違法な補助金支給」はどうでしょうか?
同じく大量懲戒請求を受けている神奈川弁護士会の神原弁護士は、「補助金支給が違法であるという事実はない」と主張していますが、これは事実ではなく法的な「評価」の話です。憲法89条の公金支出規制に抵触するのではないか?と一般的に言われていることであり、日本人が通う一般的な私立大学への補助金支出について議論が盛んに行われている問題領域なのです。
『「朝鮮学校への補助金支給を求めること」に対して非難することは人種差別である』
朝鮮学校の側はこのような主張をしていますが、朝鮮学校は「各種学校」という区分であり、学習塾などと同列の区分です。他の区分の学校よりも補助金支給の条件が厳しいと思われます。もちろん、各種学校だから補助金が絶対に支払われないなどということはありませんが(ネット上に良くあるデマの一つ)、日本人が通う学校等に対してですら、必ず補助金が出るということはありません。
補助金の支出には種々の条件が設定され、それをクリアすればいいだけの話。
「子どもの学ぶ権利がー」と言われますが、朝鮮学校に通う子どもたちは、別の学校で学ぶことまで妨げられているわけではありません。したがって、補助金が支出されなかったとしても、子どもの学習権が侵害されるということは在り得ません。
仮に補助金が支給されなかったことで経済的に朝鮮学校に通えなくなったとしても、それは「学校選択を間違えましたね」という話です。
このようにして、「朝鮮学校に補助金が支出されないのは人種差別である」『「朝鮮学校への補助金支給を求めること」に対して非難することは人種差別である』などという主張は、荒唐無稽であるということは火を見るより明らかです。
もちろん、「朝鮮学校に補助金が支出されないのは人種差別である」と主張すること自体は自由であり、なんら違法ではありませんが。
別の推論過程と余命信者
とはいえ、仮に以下のような思考過程が認定されたらどうでしょうか。
- 名前が1文字ということは朝鮮系の出自であると推認される
- だから気に入らないから懲戒請求してしまえ
- 懲戒事由としては朝鮮学校の無償化要求をしたということにすればいいだろう
仮にこういう思考過程が認定されれば、人種差別の要素があると認定される可能性は高いです。
しかし、余命大量不当懲戒事案は、懲戒請求者が特に何も考えず単に「他にも請求者がいるし余命が言ってる事だし」との安易な理由でやってるだけと思われるので、人種差別の意図が認定されるとは到底思えません。
人種差別の意図があるとしても、それは余命氏です。彼の著作には在日コリアン弁護士協会の代表を務める金竜介弁護士の名前が挙げられています。余命ブログでは在日朝鮮人を殊更に敵視する記事が多数エントリされていますが、そのことだけをもって懲戒請求者が朝鮮人であるということをもって敵意を向けているということにはならないのではないでしょうか。
余命信者は特に確認もせずにコピペで懲戒事由を記述したような者達です。そうした背景を深く考えずに懲戒請求をしたと考えるのが筋です。余命信者は、これまでにも同じ懲戒事由で多数の日本人の弁護士に対しても懲戒請求をしているのであり、金弁護士の懲戒請求のタイミングでも、東京弁護士会の(日本人と思われる)役員と同時に懲戒請求しているので、一緒くたに考えていたと考えるのが筋でしょう。
なぜ役員以外は8名なのか?については、余命氏の検索能力の問題だと思います。
あくまでも「朝鮮学校無償化に賛成している者」に対する懲戒請求であって、「朝鮮系の出自を持つ者」に対する懲戒請求ではないと思います。これは、人種差別が認定された保守速報の事案との対比においても理解できるところだと思います。
保守速報対李信恵の事案における人種差別認定
保守速報対李信恵高裁判決文
https://drive.google.com/open?id=1dEsm9qVB3FyCCwVOk9kQSfSUFPBMQlxi
保守速報の記事(ネット上の声の再利用)に関する李信恵からの訴訟につき、人種差別表現があると認定されていました。どうしようもないネットメディアや個人が人種差別の論点についてだけは何故か掘り下げることなく、一般的な罵詈雑言の文言のみを取り上げていますが、この裁判で重要なのはヘイト規制法施行後に人種差別となるかどうかの判断に影響があるのか、ということです。
人種差別とされた文言等
具体的には「トンスル」「火病」は朝鮮人を侮辱する際に用いられる文言であるということ、通名を殊更に揶揄することが人種差別の要素があるとされています。
また、①「日本は怖い国ですね。早く自分の国に帰りましょうね。」②「違法移民なんんだよね、居座ってるだけで」「一時的に死なないように慰留認めてるだけなんだから」「帰ってくれ」③「日本が嫌いなら出て行けばいいだけの話」というツイート群が人種差別とされました。その他の攻撃的なツイート群からも、朝鮮人に対する攻撃の意図が認定されています。
特殊な用語や通名の揶揄については理解できますし、ツイート群についても、「なんだかんだ言ってるけど結局は朝鮮人であるということだけで攻撃してるでしょ」と言われてしまうのは仕方がないと思います。本当に何らかの犯罪行為があって、それを理由に「帰れ」という文言が使われているとしても、他の文言から「結局は朝鮮人であるというだけで攻撃」していると判断されてしまう可能性もあります。
ただし、よく「朝鮮の工作員」という単語が記事に上がったりしますが、この点が人種差別であるとされたわけではありません。この部分は一般的な侮辱の文言として処理されているに過ぎません。
金竜介弁護士の訴訟提起は弁護士のタガが外れてしまっている
さて、金竜介弁護士の懲戒請求事案では、上記のような文言があったのでしょうか?
少なくとも会見の記事を見る限り、そのような文言があったという事実は確認できません。単に「名前が1文字の弁護士をまとめて選んで懲戒請求した」という事実だけで人種差別であると認められるかというと、かなり疑問です。
金弁護士は「被差別カード」を振りかざして慰謝料額を水増しさせようとしてますが、保守速報の事案の様な要素は今のところ見出せません。金弁護士のように何でもかんでも「被差別」のカードを使って訴訟提起するというのは、弁護士のタガが外れてしまっていると思います。
まとめ
- 金弁護士に対する懲戒請求の理由は、これまでのものと同じ
- 人種差別はそれだけで違法となるものではないが、慰謝料の増額事由になる
- 今回の事案は、「朝鮮学校無償化に賛成している者」に対する懲戒請求であって、「朝鮮系の出自を持つ者」に対する懲戒請求ではないと考えられる
- 保守速報の事案と比較すると、人種差別を伺わせる事実が不足している
不当な懲戒請求はもちろん許されませんが、「被差別カード」を濫用して慰謝料額を増額させようとする行為もまた慎んでいただきたいものです。
以上