リコール請求の署名簿に関して【署名していない縦覧希望者に署名簿全部を渡さない運用】は違法なのでしょうか?
愛知県選挙管理委員会の現行方針の適法性について検討しました。
- 結論
- リコール請求の流れ
- 署名簿を縦覧に供する範囲
- 愛知県選挙管理委員会の「縦覧に供する」の具体的方法
- 縦覧に供する範囲を本人署名部分に限定するのは違法か?
- 署名簿の縦覧制度が威迫的に利用された過去の事案
- 選挙管理委員会は信用できないという反論
- 過去の縦覧制度の運用方法
- 個人情報保護・プライバシー保護の機運の高まり
- 公職選挙法上の「選挙人名簿抄本の閲覧」制度
- 憲法15条4項の選挙における投票の秘密
- 憲法上の投票の秘密とリコール請求における秘密
- リコール請求は請願権?
- 署名の偽造防止の必要性からの縦覧の運用方法
- まとめ
結論
長くなったので結論を先出しします。
- 署名していない縦覧希望者に署名簿全部を渡さない運用は、署名簿の縦覧の目的を達成するための方法として十分な仕組みが備わっている限り許されると考える
- 個人情報保護の要請が高まってきた経緯からは当然
- そもそも「投票の秘密」の趣旨からは署名簿の縦覧方法は限定されるべき
以下、基本的な話を確認しつつ記述していきます。
リコール請求の流れ
リコール請求の流れは以下です。
- リコール請求の署名を有権者の3分の1以上集めて選挙管理員会に請求
- 署名簿を選挙管理委員会が審査する
- 署名簿を縦覧に供する
- 有効署名数が有権者の3分の1以上であれば、リコールの住民投票
- 住民投票で有効投票総数の過半数がリコールに賛成であれば、リコールが成立
ここで問題にするのは、2~3の「署名簿の縦覧」に関してです。
なぜなら、2020年夏に始まった愛知県知事の解職請求に際して、「署名簿は縦覧に供されることになっているから、個人情報(氏名と住所)が誰でも知ることができる、そういう署名をする人は勇気がありますね…(意味深)」という事を言っている人が居るからです。
署名簿を縦覧に供する範囲
署名簿を「縦覧に供する」の方法と縦覧できる者の具体的範囲 - 事実を整える
地方自治法では、直接請求(今回の場合は地方公共団体の長たる愛知県知事の解職(リコール))請求)における署名簿は、「関係人の縦覧に供さなければならない」とあります。
縦覧の制度趣旨は、署名簿を一定期間関係人の縦覧に供することで署名簿の署名の効力決定の正確を期するため、関係人をしてその効力決定の過誤の有無を検討させ、修正の申立てを行わせる趣旨とされています。
参考:逐条地方自治法 新版 第9次改訂版[本/雑誌] / 松本英昭/著
また、地方自治法施行令により署名簿は市区町村ごとに作製することとなっています。
そこで、「関係人」とは「市区町村に登録されている有権者」を意味すると解されていますが、「縦覧に供する」の定義や具体的な運用は法令上に記述がありません。
つまり、市区町村が管理する署名簿を一冊まるごと有権者たる縦覧希望者に渡して確認させるのか、それとも本人の署名があるページのみ見せるのか、本人の署名がある部分のみ見せるのか、ということは、自治体の運用次第になっています。
愛知県選挙管理委員会の「縦覧に供する」の具体的方法
「縦覧に供する」の具体的方法について愛知県選挙管理委員会に確認したところ、各自治体の窓口で有権者である旨を伝えると、職員の側で当該有権者が署名簿に記載されているかをチェックし、記載されていれば当該ページのみを見せ、そうでなければ「記載されていない旨を伝える」運用になっているとのことです。
なお、「請求代表者」であればすべての自治体の署名簿を、署名を集めることの委任をうけた「受任者」であれば担当部分の署名簿をチェックできる、とも言っていました。
つまり、単なる有権者たる縦覧希望者が当該市区町村管理の署名簿をすべて見てチェックをする、などという方法は採られていない、と説明されました。
縦覧に供する範囲を本人署名部分に限定するのは違法か?
さて、愛知県選挙管理委員会の説明する運用に異議を唱える者がいます。
自分がした署名の効力の有効無効を判定するために署名簿をチェックする場合は良いですが、問題は、署名をしていない者が縦覧をしようとする場合です。
この場合は、自分の氏名住所が冒用=勝手に使われて署名が偽造されていないかどうかをチェックする目的で窓口に来ているのですが、これが無制限に認められると「自分の名前が冒用されているかを確認する建前で、実質的に誰が解職に賛成しているのかを確認する目的で署名簿を見る」ことが可能になってしまいます。
署名簿の縦覧制度が威迫的に利用された過去の事案
この目的のために署名簿を見ているのではないか?或いはその可能性を匂わせて署名することを思いとどまらせようとしていた事案もあります。
参考:宇都宮市陳情第61号「署名簿縦覧の目的外を防止する条例等の制定を求める陳情」
参考:署名縦覧を盾に議員らがビラで暗黙の圧力?町長リコール運動をめぐる川島町住民の狼狽 | 相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記 | ダイヤモンド・オンライン
これについて、愛知県選管の説明する運用では、自治体職員が名前の有無を確認して、名前が無ければその旨を伝えるだけ、ということになり、この心配は無くなります。
選挙管理委員会は信用できないという反論
しかし、異議を唱える人は、「職員による確認では本当にそうであるのかが分からない。その自治体の署名簿を全部渡してもらって自分自身で確かめないとダメだ。チェックにならない。これでは地方自治法上定められている「縦覧に供する」を逸脱した違法な運用だ」と言っているのです。
ちなみに昭和20年代には数百名規模で署名の偽造が行われていた事案がある
この主張は妥当でしょうか?
愛知県選管は「縦覧制度の趣旨」から、署名簿を全部渡して閲覧させることは不必要であるとしているようですが、詳しい中身は現時点ではよくわかりません。
過去の縦覧制度の運用方法
「直接請求の署名簿は縦覧できるから誰が署名したかバレる」は署名の自由妨害のデマなのか? - 事実を整える
2014年に埼玉県川島町で行われた町長の解職請求の際に実際にあったことですが、町議ら12名が「署名簿に署名捺印した場合は、取り消しはできません。また、一定期間内に、川島町選挙管理委員会で有権者なら誰でもその署名簿を見ることができ、誰が署名したのか確認できます。」と書かれたビラを配布したことがありました。
で、このときの運用を川島町役所に伺ったところ、請求代表者なのか誰なのか分からないが、川島町の有権者2名が縦覧を希望したため、庁舎内の場所を指定して署名簿を全て渡して縦覧させた、と言っていました。
他にも同様の回答をする自治体はいくつもありました。
ただ、その後、法体系に変遷があったということは考慮しなければなりません。
個人情報保護・プライバシー保護の機運の高まり
現在では信じられませんが、過去には住民基本台帳を誰でも閲覧可能でした。
また、公職選挙法上、選挙人名簿をその自治体の選挙人等の関係者であれば誰でも縦覧することが可能でした。
しかし、その後個人情報保護の機運が高まったことから、平成29年6月に、公職選挙法から「縦覧」の文字が消えて縦覧制度を廃止し、個人情報保護に配慮した規定が整備されている閲覧制度に一本化されました。
参考:公職選挙法施行令の一部を改正する政令(案)及び 公職選挙法施行規則の一部を改正する省令(案)の概要 平 成 2 9 年 4 月 総務省自治行政局選挙部選挙課
※同じ文言を使っていても法律が異なる場合には意味内容が異なる可能性があるため、「公選法では縦覧が消えたのに地方自治法では残っているということは旧公選法下において行われていた縦覧と同じことが可能なハズだ」という主張はそれだけでは何ら説得力を持ちません。たとえば「新型インフルエンザ」の定義は新型インフル特措法と感染症法とでは異なります。ここでは個人情報保護の機運が高まって来たことを説明するために例示しています。
「個人情報保護法」や「行政機関の保有する個人情報の公開に関する法律」では地方自治体の長や職員等が出てきませんが、同様の内容の個人情報保護条例や関連規程が全国の自治体で制定され、実施機関等の言葉で自治体の長や選挙管理委員会が規定され、義務を課されています。愛知県やその基礎自治体も例外ではありません。
なお、個人情報保護法や関係法令に規定される「個人情報」として保護されなくても、実体的利益としてのプライバシーとして権利保障される可能性が残る場合があります。
こうした社会情勢であるため、たとえば政府見解によって義務であるとされている事務に関して国からの要請があったとしても、個人情報を考慮するあまり要請を拒否する自治体が少なからずあります。
安倍総理:自衛官募集事務に協力しない自治体が6割と憲法改正の関係 - 事実を整える
もっとも、地方自治法上の縦覧については個人情報保護条例は適用されないと明記されているハズで、当の愛知県の個人情報保護条例28条でも法令に基づく縦覧に際しては適用しないと規定してあります。
ただし、自治体によっては「縦覧人は,縦覧により知り得た個人情報については,その保護に配慮しなければならない」といったような規程が存在しています。そうした規定が無くとも、現場の運用において職員の側で配慮しようと努めていることでしょう。
公職選挙法上の「選挙人名簿抄本の閲覧」制度
選挙人名簿は、投票できる者の範囲を確定するために調製される公簿であり、名簿への登録の有無は選挙権行使とも密接に関連していることから、その正確性を確保するため、閲覧制度が設けられています。
したがって、「特定の者が選挙人名簿に登録されているかどうかを確認する場合」に閲覧が認められており、不特定又は多数の選挙人に関しては公職の候補者等の政治活動・選挙運動をする場合や公益性の高い調査をする場合でなければ不可能になっています。
その関係で、選挙人名簿抄本のコピーを行っていた根拠規定であった旧法29条2項の「その他適当な便宜を供与しなければならない」という文言は消え、コピーを行うことはなくなりました。
なお、固定資産の縦覧・閲覧制度は同一自治体内に存在する他の土地や家屋の評価額と自己の土地や家屋の評価額を比較することにより、評価が適正であるか縦覧帳簿を確認することができる制度であるため、無関係な話です。
「公職選挙法上の閲覧制度では有権者なら他人たる「特定の者」を調べるために名簿を見れるのに、地方自治法上の縦覧制度では見れないという愛知県選管の運用はおかしい」
という声が聞こえてきそうですが、選挙人名簿の記載と署名簿の記載は、その性質が異なるだろうと思うのです。
それは、「投票の秘密」の趣旨が作用するべきかどうかだと考えています。
憲法15条4項の選挙における投票の秘密
日本国憲法15条4項では「すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない」とあります。「秘密投票の保障」と言われます。
制度趣旨は、誰が誰に投票したのかが判明してしまうと、選挙人=有権者に対して不当な圧力がかけられて自由意志で投票することが困難となるおそれや買収などの不正行為が行われるおそれがあり、正当な選挙ができなくなるため、それを防ぐためです。
ただ、「選挙」における、と書いていますから、たとえば最高裁判所裁判官の国民審査=公務員の罷免は憲法15条1項の話であって、直接的には関係ないように見えます。
しかし、実際には国民審査の際には誰が誰を不適格としたのかが分からないような投票用紙を投票箱に入れていますよね?
最高裁判所裁判官国民審査法18条でも「秘密投票」が規定されており、実行されているわけで、「選挙以外の投票にもこの趣旨は及ぶ」と考えられています。
参考:注釈憲法 伊藤正己/〔ほか〕著
また、たとえば国会では、議長、副議長の選挙において「それぞれについて単記無名投票(投票用紙には選ぶ相手1人の氏名だけを記載し、投票する自己の氏名は記載しない)で行われます。その理由は、議員が何ものにも拘束されることなく自己の判断に従って投票できるようにするとともに、当選した正副議長が、投票者の意向等に捕らわれることなく、中立、公正な院の運営にフリーハンドで当たれるようにする、との配慮に基づくものと考えられています」とされています(「表決」の場合には起立や記名投票の場合もあり得る)。これは「選挙」ではありませんが、明らかに投票の秘密を意識した制度です。
参考:正副議長の選挙:国会キーワード:参議院 衆議院規則
さらに、「被選挙権」は憲法に明文が無いにもかかわらず、「憲法一五条一項には、被選挙権者、特にその立候補の自由について、直接には規定していないが、これもまた、同条同項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべき」と最高裁が判示しています。
参考:最高裁判所大法廷判決 昭和43年12月4日 昭和38(あ)974
このように、憲法の明文上は規定されていないものの、ある条文の精神・趣旨が他の場面においても妥当すると考えられ、運用に反映されていることは大いにあるのがわかります。
そこで、「選挙における投票の秘密」を一般化すると、「民主的意思決定過程における判断内容の秘密」と言えるでしょう。
憲法上の投票の秘密とリコール請求における秘密
地方自治法上の直接請求制度のうち、議会の解散請求や長の解職請求においては、署名を集めたあとに住民投票が行われますが、これは「選挙」ではありません。
しかし、この際には無名投票の方法が採られています。
これは公職選挙法の規定を準用しているからなのですが、その背景には間違いなく憲法15条4項の選挙の秘密があります。
こうしてみると、『地方自治法上のリコール請求もまた、選挙の裏返しであり、「誰が解職に賛同する署名をしたのか」については秘密が守れられるべきである』ということは、直接的に憲法上の要請が働かなくとも、その精神からは配慮が求められていると言えるのではないでしょうか?
この点が、選挙人名簿の閲覧と異なります。
選挙人名簿は見られたところで、そこから分かるのは氏名と住所くらいです。「誰に投票したのか?」という民主的意思決定の結果までは分かりません。これに対して、リコール請求の署名簿が無制限にみられるなら「誰が解職に賛同したかという民主的意思決定の結果」が判明してしまいます。
仮に、これまで縦覧において署名をしていない者が署名簿のすべてを見ることができたとして(※追記:令和2年6月に行われた静岡市の条例制定に関する直接請求の署名簿は、選挙人であれば誰でも署名簿を渡して自身で調べていた。他の複数自治体も同様)、それは縦覧による弊害除去の必要性が高いと考えられていたことや、技術的な制約(現在ではデータベース化して検索可能なハズ)、ひいてはそれらによって立法者の意識が投票の秘密確保に向かっていなかったと考えられます。
実は、この点について昭和の国会で興味深い質疑がありました。
リコール請求は請願権?
第6回国会 衆議院 地方行政委員会 第5号 昭和24年11月17日に興味深い質疑がありました。
○立花委員 請求権の制限の問題でありますが、請求権に関しまして、大体選挙に準ずるものとして、お扱いになつているように考えられますが、そういたしますと、署名簿の縱覧という言葉があるのでございますが、これは非常に問題ではないかと思われます。御承知のように、選挙の祕密の保持ということは憲法にも保障されておりまして、選挙における投票の祕密はこれを犯してはならないということがはつきりあるのであります。もし署名を選挙に準じてお扱いになり、それに関する取締りあるいはその他の規定を選挙法に準じておやりになるとすれば、縱覧ということは非常に不適当ではないか。これは表面上非常に合法的のように見えますが、合法的な形で選挙権の、行使に対する非常な圧迫になるのじやないかと考えられます。署名と申しますことは、投票にいたしましても記名投票と無記名とありますが、記名式の投票に準ずる、それに近いものだと考えられますが、記名ということは決して縱覧させてもいい、公表してもいいという意味の記名ではございません。投票した者は何のたれがしだという記録上の責任を明らかにしたものだと思いますので、この縱覧ということは非常に投票に準じた署名の圧迫になり、従つてリコール活動そのものの非常に大きな制限になると思うのであります。この点に対してまず御説明を承りたいと思います。
昭和24年の時点でも、縦覧制度(その具体的方法として選挙人が当該自治体の署名簿をすべて見れる運用が念頭にある)は選挙の秘密と抵触しているのではないか?という疑問が呈されていたのが分かります。
それに対して政府答弁は憲法16条の「請願権の性質だ」と答えています。
○鈴木(俊)政府委員 署名が選挙と類似する行為であるかどうかという点でありますが、これは選挙とは似た点もあり違つた点もある。一口に言えばそういうふうに言えると思うのでございますが、多数の選挙人が参加をしなければ成立たない行為であるという意味におきまして、これはやはり選挙ときわめて類似した関係のある行為であると思うのであります。しかしながら根本的に違います点は、選挙はあくまでも祕密に行う、記名投票を廃しまして無記名投票で、しかも何人もこれを監視していない所において投票函に投ずるというのが選挙の本質であります。それを憲法が保障いたしておるわけでありますが、署名と申しますのは、むしろ堂々と自己の住所、姓名を書きまして、こういう点に対して請願をする、憲法上の一つの権利に結びつけて考えますならば、これはいわば請願の権利で、請願というのは、堂々と住所と姓名とを署して、意見を具申するのでありますから、これはいわゆる投票の祕密という原則が、ここには当然及んで来ないというふうに考える次第であります。
しかし、翌日には政府答弁はぐらつきます。
第6回国会 衆議院 地方行政委員会 第6号 昭和24年11月18日
○床次委員 簡單に二項ばかり御質問申し上げたいと思いますが、今度直接請求の問題に関しまして、請求者の署名簿を縦覧せしめる規定が加わつておりまするが、この署名簿にとりましたものを一般に縦覧せしめるというのは、どういう理由でその必要を認めておられるか。必ずしもここでは直接の必要要件ではないように思いますが、これに関して特にこの手続を加えられた点が第一点。それから第二点として…省略
○小野政府委員 床次さんの御質問に対しましてお答え申し上げます。まず第一に直接請求の場合における署名簿の縦覧期間の問題でございますが、この点につきましては鈴木部長から他の機会に御答弁申し上げたかとも存ずるのでございますが、今回の署名を適正に行うということが、直接請求権の行使について基本的な点についての制約を加えないで、むしろ正しい直接請求権を行使するような方向に持つて行く、こういう意味におきまして所要の改正を加えたい。こういうことはかねて御承知の通りでございます。これに関連いたしまして、縦覧期間を設けて、署名簿を縦覧に供するということは、やや行過ぎではないか、こういう御質問のように伺うのでありますが、一応ごもつとものようにも聞き取れるのでございますが、やはり署名簿の問題につきましては、署名自体の取扱いが選挙の考え方を加味いたしまして、この改正法律案におきましても取扱つておる点にかんがみまして、私どもといたしましてはこれは縦覧期間等に関する規定を設けましたことは妥当であろう、かように考える次第でございます。
省略
なお御質問の詳細な点につきましては、鈴木部長から御答弁をいたしたいと思います。
「選挙の考え方を加味」とだけ言って、「請願」とは言わなくなりました。
直接請求の署名簿の収集・縦覧が「請願の性質」を有するというのは否定できないでしょうが、「請願権」とは別個の扱いになっています(地方自治法上、請願の扱いが直接請求とは別に定められている)。
憲法学上・実務上、「請願権」の参政権的機能が指摘されますが、それは憲法15条の参政権を補充するものであるという理解が支配的です。
参考:請願権 渡辺久丸
したがって、「請願権(的)だから投票の秘密の趣旨が及ばない」という論理は採り得ないと考えられます。「請願」と言った政府答弁が生きているなら、それは司法的には否定される可能性が高いと思います。
署名の偽造防止の必要性からの縦覧の運用方法
もっとも、縦覧の具体的方法として当該自治体管理の署名簿を選挙人にすべて渡していた運用には、一定の合理性があると思われます。
○鈴木(俊)政府委員 第一点のお尋ねの署名簿を縦覧に供するようにした理由は、どういう点であるかというお尋ねでございますが、現在の署名の実情を見て参りますと、はなはだしいのに至りましては五割、六割の代筆偽筆というものがございまして、神聖なる住民の基本的な権利として、自治法が保障いたしております直接請求権の行使がきわめて乱雑な、濫用された形に置いて行われておる実情にあるのは、御承知の通りであろうと存ずるのでありますが、そういうような非常に多くの代筆偽筆ということを、選挙管理委員会が形式的に書面によりまして審査をいたしましても、なかなかこれはそれだけによりまして真実を期するということは、非常に困難でございます。そこでこれを縦覧に供しまして、自分が全然署名をしたこともないのに、名前が書いてあるということを発見したものにつきましては、それをやはりその人の正しい権利を尊重ずるという意味から、異議の申出を認めるということが、署名全体を正しい公正に行わしめるゆえんであるというふうに考えまして、署名の結果というものが、事後に非常に大きな各種の手続を展開する前提になつておるものでございますから、ちようど選挙人名簿の縦覧というものと同じような、一つの手続をここにとるようにいたしたらどうであろうということを考えた次第でございまする
省略
○鈴木(俊)政府委員 署名簿に記載を全然しなかつた者が、その人の全然知らぬうちにその者が署名をしておるということで、署名の数の計算の中に入つて、そのまま投票にまで持つて行かれてしまうということでは、これは非常に不正当な結果になるわけでありまして、全然署名をいたさなかつたようなものが、自己は全然署名をしていないのだということを、正式に申し出る機会を設けるということは、やはりそのものの権利を保護する上においても、また直接請求という制度を公正に行わしめる上から言つても必要ではないかと考えるのであります。
「五割、六割の代筆偽筆」
これでは確かに縦覧の具体的方法として署名簿を全部渡してチェックさせることで弊害除去をする必要性が高いと言えますね。
おそらくですが、憲法上の権利との抵触関係を無視してでも実際上の不都合を解消するために、縦覧によって投票の秘密を害するおそれというのは無視されてきたのではないでしょうか?
しかし、現在では検索システムで名前と住所を入れて引っかからなければ冒用は無い、つまり勝手に名前を使われて署名を偽造されたということは無いということが短時間で確認可能なのであるから、これをもって縦覧の目的が達成されるとすれば良いのではないでしょうか?※追記:愛知県選管がシステムに登録すると言ったわけではないです。
実際上、縦覧希望者にとってもそれが簡便でしょう。
問題があれば自身で検索できるようにすればいいのではないかと思います。
これに対しては「選管が無能ないし極悪」である前提で「それは信用できないからダメだ」という反論がありますが、この前提では職員が誰の署名については偽造であるか、ということを把握した上で縦覧希望者に伝えないということになりますし、チェック体制に引っかかるリスクを背負って行えるものなのかかなり疑問です。
私が極悪な選管職員なら、架空の人間の署名を追加します。そうすれば「縦覧に供」しようが絶対にバレない。いちいち誰の名前が冒用されているかを把握して、その人の名前がヒットしたら伝えない、という運用をするよりずっと楽でしょう。
そういう事を言ってしまうとすべての行政事務について難癖を付けなくてはならなくなるため、非現実的でしょう。
まとめ
- 縦覧制度は必要で、特に署名の偽造が横行していた立法時の懸念を払しょくする必要からは、署名していない者の縦覧に供す場合には、署名簿を全部渡す運用は一応合理的
- しかし、その憲法15条の「投票の秘密」との関係における「許容性」については無視されてきた
- 直接請求の署名収集は選挙類似であるため、投票の秘密の趣旨が及び、「民主的意思決定過程における判断内容の秘密」が保護されるべきである
- 現代ではデータベース化して検索も楽なので、愛知県選管が説明するように、署名していない縦覧希望者に対しては職員の側で縦覧希望者が署名簿に記載されているかをチェックし、記載されていれば当該ページのみを見せ、そうでなければ「記載されていない旨を伝える」運用にしても、縦覧制度の目的は達成できる
- よって、愛知県選管の説明する「縦覧に供する」の運用方法は適法ではないか
折衷案としては、署名簿は全部渡すけど、最初は住所部分だけしか見れないようにし、自分の住所が見つかったらその部分の氏名欄が見れるようにする、といった二段階の仕組みを設けることですかね。
住所から個人を識別できるのは、向こう三軒両隣くらいでしょうし。
ただ、運用上可能なのかはよくわかりません。
以上