事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

志葉玲・山本晴太弁護士が徴用工問題について虚偽のデタラメ記事

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ハーバービジネスオンラインに掲載された志葉玲という自称ジャーナリストによる、韓国徴用工問題についての記事が虚偽を含むデタラメばかりなので指摘します。

こういう虚偽に立脚した記事は国益に反します。

日韓請求権協定で放棄されたのは外交保護権

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徴用工問題は解決済みではない。日本の主張の問題点とは!? | ハーバービジネスオンライン 魚拓

山本弁護士は「日韓請求権協定によって放棄されたのは『外交保護権』であって、個人の請求権は消滅していません」と指摘する。「外交保護権」とは、外国によって自国民の身体・財産が侵害された場合、その侵害を自国に対する侵害として、国家が相手国の国際法上の責任を追及すること。

 これに対し「個人の請求権」とは、被害者が加害者を直接、裁判等で責任追及するもの。実際、日韓請求権協定が締結された当時の政府刊行物『時の法令』別冊やその後の国会質疑(1991年8月27年柳井俊二・外務省条約局長)などでも「放棄されたのは『外交保護権』」、「『個人の請求権』は消滅していない」とされている。

ここに嘘はありません。

日韓請求権協定で放棄されたのは外交保護権であるということは、一貫した日本政府の立場であって、なんら変遷はありません。 

そのことは以下でも指摘しています。

韓国徴用工:日韓請求権協定の個人の請求権に関する河野太郎外務大臣の解説の解説

日韓請求権協定における「請求権」とは?その定義

※ここは読み飛ばしても構いません。

126 衆議院 予算委員会 26号 平成05年05月26日

○宇都宮委員 次に、この協定第二条第一項の「財産、権利及び利益」と「請求権」との関係についてお聞きしたいと思うんです。
 それはどうしてかといいますと、この当時の合意議事録によりますと、ここで言う「「財産、権利及び利益」とは、法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利をいうことが了解された。」というふうに書かれております。そしてまた、今までの外務委員会とか予算委員会での議事録を見ますと、「財産、権利及び利益」というのは法律上の根拠のある請求権である、そして「請求権」というのは法律上の根拠のない請求権であるというふうな説明がなされております。このような両方の説明からしますと、ほとんどの権利は「財産、権利及び利益」の中に入って、いわゆる何というか全く根拠のない、言いがかりをつけるようなものだけが「請求権」の中に入るというふうな感じにちょっと感じられるのです。
 そこで、もう少しわかりやすく、「財産、権利及び利益」の中にはどういう権利が入って、「請求権」の中にはどういう権利が入るのか、具体例を挙げて、かつ簡単に御説明いただきたいと思うのですけれども。

○丹波政府委員 いわゆる財産、権利、利益と請求権との区別でございますけれども、「財産、権利及び利益」という言葉につきましては、日韓請求権協定の合意議事録の中で、ここで言いますところの「財産、権利及び利益」というのは、合意議事録の2の(a)ございますけれども、「法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利」を意味するということになっておりまして、他方、先生御自身今おっしゃいましたとおり、この協定に言いますところの「請求権」といいますのは、このような「財産、権利及び利益」に該当しないような、法律的根拠の有無自体が問題になっているというクレームを提起する地位を意味するということになろうかと思います。
 具体的にとおっしゃいますので、ちょっと具体的に申し上げますと、御承知のとおり、この第二条の三項におきまして、一方の締約国が財産、権利及び利益、それから請求権に対してとった措置につきましては、他方の締約国はいかなる主張もしないというふうな規定がございまして、これを受けまして日本で法律をつくりまして、存在している実体的な権利を消滅させたわけでございますけれども、まさにこの法律が対象としておりますのは、既に実体的に存在しておる財産、権利及び利益だけである。
 具体的に申しますと、それは例示いたしますと、日本国あるいは国民に対する債権あるいは担保権あるいは物権といったものを消滅させた。これがまさに実体的な権利でございまして、請求権はなぜこの法律の対象でなかったかと申しますと、まさにその消滅させる対象として請求権というものが目に見える形で存在していないということだと思うのです
ー中略ー
例えばAとBとの間に争いがあって、AがBに殴られた、したがってAがBに対して賠償しろと言っている、そういう間は、それはAのBに対する請求権であろうと思うのです。しかし、いよいよ裁判所に行って、裁判所の判決として、やはりBはAに対して債務を持っておるという確定判決が出たときに、その請求権は初めて実体的な権利になる、こういう関係でございます。

【「法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利」に該当しないような、法律的根拠の有無自体が問題になっているというクレームを提起する地位】

これが日韓請求権協定における「請求権」の意味内容です。

「請求権」という言葉が通常の法律用語とも異なるのが分かります。

それによって、次のような違いが生まれてきます。

「請求権が残存」 と「裁判による救済が受けられるか」は別問題

ここが混乱の元です。

請求権が残存」 と「裁判による救済が受けられるか」は別問題なのです。

これは一般的な法律用語としても馴染みが無い概念なので、よほどこの種の問題について研究している者でないと、法曹資格者ですら理解を誤る可能性があります。

実体法上の権利の満足を得るためには裁判を起こさなくても相手方の任意履行を求める方法もあります。権利があるのですから、よほどのことが無い限りは履行を求める行為は恐喝にはなりません。

相手方が任意に履行しない場合に自力で強制すると犯罪になるので、裁判という訴訟手続きを踏みます。

この実体法上の権利が裁判で存在すると確定すれば、それは「債務名義」となって強制力を伴って執行可能な権利になります。

請求権が残存」は裁判を起こす前に権利がある状態と言え、「裁判による救済が受けられる」というのはそのような権利に基づいて訴訟提起をして勝訴判決を得て確定判決の証書の交付を受け、それを執行裁判所に持って行って権利を実現できる、という意味です。場面が異なります。

日韓請求権協定における「実体的権利」とは、(債務名義そのものではないですが)債務名義のように権利の存在が証明でき、執行可能な権利のことを指しているのです。

裁判所もそのような権利であることを判断しています。

名古屋地方裁判所 平成11年(ワ)第764号、平成12年(ワ)第5341号、平成16年(ワ)第282号  平成17年2月24日

上記認定の本件協定締結に至るまでの経緯等に照らして考えると,財産権措置法1項1号に規定されている,韓国又はその国民の我が国又はその国民に対する債権であって本件協定2条3項の財産,権利及び利益に該当するものとは,本件協定の署名の日である昭和40年6月22日当時,日韓両国において,事実関係を立証することが容易であり,その事実関係に基づく法律関係が明らかであると判断し得るものとされた債権をいうものと解するのが相当である。

実体法上の権利の満足を得るためには裁判を起こさなくても相手方の任意履行を求める方法もある。このことは、後述する韓国側の戦略とも符合します。

サンフランシスコ平和条約と個人の請求権

徴用工問題は解決済みではない。日本の主張の問題点とは!? | ハーバービジネスオンライン | ページ 2 魚拓

「個人の請求権」が有効なのであれば、元徴用工である被害者が、加害者である日本企業を訴えることはまったく問題ないはずである。だが、上記した河野外相及び三上国際法局長が答弁したように、日本政府は「『個人の請求権』は消滅していないが、法的に救済されない」との立場を取っている。

 その根拠とされているのが、西松建設による中国人強制連行・強制労働訴訟、中国人慰安婦訴訟に対する最高裁判決(共に2007年4月27日)。山本弁護士は「これらの判決では、独自の『サンフランシスコ平和条約の枠組み』論を展開しています」と語る。

「この『枠組み』論は、平和条約締結後に混乱を生じさせる恐れがあり、条約の目的達成の妨げとなるので、『個人の請求権』について民事裁判上の権利を行使できないとするというものです。日中共同声明や日韓請求権協定も『枠組み』に入るものとして、日本政府側は『個人の請求権』を裁判で行使できないものと解釈するようになりました。しかしサンフランシスコ平和条約には、『個人の請求権』について民事裁判上の権利行使をできないようにするとは、どこにも書いていません」(山本弁護士)

【サンフランシスコ平和条約には、『個人の請求権』について民事裁判上の権利行使をできないようにするとは、どこにも書いていません】

上記の文脈に続いてこのような記述をするのは、非常にミスリーディングです。

山本弁護士の言う「裁判上の権利行使」がどのような意味かは定かではありませんが、一般的な法律用語であると善解すれば、これもやはり「裁判による救済が受けられるか」とは別問題です。

一般的な法律用語としての「裁判上の権利行使」の例としては、民法147条1号(改正後の147条1項1号)の「裁判上の請求」があります。これは時効の中断(改正後の用語法では「完成猶予」)の事由として規定されています。

この「請求」とは単に口頭や手紙で「お金を支払え」と求めることではなく、判例に基づくと「裁判上の請求」のことを言い、訴訟提起や支払督促の申立などの裁判所を通した法的な手続きのことです。

そういうものまで権利行使できないとは書いていない、という意味に捉えれば、それはそうでしょう。

なお、西松建設の最高裁判決についても、相当誤解されている(誤解が意図的に拡散されている)面があるので、以下で指摘しています。

西松建設の中国人強制連行訴訟最高裁判決を韓国の徴用工訴訟に敷衍するフェイク

志葉玲はサンフランシスコ平和条約の原文を読んだか?

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https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/B-S38-P2-795_2.pdf

サンフランシスコ平和条約では「戦争賠償」の前提として「請求権の処理」がありました。ここでいう「請求権の処理」は、戦争遂行中に生じた交戦国相互間又はその国民相互間の請求権であって、戦争賠償とは別個に交渉主題となる可能性のあるものの処理です。

個人の請求権を含め、戦争の遂行中に生じた相手国及びその国民や法人に対するすべての請求権は、相互に放棄するものとされました。

これはサンフランシスコ平和条約の14条(b)項や19条(a)項に書かれています。

14条(b)項は連合国が主語、19条(a)項は日本国が主語となっています。

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したがって、先述の山本晴太弁護士の発言を「サンフランシスコ平和条約には、『個人の請求権』について裁判による勝訴判決を受けて権利の満足を得ることはできないようにするとは、どこにも書いてない」という意味に捉えるなら、それは間違いですし、そのように誤読させるような記事内容は非常にミスリーディングです。

西松建設の中国人徴用工最高裁判決と日中共同声明

徴用工問題は解決済みではない。日本の主張の問題点とは!? | ハーバービジネスオンライン | ページ 2

そもそも、第二次世界大戦後の連合国と日本の講和条約であるサンフランシスコ平和条約には、中国も韓国も参加していない。

サンフランシスコ平和条約の『枠組み』が、同条約を締結していない国々にもその効果が及び、戦争被害者から民事訴訟による解決機能を奪うことは無理があります2007年の最高裁判決では、その根拠を『サンフランシスコ条約の重要性』としか述べませんでした。これは、法的説明を放棄したという他ありません」(同)

「2007年の最高裁判決では、その根拠を『サンフランシスコ条約の重要性』としか述べませんでした」という部分は、明確に虚偽です

山本弁護士がそういう説明をしたとは到底思えないのですが。

西松建設の2007年の最高裁判決は裁判所判例情報から閲覧することができます。

最高裁判所第2小法廷平成19年4月27日判決平成16年(受)第1658号 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/580/034580_hanrei.pdf

ここでは明確に「請求権放棄は日中共同声明によるものであり、日中国交正常化交渉の経緯等に照らせば、サンフランシスコ平和条約と別異に解することはできない」旨が書かれています。

日中間の請求権放棄の根拠は日中共同声明であると明確に言っています。

その上で、日中共同声明はサンフランシスコ平和条約の枠組みから外れることは無い、と言っているのであって、志葉玲の記事にあるような「サンフランシスコ平和条約には、中国も韓国も参加していない」と言うのはまったく無意味な指摘です。

以上、ハーバービジネスオンラインに掲載された志葉玲の記事は、虚偽とデタラメに基づいて記述されているということを明確に指摘しました。

「任意の補償」へと誘導する山本晴太弁護士

徴用工問題は解決済みではない。日本の主張の問題点とは!? | ハーバービジネスオンライン | ページ 2

また、2007年の最高裁判決は「個人の請求権」を完全否定したわけではない。

「判決は“任意の自発的な対応を妨げられるものではない”としており、この判決をもとに、強制連行・強制労働の中国人被害者と西松建設は和解しています」(同)

 つまり、「枠組み」論に基づく「日韓請求権協定によって『個人の請求権』は権利行使できない」という日本政府の主張は、法律論とは言い難い主張だというわけだ。

そもそも、韓国の場合と西松建設の中国人の場合とでは、その置かれている状況が根本的に異なることは以下で示しています。 

西松建設の中国人強制連行訴訟最高裁判決を韓国の徴用工訴訟に敷衍するフェイク

山本晴太弁護士は、法的な主張では韓国側に分が悪いということを分かっているからこそ、一般人、特に韓国からの訴訟のターゲットになる可能性のある企業の人物を「任意の補償」へと誘導するために、ミスリーディングな言辞を弄しているのです。

元徴用工の韓国大法院判決に対する弁護士有志声明の誤魔化し

まとめ:徴用工問題は日本のミス狙いが韓国側の戦略

つまり、「サンフランシスコ平和条約の枠組み論に基づく日本政府の主張は法律論とは言い難い主張だ」という主張は、法律論として破綻しているどころか、事実誤認や誤魔化しに基づくものであるということが明らかです。

こうした虚偽の主張を日本の企業の側に刷り込む工作が行われているということです。

他にもデタラメな説明が書いてある(書いているかもしれない)媒体があれば、是非ともコメント欄等で教えて頂きたいです。レーダー照射問題でもそうだったように、韓国側の主張の多くには、何かしらの誤魔化しが含まれて居ます。

以上