日本学術会議の推薦名簿に載っていたが任命されなかった松宮孝明教授の発言の異常性を上記記事で指摘しましたが、積み残しがあったので本エントリで整理します。
前提となる資料へのリンクは一通り以下でまとめています。
松宮教授「アカデミーは民間組織であってはならない」⇒学術会議自身の報告書で欧米は民間組織と記述
日本学術会議の任命に関する資料|Nathan(ねーさん)|note
- 松宮教授「科学者資質以外を判断されると独立性が侵害」
- 日本学術会議の設立趣旨と目的
- 日本学術会議の委員の学術分野毎の構成
- 平成16年改正後の日本学術会議法の附帯決議では
- 日本学術会議法17条「優れた研究又は業績」は最低限の要件
- 候補者の資質は科学者としての資質のみか?
- 判断資料は論文や著書などの成果物に限られるのか?
- 菅総理の任命拒否の理由
- 法学者が多い疑惑
- 学術会議の性格は議論の大前提
松宮教授「科学者資質以外を判断されると独立性が侵害」
松宮教授
— Nathan(ねーさん) (@Nathankirinoha) 2020年10月8日
>法律上は総理が推薦通り任命する義務ありというのは厳密には間違いだが事実上はそうせざるを得ない
>会員を選ぶ基準は結局は研究者としての力
>科学者適性以外の資質を判断されると独立性が侵害
>総理が拒否できるのは科学者としての適性が無い事が明らかな場合のみ
まともな解釈ではない pic.twitter.com/icTV6vkfJ4
本稿で取り上げる松宮教授の発言をまとめると以下
- 総理は事実上、推薦通り任命せざるを得ない
- 日本学術会議法17条では「優れた研究又は業績」とあるから
- 会員を選ぶ基準は結局は研究者としての力を見ている
- だから、科学者適性以外の資質を判断されると独立性が侵害される
- 26条では「会員に会員として不適当な行為があるとき」に総理が学術会議の申出に基づいて退職させることができるとあるが、これは研究捏造など科学者としての適性が無いことが明らかな場合に学術会議側に「差し戻せ」ということ
これらの発言の中核は3番で、松宮教授は日本学術会議の委員は「研究者としての資質」だけで選考・推薦・任命されるということを前提にしていることになります。
このような解釈は到底まともではありません。
日本学術会議の存在意義についての勘違いも甚だしい。
日本学術会議の設立趣旨と目的
日本学術会議の設立趣旨と目的については日本学術会議法に書かれています。
日本学術会議法をここに公布する。
日本学術会議法
日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし、ここに設立される。
第一章 設立及び目的中略
第二条 日本学術会議は、わが国の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させることを目的とする。
日本学術会議が提案された当時の国会答弁はたとえば以下
昭和23年6月15日 参議院 文教委員会
○國務大臣(森戸辰男君) 日本学術会議法案について提案理由を御説明申上げます。
本法案の規定いたしまする日本学術会議は、内閣の所轄に属することが予定されておるのでありますけれども、設立の準備事務を文部省に委託されましたので、その関係から私が御説明をすることになつておるのであります。 さて、敗戰後の我が國が貧困な資源、荒廃して産業施設等の悪條件を克服して、文化國家として再建すると共に、世界平和に貢献し得るためには、是非とも科学の力によらなければならないことは申すまでもございません。従來我が國の学界を顧みますと、個々の研究においては優れた成果が必ずしも少いとは言い得ないに拘わらず、その有機的、統一的な発達が十分でなく、全科学者が一致協力して現下の危機を救い、更に科学永遠の進歩に寄與し得るような体制を欠いていたことは、科学者みずからによつて指摘せられていたところであります。ここにおいて我が國從來の学術体制に再檢討を加え、全國科学者の緊密な連絡協力によつて、科学の振興発達を図り、行政、産業及び國民生活に科学を反映滲透させる新組織を確立することが、科学振興の基本的な前提となるであります。言い換えれば、科学者の総意の下に、我が國科学者の代表機関として、このような組織が確立されて、初めて科学による我が國の再建と、科学による世界文化への寄與とが期し得られるのであります。この法案制定の理由は、右のような役割を果し得る新組織、即ち科学者みずからの自主的團体たる日本学術会議を設立するにあるのであります。中略
以上本法案制定の理由、性格並びに内容の概略を御説明申上げたのでございますが、この法案は、我が國の新学術体制の立案、企画を目的として、昨年八月全國科学者の民主的選挙によつて選出された委員百八人を以て結成せられました学術体制刷新委員会におきまして、約七ヶ月に亘り愼重審議を重ねて成案を基といたしまして、殆んどこれを変更することなく、政府において立法化したものであります。
第2回国会 衆議院 文教委員会 第12号 昭和23年6月19日
○森戸國務大臣 日本学術会議法案の提案理由について御説明いたします。この会議は内閣総理大臣の所轄となつているのでありますが、この設立準備事務は文部省が行うことになつているため、ここに私から御説明いたすことになつた次第であります。
さて敗戰後のわが國が、貧困な資源、荒廃した産業施設等の悪條件を克服して、文化國家として再建するとともに、世界平和に貢献し得るためには、是非とも科学の力によらなければならないことは申すまでもございません。
從來わが國の学界を顧みますと、個々の研究においては、すぐれた成果が必ずしも少いとは言えないにかかわらず、その有機的、統一的発達が十分でなく、全科学者が一致協力して現下の危機を救い、さらに科学永遠の進歩に寄與し得るような体制を欠いていたことは、科学者自らによつて指摘せられていたところであります。ここにおいてわが國從來の学術体制に再檢討を加え、全國科学者の緊密な連絡協力によつて、科学の振興発達をはかり、行政、産業及び國民生活に科学を反映浸透させる新組織を確立することが、科学振興の基本的な前提となるのであります。言いかえますれば、科学者の総意の下に、わが國科学者の代表機関として、このような組織が確立されて、初めて科学によるわが國の再建と科学による世界文化への寄與とが期し得られるのであります。この法案制定の理由は、右のような役割を果し得る新組織、すなわち科学者みずからの自主的團体たる日本学術会議を設立するにあるのであります。
要するに、国家戦略として、日本の科学者の「横のつながり」を作ってリソースを有効活用しましょう、ということに主眼があるということです。また、それによって外国の学術界とのカウンターパートを作ろうということです。
決して、学者や学界、学術機関が研究を進めるためのものではありません。
この認識に至った者として篠田英朗氏などが居ます。
日本学術会議問題で、法律家は法に従って議論しているか?(篠田 英朗)
日本学術会議の委員の学術分野毎の構成
第2回国会 衆議院 文教委員会 第21号 昭和23年6月30日
○伊藤(恭)委員 この選挙せられた会員が二百十人、これを別表によつて見ますと、全國区の定員と地方区の定員との合計は、一部約三千人となつておるようでありまして、七部にわかれておりますから二百十人になつておりますが、そこでわれわれの考えるところによりますと、この全國区定員のところで專門別の定員の数と專門にかかわりない定員の数との均衡のことについて、われわれ多少疑問をもちますが、これはどういうような割合で数を割り当てられたか、ちよつとお聽きしたいのです。
○岡野説明員 大体三十名に限定しました理由につきましては、先ほど局長から御説明がありましたが、要するにこういう会議体としての人数というものは大体会議をするという目的のためにある程度の概数が出てまいりまして、それを一部二部三部と均等にしたわけでございます。なおただいま御質問の專門別定員と專門にかかわらない定員とをどういう基準でわけたかと申しますと、この日本学術会議の使命といたしますところは科学の研究の連絡をよくしまして、その能率を向上させる。すなわち科学自身の向上発達ということが一つと、それから科学に関する重要事項を審議いたしまして、その実現をはかるという二つの目的でございます。それをいかにして三十名という範囲で合理的に振りわけるかという問題でございまして、たとえば第四部というのをごらんいただきますと、ここには数字、天文学、物理学というふうに專門が細分されております。この細分された趣旨は、要するにこの日本学術会議の会員の中に、天文学の專攻者が一人もいない、あるいは動物学の專攻者が一人もいないということになりますと、やはり專門学術の発達という面からして十分機能が発揮できないおそれがある。さればといつてそういう專門家だけに区分いたしますと、理学全体について廣い見透しをもつた方が逃げるおそれがある。あれこれ要求を満たすために最小限度必要な專門別の定員を残しまして、その他は理学部門全体から視野の廣い方を選ぶ、こういう標準でもつて立案されたものでございます。
現在は3部構成の委員ですが、2000年代初頭までは7部構成だったようです。
日本学術会議の使命として科学研究の連絡を促進・能率向上が謳われています。
したがって、委員の構成としては「分野に偏りがあってはならない」のが大前提になりますから、単純に学者個人の「優れた研究又は業績」だけが考慮されて選考・推薦・任命されるわけではないというのは、自明の理なわけです。
松宮教授の主張は、まずこの点の認識が誤っているのです。
なので、集落代表として恥ずかしくない程度の業績とかは必要だけど、同時に集落内で信頼されてるとか、他の集落の代表と話して議論まとめられるかみたいな要素も重要かなと。待遇的にはぜんぜん恵まれてないけど義務感で引き受けてもらいます、あたりも村会議員に似ている。
— Takehiro OHYA (@takehiroohya) 2020年10月6日
さらに、現在は委員の選考について一定の要求がなされています。
平成16年改正後の日本学術会議法の附帯決議では
日本学術会議法の一部を改正する法律(平成一六年四月一四日法律第二九号)
衆議院附帯決議「法改正後の日本学術会議会員の選出に当たっては、今回の法改正の趣旨に鑑み、学問の動向に柔軟に対応する等のため、女性会員等多様な人材を確保するよう努めること。」
参議院附帯決議「法改正後の日本学術会議会員の選出に当たっては、今回の法改正の趣旨にかんがみ、急速に進歩している科学技術や学問の動向に的確に対応する等のため、第一線の研究者を中心に、年齢層等のバランスに十分に配慮するとともに、女性会員等多様な人材を確保するよう努めること。」
といった文言が付与されています。
学問分野のバランスにとどまらず、さらに個人の属性を細かく見て全体のバランスを整えて選出することが政治的にも要請されているのです。
日本学術会議の推薦に対する任命拒否に関する法解釈上の論点整理 - 事実を整える
日本学術会議法17条「優れた研究又は業績」は最低限の要件
第十七条 日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。
「優れた研究又は業績がある科学者を選考し」ではなく、「そのうちから」選考するのですから、「優れた研究又は業績」は最低限求められる要件であって、それだけで選考されるわけではないというのは条文上からもうかがえるものです。
これに反する解釈をするというのは刑法学者として法学者としてどうなのか。
候補者の資質は科学者としての資質のみか?
ここまで全体のバランスからの判断もあり得ることを述べましたが、「個人の資質」を見た視点からも「科学者の資質」以外を考慮することは当たり前に想定されます。
松宮教授は総理が拒否できる場合として「研究捏造」の事例だけを挙げました。
しかし、たとえば性犯罪者を選ぶのでしょうか?
これは科学者の資質とは別個独立した資質の話です。
判断資料は論文や著書などの成果物に限られるのか?
また、松宮教授は「判断資料」としては論文や著書などの「成果物」に限った見解のように映りますが、これもおかしいでしょう。
論文や著書ではたいそうなことを言っていても、TVや街頭演説などで科学分野において不誠実な言動をしていれば、「科学者としての資質」に疑義が生じます。
まさに、松宮教授の言動がそれです。
「科学者適性以外の資質」についても同様でしょう。
これは総理の任命以前の学術会議における選考・推薦の段階でも問題になるでしょう。
菅総理の任命拒否の理由
菅首相、学術会議会員任命「前例踏襲でよいのか」 - 産経ニュース
首相は「日本学術会議は政府機関で、年間約10億円の予算で活動している。任命される会員は公務員だ」と指摘。過去の省庁再編でも学術会議の在り方が議論されてきた経緯に触れ「総合的、俯瞰(ふかん)的活動を確保する観点から判断した」と語った。現在の任命の仕組みは「会員が自分の後任を指名することも可能な仕組みだ」とも述べた。
改めて菅総理の任命拒否の理由を述べている内容を見ると「総合的俯瞰的活動を確保する観点から判断」と言っています。
では、学術会議の構成は具体的にどうなっているのか?
法学者が多い疑惑
10月1日の全体名簿。分野は30に分かれている
— Nathan(ねーさん) (@Nathankirinoha) 2020年10月8日
法学者は11名居る。これに拒否されたものを加えれば14名
210名のうち、法学者が11名。これは多いとは言えないだろう。医学は基礎・臨床それぞれ20名近く居るが、コロナ対策の提言ができるようにという事なら当然https://t.co/QAW8pvNNKn
このツイートのスレッドにまとめていますが、日本学術会議のHPで18期までの委員の名簿を遡って確認することができました。
この間、210名を30名ずつ7部に分ける構成から70名ずつ3部に分ける構成へと変遷がありました。
また、現時点での学問分野は30ありますので単純計算すると各学問分野で7名が選出されることになります。
法学はそのうちの1つであり、法学者がどれほど選出されているのか調べました。
18期 法学者23名 政治学者3名で第二部は計26名 ※7部構成 法学は第二部
19期 法学者20名 政治学者6名で第二部は計26名
20期 法学者15名 ※3部構成に 法学は第一部
21期 法学者15名
22期 法学者15名
23期 法学者14名
24期 法学者15名
25期 法学者11名(外された3名を加えて14名) ※令和2年10月1日時点
********
25期は基礎医学・臨床医学の者が16名ほど選出され、従来と同様の構成ですが、分野の重複もある上に、コロナ禍ということを考えれば妥当である可能性があります。
委員は再任が無いために「分野ごとの学者の数」を考慮してこのようになったのか分かりませんが、これまでの法学者の数は多すぎないでしょうか?
もしも菅総理がこうした構成のバランスを考慮して任命拒否をしたとして、それは日本学術会議の性格上、許容範囲では無いでしょうか?
それを実質判断と言うか形式判断と言うかは表現の違いでしょう。
学術会議の性格は議論の大前提
日本学術会議の委員は結局「日本学術会議を機能させる上で必要な構成」という見地から選考・推薦・任命されるべきというのが本質。
「科学者としての資質」は最低限の要件でしかない。
これを勘違いしている時点で、まともな主張ではない。
これまでの慣例・運用はそれに見合っていたのか?という問題。
日本学術会議の性格の理解は議論の大前提であり、これまでの運用は明らかにこの理解を前提にしていました。
それを今更になって「科学者としての資質」のみをフォーカスするのは、誤った理解による世論煽動以外の何物でもありません。
批判してる者たちがこの点を隠しているのは、自分の後任者を選ぶなどして、パワーゲームをやってたからでしょう。
以上