事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

野党議員による速記録妨害等は公務執行妨害罪や業務妨害罪なのか?

野党議員による速記原本強奪妨害

2018年6月19日、衆議院内閣委員会でのIR法案の採決において野党議員が速記を妨害しました。具体的には、速記原本を奪おうとしたり、委員長が使うマイクのコードを抜いたりしたとのことです。

これは公務執行妨害や業務妨害ではないか?国会議員が告発すれば検察も受理するはずです。

では、暴行脅迫や威力はあったのか?国会の自律権との関係はどうなるのか?について整理していきます。

公務執行妨害の暴行とは

公務執行妨害罪(刑法95条1項)にいう「暴行」は、暴行罪(刑法208条)とは異なります。「間接暴行」でも成立します。直接人の身体に対して暴行が加えられる必要はなく、有形力が物に対して加えられる場合でも、間接的に公務員の職務執行を妨害するに足りる程度の暴行といえればよいのです。

ただし、公務員の面前で行われ、間接的とはいえ公務員の身体に物理的な影響を与えるものでなければならないという見解が有力に言われています。判例がこのような説をとっているかは定かではありませんが、本罪の趣旨からはこう解すべきではないかといわれています。

国会乱闘事件を扱った東京地方裁判所昭和31年(刑わ)第3221号 公務執行妨害、傷害等 昭和41年1月21日も、このような見解に立っています。これは一地方裁判所の判断なので全国的な規範性を有しているかはわかりませんが、重要であると言えます。国会は東京地裁の管轄にあるので、これが先例として作用すると思われます。

元来、公務執行妨害罪の構成要件たる暴行は、公務員の職務執行の妨害となるべきものであることを要しー中略ー、従つてこれが積極的な攻撃としての性質を帯びることは勿論(最判昭和二六年七月一八日集五巻八号一四九一頁参照)、公務員の身体に何らかの危険の及ぶべきことを感知せしめ、その行動の自由を阻害するに足る程度のものでなければならないと解するのが相当である。けだし、公務員が、その職務執行にあたり、身体に何らかの危険の及ぶべきことを感知する底の直接あるいは間接の攻撃を受ければ、これが回避もしくは遅疑、逡巡など、その職務遂行の意思に外部的な影響を受け、それがため、その行動の自由が阻害されて、職務執行の停滞ないし中絶を招くであろうことは当然予想されるところであり、一方、その攻撃にして、身体に何らの危険をも感知せしめず、公務員において全く意に介しないような性質のものであるかぎり、これによつて職務の適正な執行の害されるおそれはない、というべきだからである。しかし、右説示したごとき性質の有形力の行使である以上、それが一回的、瞬間的に加えられると、はたまた継続的、反覆的に行なわれるとを問わないことはいうまでもなく、むしろ、公務員の身体に対する攻撃であればその職務遂行の意思に何らかの影響を及ぼし、適正な職務執行を害するのが通常であるともいえよう。

「暴行」はあったのか

現時点で報道に表れている事実で「暴行」に当たり得るのは「速記原本を奪おうとした」でしょうか。

「委員長のマイクのコードを抜いたりした」は、公務員の身体に物理的な影響を与えるものでなければならないとする見解によれば、公務執行妨害の構成要件には該当しにくいと思います。ただし、それでも威力業務妨害罪の構成要件には該当する可能性が極めて高いです。

こちらの記事では「速記者の業務を妨害したことを認めた」とあります。

この行為の態様によっては公務執行妨害罪上の「暴行」に当たり得るのですが、例えば速記担当者が速記原本を手に持っており、野党議員が速記担当者を羽交い絞めにしたり腕を引っ張ったりするなどの方法でもって速記原本を奪おうとしたというのならば、公務執行妨害罪の暴行に当たると思われます。

しかし、例えば野党議員が卓上の速記原本を掴んだところ、速記担当者が速記原本を押さえて奪われないようにしたなどの場合には、速記担当者の身体に何らかの危険を感知させて行動の自由を阻害することにはならないので、公務執行妨害罪の暴行には当たらないということになります。

先述の東京地方裁判所昭和31年(刑わ)第3221号 公務執行妨害、傷害等 昭和41年1月21日の引用の続きは以下のようにあります。

しかるに、本件は、事務総長席の机上にあつた書類を両手でかき廻してこれを散乱させた、というものであり、直接には物に加えられた有形力の行使である。かような物に対する有形力の行使であつても、それが公務員の身体に直接感応されるがごとき態様のものであれば、結局は公務員に向けられた有形力の行使ということができ、これが講学上、いわゆる間接暴行なる概念で論ぜられていることは、いまここにあらためて指摘する要をみないであろう。しかしながら、ここで問題となるのは、帰するところ、この有形力の行使が、公務員の職務執行に対する反抗、あるいは、単なるいやがらせというに止まらず、公務員の身体に何らかの危険の及ぶべきことを感知させ、その行動の自由を阻害するに足るものであるかどうかということである。何故なら、物に対する有形力の行使が、その性質上、とりも直さず、公務員の身体に対する積極的な攻撃として目され、かつ、それがため公務員がその行動の自由を阻害されるに足る程度のものでなければ、公務員に対して職務執行の妨害となるべき暴行を加えたものということはできず、そうでない場合にまで間接暴行の概念を拡張することは、およそ公務員の職務執行に対する反抗ないし侮蔑的な意思の発現であるかぎり、これを公務執行妨害罪の構成要件たる暴行として把握されるおそれなしとせず、現行法文上の文意にも反し、ひいては罪刑法定主義の要請にも悖ることとならざるをえないからである。

このように言及して、この事案では公務執行妨害罪の成立は認めませんでした。

結局のところ、今回の野党の速記妨害も、具体的にどのような行為態様だったのかが明らかにならなければ分からない、ということになると思われます。

業務妨害罪にはなるのか?

偽計業務妨害罪(刑法233条後段)・威力業務妨害罪(刑法234条)の可能性はあるのでしょうか?

これも具体的な行為態様によるのですが、例えば速記官の不知を利用して速記原本を奪おうとして失敗したのなら偽計業務妨害罪の未遂ではありません。なぜなら、本罪には未遂犯の規定が無いから、そもそも未遂犯を検討することができないからです(刑法44条参照)。

速記官や委員長の意思を制圧するに足りる勢力を用いたと認められた場合には威力業務妨害罪になるでしょう。威力業務妨害罪の判例として最高裁判所第1小法廷 平成20年(あ)第1132号 威力業務妨害被告事件 平成23年7月7日があります。

卒業式の開式直前という時期に,式典会場である体育館において,主催者に無断で,着席していた保護者らに対して大声で呼び掛けを行い,これを制止した教頭に対して怒号し,被告人に退場を求めた校長に対しても怒鳴り声を上げるなどし,粗野な言動でその場を喧噪状態に陥れるなどした

蛇足ですが、呼び掛けの内容は「大声で,本件卒業式は異常な卒業式であって国歌斉唱のときに立って歌わなければ教職員は処分される,国歌斉唱のときにはできたら着席してほしいなどと保護者らに呼び掛け」というものでした。

こうしてみると、国会の採決に際して議長を取り囲んで怒鳴り声を上げる行為はそれだけで威力業務妨害の構成要件に該当するように思われます。そこからさらに速記原本を奪おうとする行為があったなら、なおさら「威力」が肯定できると考えられます。

国会の自律権と国会議員の免責特権について

実は、国会内で行われた行為の違法判断については、特別の扱いがなされています。

国会には自律権(憲法58条)があるからです。

東京地方裁判所昭和30年(刑わ)第3143号 公務執行妨害被告事件 昭和37年1月22日

国会は国権の最高機関として、円滑な議事の運営と進行を図るため高度の自主性と自律性を与えられ、内部の問題については法的規制の加えられている場合にもその責任において終局的に処理しうると考えるのが憲法の妥当な解釈であると思われる。これらの内部的自律権に属する行為は国会の内部の諸勢力の対立の過程において政治的決定としてなされることに特色を有するが、憲法は国会の自主性を尊重する見地からそれらの行為に対する裁判的統制をみとめていないと解すべきである。もちろん国会内部のあらゆる問題、各院およびその機関のあらゆる行為が司法的審査の対象から除外されるのではない。その範囲は議事機関たる各議院の組織と議事の運営に関する行為に限られるべきであり、たとえば国会職員の懲戒処分などは法治主義の見地から一般公務員のそれに準じて取り扱われるべきである。そこで次のような行為が議会行為として司法的審査の対象から除外されると考える。 

まず、内部的自律権に属する行為の場合には司法的審査の対象から除外されるとしています。速記原本を奪おうとする行為が「内部的自律権」に属しないことは明らかなので、司法審査の対象にはなるでしょう。

では国会議員の免責特権(憲法51条)の対象となるのか?については

本条の免責特権が前述のような立法の目的および趣旨によつて国会議員に付与されたものであることに鑑みるときは、その特権の対象たる行為は同条に列挙された演説、討論または表決等の本来の行為そのものに限定せらるべきものではなく、議員の国会における意見の表明とみられる行為にまで拡大されるべき

そして、免責特権の対象行為も議員の国会における意見の表明とみられる行為に拡大しています。ただ、速記原本を奪おうとする行為が「意見の表明」を超えたものであることは明らかなので、今回はこの点は関係ないでしょう。

さらに、司法審査の対象であったとしても、国会乱闘事件では国会特有の事態を考慮して(採決に至る手続に不備があった)超法規的違法性阻却がなされています。 

東京地方裁判所昭和31年(刑わ)第3221号 公務執行妨害、傷害等 昭和
41年1月21日

行為の違法性とは、ひっきよう行為の社会的評価に関するものであつて、これを実質的にみると、その行為が法律秩序全体の精神に背馳したか否かの価値判断であり、従つて、その判断は、構成要件該当性のそれが定型的な評価であるのに対し、あくまでも具体的、非定型的であり、その本質において、元来超法規的ですらある

それ故、かように違法性を実質的に理解するかぎり、もし、行為が、健全な社会通念に照らし、法律秩序全体の精神に背かないものと評価せられるにおいては、これが形式的に構成要件を充足し、かつ、刑法が違法阻却事由として類型化した正当防衛、緊急避難などの要件を具備しない場合であつても、超法規的に行為の形式的違法の推定を覆えし、犯罪の成立を阻却するものと解すべきは、当然の事理に属し、このことは、近時・刑法第三五条にその窮極の手がかりを求めて、学説、判例上、つとに承認せられてきたところである(なお、最高裁判所の判例も、社会通念上許容される限度の行為については、実質的に、その違法性の阻却されることを否定しない趣旨と解される。)ー中略ー
 尤も、この場合、超法規的違法阻却事由は、ー中略ー その判断にあたつては、行為の動機、目的の正当性、手段、方法の相当性、必要性、事情の相当性、行為の法益権衡性などが充分考慮せられるべきであろう。

そして、議事進行に特段の不備が見当たらない本件では、超法規的違法性阻却事由も認められないのだろうと予測します。

議院警察権について

国会内の行為の特別扱いはもう一つ別の観点があります。

国会法114条では議長に議院警察権が認められていることから、議長が何ら警察権を行使していないのに起訴することは許されないとする主張がありますが、それも否定されています。

東京地方裁判所昭和30年(刑わ)第3143号 公務執行妨害被告事件 昭和37年1月22日

この告発は政府与党ならびに自由党側議員から為されたもので社会党議員はその告発者中に包含されていないから決して参議院自身の告発ということはできないが、斯の如き多数の国会議員によつてその告発の意思表示が為された以上、検察庁がこれに基き捜査を遂げた結果起訴するに至つたのはむしろ当然であつて、その間なんらの手続上の違法はないものといわなければならない。

議院の告発である必要はなく、多数の国会議員によって告発の意思表示がなされたため起訴するのは「当然」とあります。

したがって、議長の意思とは無関係に、国会議員が多数、告発の意思表示をすれば確実に検察は受理するということです。国会議員1人や数人程度で議院警察権との競合をクリアするかは不明ですが、必ず排除されるとも言えないということがわかります。

自民党国会対策委員は論外ですが、国会議員はぜひとも告発して頂きたいものです。

犯人は誰か?

ここまで司法審査該当性、免責特権の適用の有無、議院警察権との抵触、構成要件該当性を全てクリアできる余地は十分にあることを検討してきましたが、結局「犯人」は誰でしょうか?

報道では映像を見ても具体的に誰が犯行に及んだかわからないが、野党議員によるものであることは確かだとしています。

しかし、指紋を取るなどすれば誰が行為をしたかが明らかになるはずです。

懲罰動議は?

魚拓:http://archive.is/IcAYK

魚拓:http://archive.is/KhUZ8

違法のおそれが極めて高い野党の妨害行為が懲罰動議にもかけられないにもかかわらず、足立議員は質問の際に不適切だったというだけで懲罰動議にかけられています(懲罰委員会に付する決定はされていないという中途半端な状態が取下げられていない)

こういった国会対応はおかしいですよね。自民党の野党にやさしい対応は法を守る国民をもバカにしているとしか思えません。

懲罰の可能性についてはこちらに過去の例を含めてまとめてあります。

まとめ

  1. 公務執行妨害罪となるには速記官等の身体に危険を生じさせたかが重要
  2. 少なくとも威力業務妨害罪の構成要件には該当しそう
  3. 国会の自律権との抵触はなく、司法審査の対象になる
  4. 国会議員の免責特権は適用されない事案
  5. 議院警察権との抵触は国会議員多数が告発すればクリア可能、単独での告発が排除されるかは不明
  6. 超法規的違法性阻却事由があるかは現時点では厳しい
  7. よって、告発すれば何らかの罪には問えるのではないか?
  8. 少なくとも懲罰に付さなければおかしい

以上 

「加計学園理事長の記者会見のタイミングがゲス過ぎる」という人へ

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加計学園理事長の加計孝太郎氏が6月19日午前11時に記者会見を開きました。

発言の要旨は以下です。

  1. 「渡辺事務局長が誤った情報を愛媛県と今治市に与えた」として謝罪
  2. 誤った情報とは、獣医学部新設に関連して安倍総理と会ったかのような発言があったこと
  3. 加計氏は「事を前に進めるためにそのような発言をした」という報告を受けた
  4. 本日の加計学園の理事会で渡辺氏が減給1割を半年間、加計氏が監督責任として減給1割を1年間とする処分を決定した
  5. 加計氏は「安倍総理と獣医学部について話したことはない」「昨年2月25日に会ったということはない」と発言。安倍総理とは仕事の話はやめようというスタンスで会っている。
  6. 「加計ありき」について、国家戦略特区法3条に「自治体と民間事業者がお互いに密な関係を持ちながらやりなさい」という趣旨の規定があるので、加計学園と愛媛県・今治市との間ではそのようになる。安倍総理との関係ではそのようなことはない。構造改革特区も同様。

さて、これについて非難する人が居ますのでテレビ朝日の記者会見との比較も含めて内容を見ていきましょう。

「加計学園理事長の記者会見のタイミングがゲス過ぎる」

魚拓:http://archive.is/UKbCS

「加計学園理事長の記者会見のタイミングがゲス過ぎる」と言う人が居ます。理由は以下です。

  1. 大阪の震災やワールドカップ日本代表の初戦に合わせて記者が動けないタイミングだ
  2. 地元の記者だけに通知をしている
  3. 午前9時に地元メディアに通知をして11時に会見するのは時間が短すぎる

さて、ではテレビ朝日の記者会見はどのようなものでしたでしょうか?

テレビ朝日のセクハラ問題についての記者会見のタイミング

魚拓:http://archive.is/xqExx

他の証言:http://archive.is/pwzjYhttp://archive.is/xRRpw

テレビ朝日は4月19日0時からの記者会見の予定について、4月18日の夜11時前になって初めて記者会見を開くことを決めています。

おそらくメディアに対してはこれよりも 早い時間帯に知らせていたと思いますが、それでも夜10時に知らせていたなら報道ステーションの番組開始時に伝えていたでしょうから、少なくとも夜10時以降に記者会見の予定を伝えていたと推測できます。

記者会見の発表から2時間もないというのですが、これが悪いことなのかはよくわかりません。

ひとつだけ言えるのは、このときに加計学園を非難しているような人物はほとんどテレビ朝日の対応を批判していなかったということです。

テレビ朝日の記者会見の開きかたがゲス過ぎる?

魚拓:http://archive.is/ew6kf

魚拓:http://archive.is/7bz2T

テレビ朝日はオーナー企業である朝日新聞の傘下であるハフィントンポストすら記者会見場から排除していたというのです。

こちらは2週間の限定見逃し配信ですが、加計学園の場合は朝日新聞の記者も来ています。

震災を批判のダシに使う愚かさ

そもそも「震災に合わせた」というのならば、昨日のうちに会見をしたでしょうし、「ワールドカップ日本代表の初戦に合わせた」のならば、今日のキックオフ時間の夜9時に会見をしたでしょう。

このような論理破綻は、震災を批判のダシに使っているだけであるということが明らかです。

加計理事長は記者の質疑で会見を今日このタイミングで開いたのは、「本日の理事会で処分を決定したためその報告のためである」としています。

タイミングとして何かおかしいでしょうか?私はそうは思いません。

以上

余命大量懲戒請求:個人情報保護法、公益通報者保護法の精神と弁護士自治

余命懲戒請求と個人情報保護法

余命大量不当懲戒請求の事案で弁護士会に提供した個人情報が懲戒請求の対象たる弁護士に伝わる手続をしているのは「個人情報保護法や公益通報者保護法に違反している」 という言説がネットでは呟かれています。

法クラの人ではない者がイメージで語っているだけの場合が多いですが、規定上明確に否定できるものではなさそうです。現に、この視点から弁護士会に照会した小坪慎也氏の元には中間返答として「検討に一定の時間を要する」旨が帰ってきています。

したがって、明明白白に違法ではないと言い切るには微妙な話であるということであり、単位弁護士会の運用や法律の解釈によって結論が分かれ得る類の問題だということです。

更に、「違法ではないとしても、個人情報保護法や公益通報者保護法の理念に照らして妥当なのか?」 という視点からの議論ができる余地はあるのかどうかも検討していきます。

個人情報保護法の関連規定と問題となる解釈

今回の事案で問題になる個人情報保護法の規定は、「第三者提供の制限」と「目的外利用」です。そして、それぞれ弁護士会の行為と弁護士個人の行為が問題になります。

本法の名宛人(法律を守らなければいけない人)は「個人情報取扱事業者」であり、これに該当するか?という話もありますが、裁判例などを見ても弁護士会はこれに当たる前提のようです。まずは第三者提供の制限に引っかかるかの論点をみていきましょう。

第三者提供の制限にあたるか

第三者提供の制限が規定されている23条は「個人データ」の提供が制限されています。個人データです。実は、この法律の中では一口に「個人情報」といってもいろいろな種類があるのです。

こういう法律の場合、定義規定が2条あたりにあるので確認しましょう。

個人情報保護法にいう個人データとは

まず、「個人情報」の定義は2条1項にありますが、長ったらしいですし、今回問題となっている懲戒請求者の氏名・生年月日・住所の情報の総体が「個人情報」であることは間違いないので引用しません。

「個人データ」は2条6項にあります。

6 この法律において「個人データ」とは、個人情報データベース等を構成する個人情報をいう。

個人情報データベース等」とは何か?は2条4項にあります。

4 この法律において「個人情報データベース等」とは、個人情報を含む情報の集合物であって、次に掲げるもの(利用方法からみて個人の権利利益を害するおそれが少ないものとして政令で定めるものを除く。)をいう。
一 特定の個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの
二 前号に掲げるもののほか、特定の個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成したものとして政令で定めるもの

本件では懲戒請求書の写しが「個人情報データベース等」にあたるかが事実認定と解釈問題です。実際にどういう状態で弁護士の元に送られてくるのか、その情報はどう扱われているのかは、弁護士のツイートが参考になります。

懲戒請求書の写しは「個人情報データベース等」か?

このように、懲戒申立書の写しが紙で弁護士の元に送られてくるとのことです。ファイリングされた状態のものが送られてくることもあるようです。

個人情報保護法〔第3版〕岡村久道著を見ると、2条4項の個人情報データベース等にあたるかは以下のような手順で判断されるとあります。クリックで拡大。

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個人情報保護法 第3版 岡村久道 商事法務 参照

名刺1枚程度では「個人情報の集合物」とは言えませんが、960通の個人情報が書いてある紙は個人情報の集合物と言えます。

「電子計算機で検索」できるというのは年賀状ソフトも該当しますが、要はコンピューターで検索可能な状態にあるということです。今回はそのような処理がされているということはないので、1号要件に該当せず、図の右ラインの2号要件該当性の話になります。要するにマニュアル処理情報の場合の話です。

個人情報保護法〔第3版〕岡村久道著では、人材派遣会社が登録カードを指名の五十音順に整理し、五十音順のインデックスを付してファイルしているような場合をいうとされています。

「一定の規則で整理して」は、五十音順による整理がこれに該当します。

「目次、索引その他検索を容易にするためのものを有するもの」は、上記の例で言えばインデックスを付けていない場合にはこれにはあたらないことになりそうです。

通則ガイドライン2-4では、「従業者が、自己の名刺入れについて他人が自由に閲覧できる状況に置いていても、他人には容易に検索できない独自の分類方法により名刺を分類した状態である場合」や「市販の電話帳」を「個人情報データベース等に該当しない事例」としています。

それでは今回の場合はどうでしょうか?

ファイリングされているものもあるとしても、索引がついているような話は聞きませんから、個人情報データベース等にはあたらないと思われます(単位弁護士会によって運用が異なるのでここは断定できない)。

なので、この場合はこれ以降の検討は不要、ということになります。 

仮に、政令に定めるものに当たらず、懲戒請求者の情報を「個人情報データベース等」にあたるものとして構築していた場合には弁護士会と弁護士は「第三者」の関係なのかという問題があります。

弁護士は弁護士会から見た第三者にあたるか

「第三者」は提供元となる個人情報取扱事業者および本人以外の者をいい、個人か団体を問わない。通則ガイドライン3-4-1によると、 同一法人格内(同一事業者内の他部門など)で個人データを提供する場合は第三者に該当しないので2条4項は適用されません。
ただし、事業部門ごとの取扱い内容によって利用目的も異なることになる場合には、目的外利用に関する本人の事前同意の取得を要する(個人情報保護委員会QA5-2)。

弁護士は単位弁護士会の構成員であり、綱紀委員会も単位弁護士会に所属する弁護士で構成される組織ですから、個人情報保護法23条の「第三者」には該当しないことになります。

小括1:第三者の利用制限は適用されない

補助的に、弁護士会と弁護士の間に守秘義務や個人情報管理規則は存在しないとのことです。 よって 

  1. 懲戒請求書の写しは「個人情報データベース等」にはあたらない
  2. 仮にあたるとしても弁護士会と弁護士は第三者ではない
  3. よって、23条の第三者の利用制限にはかからない

次に目的外利用にあたるかを検討します。

目的外利用にあたるか

第十六条 個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。

  1. 弁護士会が弁護士に懲戒請求者の情報を渡すこと
  2. 弁護士が受け取った懲戒請求者の情報を自己の民事訴訟のために利用すること

この二つが問題になります。

弁護士会が弁護士に懲戒請求書の写しを渡すことは目的外利用か

綱紀委員会が弁護士に懲戒請求書の写しを交付することは、弁護士が懲戒請求に対する反論の目的のため、答弁書を作成するのに必要な行為として一般的に行われています。

ただ、通常は弁護士が受任した事件の依頼者なり相手方当事者なりから懲戒請求が行われ、その事案処理において問題がなかったかどうかを問う制度であるためこのような手続きになってるが、今回のように全く面識の無い者からの懲戒請求の場合には懲戒請求者の情報を弁護士に交付するのは不要ではないか?と言われることがあります。

しかし、私的領域での弁護士の行為も懲戒事由となり得るという裁判例がある下では、弁護士が問題とされた自身の言動に心当たりをつけることが困難になる運用は反論の機会が確保できないことになり不均衡だと思います。

それに、弁護士会としては懲戒請求書の記載内容から弁護士と懲戒請求者との接点があるのかないのかは判断がつかないので、その写しを弁護士に送らざるを得ないということも妥当な運用だと思います。

仮に事前に接点があるかどうかの判断を弁護士会に求めるなら、弁護士が過去に受任した事案を全て弁護士会にデータベースとして提供しなければならないことになり煩瑣です。更に、そうすると事件がなくとも接点がある相手方なのに接点がないとして扱ってしまう可能性が発生してしまいます。これでは弁護士の反論を著しく困難にさせることになります。

過去の裁判例でも全く面識のない者からの懲戒請求に対する不法行為訴訟が行われていることからも、裁判所はこの点は問題視しないようですから、このような手続は正当なものであると是認されていると言えるでしょう。

したがって、弁護士会から弁護士に懲戒請求書の写しを交付する行為は目的外利用に該当しないということになります。

弁護士は「個人情報取扱事業者」にあたるか

では、弁護士が請求者情報を自己の民事訴訟で利用することは目的外利用でしょうか?

まず、弁護士個人が「個人情報取扱事業者」にあたるかが問題になります。

「個人情報取扱事業者」とは「個人情報データベース等を事業の用に供している者」をいいます。小規模事業者の適用除外規定が平成27年改正によって廃止されたため、民間事業者全般が対象になり得ます。

「事業の用に供する」には見解の違いがあり得ますが、専ら家庭生活で取扱う親族情報のようなもの、年賀状ソフトを利用している者は含まれないとするのが通説のようです。

「事業」とは単に社会生活上の地位に基づき一定の目的で反復継続的に同種行為を行うものであるだけでは足りず、社会通念上それが事業とみられる程度の社会性があることを要すると解されています(参院特別委会議録平成15年5月13日(第3号))。営利性は問いません。

世の中の弁護士が個人情報データベース等を構築して業務を行っているのかどうかはよくわかりません。電子計算機での検索ができるもの(1号要件)を用意していなくとも、事件記録などはファイリングされて顧客名(事件名)の五十音順で棚に保管している場所もあるので、2号要件を充たす場合がありそうです。既に検討したようにインデックスをつけているなどの「検索の容易性」判断によるのではないかと思います。

弁護士が請求者情報を自己の民事訴訟で利用することは目的外利用か

仮に弁護士が個人情報取扱事業者だとすると、目的外利用にあたるでしょうか。

懲戒請求に対する反論のために懲戒請求書の写しにある懲戒請求者の情報を利用することについては、当該情報は懲戒請求の反論のために送付されたということが取得の状況からみて利用目的が明らかなので許されるでしょう。

では、弁護士が自己の訴訟のために利用することはどうか。

ここで、「目的外利用ではない」とする主張にはいくつかパターンがあります。

目的の変更が行われたとする主張

第十五条 個人情報取扱事業者は、個人情報を取り扱うに当たっては、その利用の目的(以下「利用目的」という。)をできる限り特定しなければならない。
2 個人情報取扱事業者は、利用目的を変更する場合には、変更前の利用目的と関連性を有すると合理的に認められる範囲を超えて行ってはならない。

15条2項には利用目的の変更の限界が規定されています。

懲戒請求に対する反論と不法行為訴訟のための利用が「関連性を有すると合理的に認められる範囲」に収まるでしょうか。

通則ガイドライン3-1-2は「変更後の利用目的が変更前の利用目的からみて、社会通念上、本人が通常予期し得る限度と客観的に認められる範囲内」であることを言うとしています。つまり、事業者や本人の恣意的な判断は排するということです。

平成27年改正では「相当の」関連性という文言が削除されており、その趣旨は事業者が変更可能な範囲を本人が予期し得る限度で拡大するためであると説明されています。ただ、これは新事業等に使えるかどうかの判断に企業が迷っていたことからの要請であり、それと無関係な今回の場合に削除の経緯が考慮されるのかはわかりません。

個人情報保護委員会QA2-9では変更否定例として、当初の利用目的を「会員カード等の盗難・不正利用発覚時の連絡のため」としてメールアドレス等を取得していた場合に、新たに「当社が提供する商品・サービスに関する情報のお知らせ」を行う場合をあげています(「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン」及び「個人データの漏えい等の事案が発生した場合等の対応について」に関するQ&A

これを見ると、かなり判断は分かれると思われます。

さて、関連性が合理的に認められるとしても、本人に変更された利用目的の通知又は公表が必要であり、適用除外規定もあります。

18条 -省略-

3 個人情報取扱事業者は、利用目的を変更した場合は、変更された利用目的について、本人に通知し、又は公表しなければならない
4 前三項の規定は、次に掲げる場合については、適用しない。
一 利用目的を本人に通知し、又は公表することにより本人又は第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合
二 利用目的を本人に通知し、又は公表することにより当該個人情報取扱事業者の権利又は正当な利益を害するおそれがある場合
ー中略ー
四 取得の状況からみて利用目的が明らかであると認められる場合

訴訟予告をした場合、それによって訴訟のために利用することにしたという「公表」の要件はみたされると言え、18条3項に該当して許されると言えます。

18条4項2号に該当する可能性について、本号の「おそれ」とは、一般的・客観的な蓋然性が要求されるとありますので、通知や公表をすることでの弁護士の一般的・客観的不利益を考えることになります。

小倉弁護士の見解では、一般的に「請求として概ね成立しうると言うことに確信を抱く前に特定の人について訴訟を提起する旨公言すると逆に名誉毀損等に問われるリスクが生じ」ると主張されており、このような理由づけがあり得るのかもしれません。

目的外利用の例外にあたるとする主張

16条 -省略-

3 前二項の規定は、次に掲げる場合については、適用しない。
一 法令に基づく場合
二 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
以下略

法令に基づく場合として訴訟提起のためには請求の特定が必要であると定められているため(民事訴訟法・民事訴訟規則参照)、取得した個人情報を利用するのは許されるという見解があり得るとの予想もあります。

しかし、この見解を許せば何でも訴訟提起目的であればどんな個人情報であっても利用できるということになるため、私はこの理由づけは賛同できません。

法令に基づく場合として想定されているのは通則ガイドライン3-1-5によれば警察の捜査関係事項照会に対応する場合や裁判官の発する令状に基づく捜査に対応する場合など、「他人から強制される」類の話であって、自己の気分一つで提起可能な民事訴訟で訴状に求められる要件だからといって本法16条3項1号の法令に基づく場合には当たらないと考えられます。

では、16条3項2号の場合はどうでしょう?

違法な懲戒請求がなされた時点で(実体法上は)慰謝料相当額の賠償を求める金銭債権が発生しており、それは、中断事由がない限り一定期間が経過すると時効消滅してしまうので、対象弁護士が訴訟外で賠償要求をしまたは損害賠償請求訴訟を提起することは「人の…財産の保護のために必要がある場合」にあたることになるという指摘は正当だと思います(慰謝料請求権は金銭債権であり、債権は財産である)。

そして、訴訟提起のために氏名・住所等を利用することについて本人の同意を得るということは一般的に困難だと認められるので、目的外利用の適用除外にあたると言えます。

小括2:少なくとも目的外利用の適用除外にあたる

  1. 弁護士が個人情報取扱事業者だとしても
  2. 懲戒請求者情報を訴訟のために利用することは弁護士の財産(金銭債権たる慰謝料請求権)の保護のために必要であり本人の同意を得ることは困難であると認められる
  3. よって、弁護士が自己の訴訟のために懲戒請求者の情報を利用することは許される
  4. その他のパターンでも許される可能性は残っている

結局、この素朴な感覚と見立ては正しいということになります。

ただし、違法ではないとしても、社会正義を目的として活動する弁護士である者が自己の権利行使のために懲戒請求者の情報を利用して訴訟提起することは、一般的な話として妥当な行為なのかどうか、という点は議論があってしかるべきだと思います。

公益通報者保護法? 

公益通報者保護法は2条でこの法律の適用場面が規定されています。

弁護士に対する面識の無い者からの懲戒請求がこれにあたらないことは明らかです。

ただし、通報者の秘密保持の徹底はガイドラインによって明確化されており、この法律に違反しないからといっても、その精神は大切にするべきであり、この精神は弁護士に対する懲戒請求の事案においても尊重されるべきではないか?という議論はあり得ると思います。

現に、弁護士以外の士業は懲戒請求者の情報が懲戒請求の対象者には行かないという運用を取っています。それは形式的には審査庁などの第三者機関に対して懲戒申立をし、第三者が審査を行うとする制度設計であることが理由です。

しかし、実質的には「通報者の情報を通報対象者が知ることになれば報復措置を恐れて萎縮する結果、通報制度が機能しなくなり、士業の公正性が保たれないことになる。それによって国民の権利利益の保護が不十分になり国民生活の安全が害されることになる」という問題意識と、そのような状況を作らせてはいけないと言う一般的な要請があるように思われます。

この要請は個人情報保護法にも通ずるものがあると考えられます。このような観点から、今一度弁護士会の制度を見直すということは決して悪いことではないはずです。

私も、懲戒請求と題する書面を全て綱紀委員会の手続に載せることには疑問があり、一筆書いています。

弁護士自治は「違法でなければ良い」ではいけない

弁護士への余命懲戒請求事案の思考枠組み

これまで懲戒請求者の個人情報を弁護士会が第三者に渡すことと、弁護士が自己の訴訟に利用することの「違法か適法か」の話をしてきました。

しかし、途中で何度も指摘しているように、「弁護士倫理的に良いのか」「当不当」の話としてはどうなのか?については議論があってもいいと思います。これは弁護士の懲戒請求事案の他の論点についても同様に言えますし、弁護士倫理の話を抜きにすれば一般的に妥当する思考枠組みです。

「当不当」の問いかけをしているのが小坪慎也氏であると言えます。

彼は議論をするだけでなく実際に各士業会に照会し、国会マターの可能性も視野に入れています。橋下徹氏が弁護士の立場から自律を説き、小坪氏が「立法側」の視点から弁護士会の制度を問いかけている中で、一般国民として行うべきは事実の確認と正しい理解の仕方の共有です。いいかげんな知識を振り回しても、決して国民のため(ひいては自分たちのため)にはなりません。

既にこの事案の事実の大枠は示してあります。中にはよろしくない弁護士がいることも確かです。

弁護士は国民の側に立っています。国民は弁護士を何か別の世界の存在のように見てルサンチマンに陥るのではなく、自分たちのこととしてこの問題を論じてほしいと思います。 

以上

東京都がヘイトスピーチ規制条例案のパブリックコメント募集:大阪市との違いからみる問題点

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東京都がヘイトスピーチ禁止条例案(正確ではないですが、さしあたりこの表現を使います。)を今年成立予定としており、現在パブリックコメント募集中です。東京都の総務局人権部企画課にも電話相談したところ、この件では以下の問題があると思います。

  1. 日本人がヘイトの被害者にならない規定になりそうであること
  2. 手続が情報公開を謳っているわりには大阪市に比べて不透明であること
  3. 罰則を付けるよう働きかけが予想されること
  4. そもそもオリンピック憲章が上位にくるような条例で良いのか?

先行してヘイト規制条例を制定した大阪市については憲法違反の疑いがあることを含め、運用面でも問題があることを指摘しています。

このブログでは何度も書いてますが、まずは「ヘイトスピーチ規制法上のヘイトスピーチ」の定義を確認しましょう。

「そんなの分かってるよ」という方は「東京都のヘイト規制法案」の中身へどうぞ。

ヘイト規制法上のヘイトスピーチとは?

特定の国の出身者に対し、「叩き出せ」「帰れ」など、帰国や排除をうながすような文言は、ヘイトスピーチに当たる。これは、2016年のヘイトスピーチ対策法施行後、法務省も明言している。

よく、このような言及のされ方がありますが、これは全くの間違いです。

確かに、法務省は「祖国に帰れ」などの文言がヘイトスピーチにあたると言っていますが、それはあくまでも「典型例」であって、そのような文言を使ったからと言って直ちにヘイトスピーチ規制法の禁止しているヘイトスピーチに当たるなどとは一言も言ってません。

ヘイト規制法にいうヘイトスピーチとは、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」です。

本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律

「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、【専ら】本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するものに対して差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう 

要するに、単に「外国人だから」「外国出身者だから」「外国人の血を引いてるから」という理由に基づいて「帰れ」と言うならそれはヘイトスピーチです。

しかし、例えば違法な行為をした外国人や、迷惑な行為をしている外国人に対してそうした行為を理由に「出ていけ」「帰れ」と言うことは至極当然の表現であるということです。

司法はそこまで杓子定規な判断をしません。

もっとも、外国人が違法或いは迷惑な行為をしているからといって、軽軽に「祖国に帰れ」などと言うことは私も与しませんし、安易にそのような文言を使っているとなると、ヘイトスピーチと認定される可能性は高いと考えられるので注意しましょう。

ヘイトスピーチ解消法の附帯決議の中身とは?

附帯決議とは、法律案を審議した際に議論された事項について、その法律の運用や将来の立法による法律の改善についての希望等を表明するものです。

これは、法的な拘束力を有するものではありませんが、政府はこれを尊重すべきとされており、事実上の法規範となり得るものです。

平成28年5月12日 参議院法務委員会

 国及び地方公共団体は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消が喫緊の課題であることに鑑み、本法の施行に当たり、次の事項について特段の配慮をすべきである。

1 第2条が規定する「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」以外のものであれば、いかなる差別的言動であっても許されるとの理解は誤りであり、本法の趣旨、日本国憲法及びあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の精神に鑑み、適切に対処すること。

2 本邦外出身者に対する不当な差別的言動の内容や頻度は地域によって差があるものの、これが地域社会に深刻な亀裂を生じさせている地方公共団体においては、国と同様に、その解消に向けた取組に関する施策を着実に実施すること。

3 インターネットを通じて行われる本邦外出身者等に対する不当な差別的言動を助長し、又は誘発する行為の解消に向けた取組に関する施策を実施すること。

衆議院の付帯決議も同様の記述があります。

1項の指摘はなんかいい事を言ってそうですが、ヘイトスピーチの外縁が曖昧になってしまい、どんな行為がヘイト規制法で規制されるべき行為なのかがわからなくなってしまうものです。

むしろ最近は「いかなる批評的言動であってもヘイトであるとの理解」が広まっているので、拡大解釈の危険の方が大きいと言えます。

附帯決議3項:「等」が加えられていることの意味

附帯決議の3項をみると、本邦外出身者「等」とあります。

  • 本邦外出身者=専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住する者
  • 本邦外出身者等=上記の者に限られない者(具体的に誰かは不明)

「等」の意味合いは不明ですが、以下のような解釈の可能性があります。

  1. 純日本人(尊属が日本人で日本生まれの者)も保護対象となる
  2. 不法に滞在する者も保護対象となる
  3. 滞在していない者も保護対象となる

1の可能性を期待したいですが、2は「不法」というとアノ人たちのことでしょうね。3はインターネットによる不当な差別的言動の場合に限って「等」がつけられていることから可能性を考えてしまいますが、あってはならない運用だと思います。

現実的には日本人は被害者になりにくいが…

ヘイト規制法はマイノリティ保護のための法律です。

マジョリティたる日本人が、外国人居住者から「この地域から出ていけ」と言われることは現在の日本ではあまり想定できないため、このような規定であっても運用上の妥当性があるのかもしれません。

しかし、ドイツのように一部の地域が難民によって占められるような場所が、今後日本においても出てこないとも限りません。

北朝鮮が崩壊した場合、難民が何百万人日本に流れ着くのかわかりませんからね。

そのような場合に「純日本人」も本法の対象となるかどうか?この事態が到来したときに本法が悪法となる可能性もあります。

そこで、行政の側、つまり各自治体がどのような条例を敷くのか、そしてどのような運用を行うのかが重要です。最近は「日本」が嫌いな人たちが攻撃をしている例が目立つので、日本国を護る、日本人を護るという高い倫理観が必要なんじゃないですかね。

東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念実現のための条例(仮称)

東京都ヘイトスピーチ規制条例のパブリックコメント

東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念実現のための条例(仮称)

東京都が予定している規制対象となるヘイトスピーチは、国のヘイトスピーチ規制法の定義と同じであることがわかります。よって、これまで言及してきた問題点が全て東京都に当てはまるということになります。

パブリックコメントの締切は2018年6月30日です。

こちらのページでは条例のポイントとロードマップ意見聴取者一覧と主な意見が掲載されています。

さて、東京都の手続はこれでよいのでしょうか?

東京都のヘイトスピーチ規制条例の手続について

冒頭で大阪市と比べて東京都は透明性がないと言いました。

大阪市等の法制定・改正審議の手続

大阪市のヘイト規制条例の検討は人権施策推進審議会によって進められ、議事録は公開されていました。

これは審議会が条例で設置根拠のあるものであり、審議会は公開とすると定められていたからです。そのおかげで、個々の委員がどういう発言をしていたのかがよくわかります。

例えば刑法で司法取引の規定が導入されましたし、民法の債権法が改正されて施行待ちですが、これらの場合は法務省の刑法部会民法債権法部会などが設置されて議事録が公開されていました。大阪市の場合はこのような場合と同様の仕組みだったということです。

東京都の情報公開はどこにいったのか?

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東京都の総務局人権部企画課の職員に確認したら「今回のヘイト規制条例については審議会や部会の議事録を公開する予定はない」とのことでした。

都民ファーストでつくる「新しい東京」~2020年に向けた実行プラン~ 冊子・計画内容のページでは政策企画局が運営しており、情報公開を推進するかのようですが、それにしては大阪市よりも条例制定の経緯が分かりにくいものになっていると言えないでしょうか?

もちろん、議事録を公開するべき義務はないですし、全ての場合にそうすることが果たして良いことなのかということは議論があると思います。

時間をかければいいわけではないですが、パブリックコメントを受け付けてから意見を精査・整理して審議会で検討し、条例案を最終的に報告しなければなりませんから、このスケジュールでいいのか。

パブリックコメントの手続そのものの問題

さらにはパブリックコメントの段階で条例案の「概要」だけが示されており、あまり具体的に決まっていない規定をどう評価すればいいのかよくわかりません。

条例案の条文そのものは見れないようになっているのは、多くのパブリックコメントの場合とは異なる状況です。なぜ条文案を隠すのでしょうか?総務局人権部企画課に問い合わせたら、条例案の条文はパブリックコメントを受けてから作成する方針とのことでした。

しかも、パブリックコメントのページへのアクセスが悪く、HP上のナビゲーションも最悪レベルです。私はGoogleからいろんなワードを試してやっとたどり着きました。

どうも東京都は拙速な感が否めません。

総務局人権部企画課によれば、例えば「この段階でのパブリックコメント募集はいかがなものか?」とか「条例案が出来たら再度パブリックコメントをしてほしい」といったような、不随的・手続的な側面についても意見は読んでもらえるとのことでしたので、そういった部分も含めて意見するのもありだと思います。

上記で示したロードマップも案の段階なので、そこについて注文をつけることで変化させることも可能だと思います。

東京都のヘイト禁止条例は都議会議員によるチェックを 

現状のままですと、都民からのコメントは非常に漠然かつ曖昧なものにならざるを得ません。 したがって、実のある議論が審議会で行われず、ほとんど都民のチェックが入っているとは言い難いものが都議会に提出される可能性があります。

都議会議員の方にはこの条例案について厳しくチェックしていただきたいと思います。

大阪市の場合は議会でのチェックが全く行われていないので、これまで指摘してきた行政の手続の不備の分を覆すような働きをしてほしいと思います。

反差別界隈やLGBTから罰則をつけるよう都に働きかけがなされる可能性

東亜日報の6月13日の記事では以下のような文があります。

しかし、ヘイトスピーチ対策法には処罰条項がなく、限界が指摘されている。大阪市の条例にも罰則条項なく、川崎市も問題になる場合、集会を事前に規制できるガイドライン程度の状態だ。東京都も現在、施設利用制限規制といった程度のことを構想している。特に在日韓国人を狙った嫌韓デモが社会問題になっており、確実に根絶するには強力な罰則が必要だという声が出ている。

「反差別」「アンチレイシズム」を標ぼうしている輩がどういうことをしているか、少し調べればわかります。こうした勢力からもパブリックコメントは送られるということを考慮して、予め反対意見をする必要があります。

このような動きを見てかどうかはわかりませんが、保守派が主導権を持ってLGBT施策を積極的に進めることで、「利権屋」に利用されないようにしようという動きもあります。

オリンピック憲章が上位に来るような条例で良いのか?

条例案の仮称や条例の目的を見ると、オリンピックにかこつけるためにヘイト規制とLGBT施策を混ぜている条例案のようです。しかし、なぜ私的団体に過ぎないIOCのオリンピック憲章の「下」にヘイト規制というスポーツに留まらない広範囲な内容の東京都の条例が作られるという議論になっているのか?この点からして既に疑問です。

オリンピックが廃止されたら、IOCが解体されたら、ヘイト規制やLGBT施策は無くなるということですか?東京都はIOCの傘下なのでしょうか?

ここは思想の左右関係なく、法体系の歪さを生じさせるものとして非難されるべきだと思います。

まとめ

  1. オリンピック憲章が上位法という構造はおかしい
  2. ヘイト規制法の問題がそのまま東京都ヘイト規制条例の問題になる
  3. いわゆる「純日本人」が保護対象となるかが問題
  4. 条例制定過程にある審議会の議事録が公開されないのは妥当か
  5. パブリックコメントのための参考情報として十分ではないのではないか
  6. 東京都のWEBページのナビゲーションが雑
  7. 反差別・LGBTを利用しようとする者からの罰則規定追加の要請を考慮するべき

大阪市の施行後の運用面の問題も併せて検討してもらいたいと思います。

以上

新潟県知事選:森裕子議員の花角氏に関する森友発言は公職選挙法等に当たるのか?

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新潟県知事選挙における森裕子氏の演説内容について、以下の記事があります。

以下略ちゃんの書いたこの記事で疑問が呈された内容について検討します。

記事の趣旨は「大阪航空局が違法の疑いがある土地見積りを行った当時、花角氏が大阪航空局長であったかのように言及する森ゆうこ氏の言動は公職選挙法違反の可能性はないのか?」というものです。

裁判例があったのでみていきましょう。

公職選挙法235条2項の「事実をゆがめる」の意味

東京高等裁判所の裁判例が裁判所HPの裁判例情報にも載っているので、規範性は広く認められていると思います。

東京高等裁判所 昭和51年(う)第50号 公職選挙法違反被告事件 昭和51年8月6日

公職選挙法第二三五条第二項は、当選妨害罪の構成要件として、虚偽の事項を公にした罪と事実をゆがめて公にした罪の二類型を規定しているところ、原判示第一の事実、更に遡つて、その訴因は、前者の虚偽の事項を公にした罪ではなく、後者の事実をゆがめて公にした罪を記載したものである。そして、この事実をゆがめるとは、未必的であるにしろ、故意の必要であることはいうまでもないが、これを別とすれば、客観的にみて、虚偽の事実にまでは至らないけれども、或る事実について、その一部をかくしたり、逆に虚偽の事実を付加したり、あるいは、粉飾、誇張、潤色したりなどして、選挙民の公正な判断を誤らせる程度に、全体として、真実といえない事実を表現することをいうと解するのが相当であるからー省略ー

整理すると以下です。

  1. 客観的にみて
  2. 選挙民の公正な判断を誤らせる程度に全体として真実と言えない事実を表現すること(手段として、ある事実についてその一部を隠したり、虚偽の事項を付加したり、粉飾、誇張、潤色したりなどが例示されている)

このように「全体として」判断される場合は個々の指摘する内容が事実であったかどうかが最終的な違法認定を決定するのではないということがわかります。

「表現する」も文脈の前後を考慮するとともに、口調、抑揚などから感ぜられる印象も考慮するということです。

さらに「客観的に」とありますから、本人がどう思っていたかは関係ありません。多くの場合、ある表現について一般通常人の理解においてそう思えるか、という判断になります。

そして重要なのは「虚偽の事実が付加されている必要はない」ということです。

では、具体的な発言から検討していきましょう。

森裕子氏の花角氏に関する演説内容

最初にこの件を検証した以下略ちゃんは上記動画をあげてましたが、実は、森氏は全く同じような内容の演説を別の場所でも行っていました。

元URL

花角氏が大阪航空局長だったことを連呼・強調

書きおこしました。

私はですね、問題点を見つけるのが得意なんですね。

一言だけ言わせて頂きたいのは。今、※※※聞き取りできず※※※秘書官ですよ。秘書官ですよ。秘書官っていうのは、素晴らしい頭のいい人がなるんですけれども、優秀な官僚であればあるほど、記憶喪失になるということがよくわかりました。もう国会最終盤で私も週2回委員会で質問してるんですけれども毎回新たな記憶喪失者が生まれるんですよ。ホントなんですよ。これホントなんですよ。

そして昨日ね、実は驚いたのは、NHKの政見放送、朝新潟の※※※聞き取りできず※※※から十日町に行く最中に早朝のラジオで初めて花角さんの政見放送を聞きました。そしたらNHKのアナウンサーがまず経歴を述べる。そこに……大阪航空局長、大阪航空局長ですよ。大阪航空局長です。わかります?森友問題ですよ。去年の特別国会で私がようやく役所から出させた1枚のペーパー。そこにはもともと森友学園のゴミの値段が8000万円だったと。これ一応NHKのニュースになったんですよ。ところが、それを10倍の8億円に見積もった。これが、大阪航空局なんです。そこの局長さんしてたんですって。あらら…ということで、皆さん、本当に大変な戦いです。どうか、どうか勝たせていただきたい。

動画で見るとわかりますが「これは問題だ」というニュアンスが継続した状態での発言だということがわかります。「問題だ」というのは「何か悪いことが起こっている」という意味を含みますが、国会でも質問で追及したような話である上、財務省の文書書き換えの話と絡めていることから「違法の疑いがある」というニュアンスが含まれていると言えます。※「違法である」というニュアンスであるかは疑問を差し挟む余地があると思われます。

大阪航空局が森友学園の土地を見積もったことと結びつけている

「花角氏が大阪航空局長だった」「大阪航空局が森友学園のゴミの値段を見積もった」

これらは事実です。しかし、花角氏が在籍していた時期はゴミの撤去費用の値段の見積もり時期と異なり、その前の時期です。

森氏の表現では少なくとも「大阪航空局が違法の疑いがある行為をした当時に花角氏は大阪航空局の局長であった」という認識を一般人の通常の理解ではするでしょう。

この程度の違いが「選挙民の公正な判断を誤らせる程度」と言えるのかはグレーだと思います。

違法の疑いがあるという故意はなかったのか

ちょっと検討順序としては前後しますが、補足的に、森裕子議員は国会でこのような発言をしています。 

第196回参議院農林水産委員会 7号 平成30年03月29日

安倍昭恵総理夫人が名誉校長を務めていた森友学園に国有地がただ同然で払い下げられた森友事件、アッキード事件によって、とうとう歴史的公文書が改ざんされ、痛ましい犠牲者まで出してしまったにもかかわらず、安倍総理は地位に恋々として責任を取ろうとしておりません。

国有地の売却について「アッキード事件」という名称を使用しており、かの有名な刑事事件たる「ロッキード事件」を引き合いに出していることが明らかです。このことからは、森裕子議員は森友問題の土地売却については「違法の疑いがある」 という認識で言及していると言えます。よって、土地売却に大きく関連するゴミ撤去費用の鑑定評価についても違法の疑いがあるという認識があったといえます。したがって、大阪航空局の土地見積りは違法の疑いがあるという趣旨で発言したことの故意に欠けないと言えます。

また、森裕子議員は国会で何度も森友問題に関して土地売買について質問していること、少なくとも2度、花角氏にかんする同じ演説をしていることから、花角氏が大阪航空局に在籍していた時期を勘違いしていたということはできず、時系列を混同させる故意が認められます。

公職選挙法235条2項にいう「事実をゆがめた」と言えるのか?

森氏の表現から一般人が通常認識する内容を示しましたが、これが更に進んで「大阪航空局長たる花角氏が違法の疑いのある森友のゴミの見積もりに帰責性のある形で関与した」という表現として受け止めるのかどうか。

これは疑問を差し挟む余地があると思われます。判断は分かれるのではと思います。

更に、そう認定できたとして「選挙民の公正な判断を誤らせる程度」と言えるか。これはそう言えるだろうと予測します。ただ、やはりその前の段階が問題になるということは変わりません。

小括:グレーゾーンか

魚拓:http://archive.is/Qa1tD

確かに、確実にデマであると言い切れるほどの事案ではないと思います。

しかし、これまで検討してきたことからは『「デマを飛ばした」というデマ』と言い切ることもまたできないと思います。

この件は公職選挙法上の視点から検討してきました。

では、名誉毀損の事案の場合、言及された「事実」はどのように判断されるのでしょうか?

名誉毀損表現の事案の場合の「事実の適示」

名誉毀損の「事実の適示」にあたるためには、明示的に指摘された内容にとどまらず、いわば「印象操作」によって認識される事実も該当し得るという裁判例があります。

東京地方裁判所 平成26年(ワ)第21669号 謝罪広告等請求事件 平成28年9月29日

オ 本件記載⑤について
(ア)事実摘示の有無
 前提事実によれば,本件記載⑤は,被告は「米国や日本の権威を利用して騙す」と題する項目の中で,X1集団は退役した日米の軍関係者,元防衛庁長官などに会った写真を見せて,安全保障に関して対話をしたように宣伝するなどを記載した上で,「ちなみに,米国のある政府機関では,すでに『X1集団と接触を避けるように』と職員に注意喚起がなされたという。」などと記載したもので,一般の読者の普通の注意と読み方を基準に判断すると,原告において組織している□□政府が,米国政府機関から接触を避けるべき悪質な集団であると認定されているとの印象を与えるもので,前後の文脈も加味すると,X1集団が米国の行政機関も警戒するような詐欺的な行為を行っているという証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものであり,事実を摘示しているというべきである。
 被告は,かかる記載は,諸般の事実を指摘した上で,□□政府は他人の権威を利用するという評価をしたものであり,米国において原告及び□□政府が詐欺集団との認定を受けているという事実を明確に摘示したものではなく,公正な論評をしたものである旨主張する。しかしながら,前記のように,本件記事の前後の文脈も考慮すれば,X1集団が米国の行政機関も警戒するような詐欺的な行為を行っているという事実を摘示しているというべきであり,その判断を覆すに足りる事情はない。

このようにみると、森裕子氏の演説は少なくとも 「大阪航空局が違法の疑いがある行為をした当時に花角氏は大阪航空局の局長であった」という事実の適示をしたということになります。

ただ、名誉を毀損したと言えるには、更に進んで「大阪航空局長たる花角氏が違法の疑いのある森友のゴミの見積もりに帰責性のある形で関与した」と表現したと言えない限り無理です。

結局はあの演説でここまでの事実を通常の一般人が認識したと言えるかどうかに尽きると言えます。

結論:「事実しか言ってないから違法じゃない」は違う

森ゆうこ氏は「私は事実しか言ってません」と言いますが、「文言だけ見れば事実」であっても、そこに「誇張や潤色の表現」や「文脈や印象」によって違法となり得るというのが裁判例です。

森ゆうこ氏自身が違法かどうかはともかく、事実を言うだけなら何をやってもいいという理解は明確に誤りです。

このブログの読者はそのような手法でもって印象操作をすることに注意して頂きたいと思います。

以上

【余命不当懲戒請求】懲戒請求者への請求額・和解額は高額か?:佐々木・北・小倉弁護士の主張の是非

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懲戒請求者に対して懲戒請求そのものが不法行為であるとして訴訟を提起したのが東京弁護士会では佐々木・北弁護士の2人、及び小倉弁護士、神奈川県弁護士会の神原弁護士です。

彼らは懲戒請求者1人あたり30万円以上の請求額を予定しており、和解金額も5万円以上を提示しています。これが過大な要求であり、それこそ弁護士の品位を失うべき非行ではないか?と言われています。

今回は請求額ついて各所の見解を紹介しつつ、「殺到型不法行為」(命名は風の精ルーラ氏)の場合の損害賠償額について考えていきます。

なお、この点を考えるにあたっては懲戒請求があった場合の弁護士会の手続の流れや弁護士にかかる負担を理解しなければ始まらないので、先にこちらを見ておくことをお勧めします。

佐々木・北・小倉弁護士の損害賠償の対象

本件では「大量の」懲戒請求がなされたことが注目されています。

しかし、各弁護士は共同不法行為として訴訟提起することは考えていません。

したがって、損害賠償の対象はあくまで1件1件の不当懲戒請求書が送られた事で発生した事務負担や精神的苦痛となるハズです。「大量」となったのは結果論でしかなく、1件1件の懲戒請求者は他の懲戒請求者と歩調を合わせることを考えていたという情報は今のところ無いですし、実態として歩調を合わせたものではなさそうであることが弁護士の発信からうかがえます。

そういうわけですから、弁護士は損害額についても1件の懲戒請求によってどのような負担が発生したのかという点を考えていることになります。

なお、共同不法行為の法的構成を被告側=懲戒請求者側が抗弁として主張できるか、裁判所が職権でそのような構成を取るのか、訴訟指揮するのかは議論がありますので、可能であればこの点も後日検討したいと思います。

損害額についての考え方

懲戒請求の損害額は慰謝料が認定されてきたということと、懲戒請求の数が増える毎に損害額はどのように算定されると考えるべきなのかを整理します。

1:実損と慰謝料

東京地方裁判所 平成28年(ワ)第1665号 損害賠償請求事件 平成28年11月15日の判示では、精神的苦痛に加えて、不当な懲戒請求に対応するためにとられた時間負担を慰謝料として損害額を算出して損害を認定しました。本件でも精神的苦痛と時間負担による慰謝料という請求がなされる可能性があります。 

上記判例では事件処理の過程の行為が「地上げ屋である」「詐欺・横領である」という主張が懲戒請求者から行われました。また、懲戒請求にかかった時間負担は概ね12時間でした。

認定された賠償額は140万円。このうちの多くは慰謝料であると思われます。

 

ちなみに、「第二弾」の懲戒請求も着々となされているようです。懲戒事由は「懲戒請求者に対して訴訟予告ないし訴訟提起をしたこと自体が弁護士の品位を失する非行である」とするものです。

「第一弾」のときには聞かなかった時間負担が第二弾では発生しているようです。

おそらく第二弾では「それなりの根拠」があるような体裁だったために反論をしっかりとしないといけなかったのではないでしょうか?

2:懲戒請求の数と損害額の算定方法

本件では被害法益は弁護士一人の精神であり、1件の懲戒請求による損害と960件の懲戒請求による損害は単純に数に比例して損害が発生すると考えてしまってよいのでしょうか?

※ここでは960件の懲戒請求について同時に訴訟開始して同時に審理し、1つの社会的事実として把握した場合の一応の思考を記載してみます。

懲戒請求の数毎に新たに損害が発生するという立場

このような場合とパラレルに考えるのは無理がありますが、一定の考慮は必要でしょう。たしかに、2人目以降の損害が全く0になるというのもおかしな話です。

ただ、懲戒事由が被るものについては全く別個のものと捉えるのはなんだかおかしいという感覚は多くの人が持つのではないでしょうか?

懲戒請求における懲戒事由毎に新たに損害が発生するという見解

この見解が妥当ではないかと思います。

ただ、ここで論じているのは『「新たに」損害が発生すると考えるべきなのはどういう場合か』であり、同じ懲戒事由のものが2つ以上存在する場合に全く0になるというのはやはりおかしい話です。

懲戒請求の事由どころか文面まで一緒であるというのなら、実質的に一つの懲戒請求書と扱うことができます。こういう場合は単純比例は不適切でしょう。

3:私見、懲戒事由毎に損害は新たに発生するが、同種の懲戒事由の場合は2つ目以降の損害は漸減すると考えるべき

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※懲戒請求による弁護士の精神的ダメージのイメージグラフ

懲戒請求1件目の損害が1.0だとして、同じ内容の懲戒請求が960件なされた場合の損害が960だと言うのは素朴な感覚からしても違和感があります。

1件目の懲戒請求に対しては0から答弁書を書かなければならないし、事案の把握をして反論を考える負担がかかります。しかし、同じ内容の懲戒請求に対しては同じ反論や反証をすれば良いのだから、後の懲戒請求による弁護士の作業負担は必然的に減ります。

世間からの評価も、1度だけの場合と960件起こされているという場合とで違いはありますが、単に「懲戒請求を受けている」という事実は件数とは無関係に評価されるので、社会的信用が単純比例で減少するとは考えられず、精神的損害が単純比例するというのは実態にそぐわない。

懲戒請求手続に付される事での登録替え、登録取消し、転職の制限も、1件の場合と960件の場合とで全く変わらない。

よって、960件からの懲戒請求の損害が960だというのは成り立たない。 

この場合、2人目以降の損害は漸減し、損害は極限値0に無限に近づく(収束する)という計算方法を採れば良いのではないでしょうか? 

ただ、この見解だと、以下の問題があります。

  1. 懲戒事由が同種であるというのはどのような基準で判断するのか
  2. 「1人が複数件の請求」の事案なら良いが、「複数人が1件の請求」の場合には、自らが関知しない別の者の懲戒請求の有無によって損害額が減ったり増えたりするため不自然
  3. 裁判が個別に訴えられた場合には裁判所が「大量事案」と認識できない可能性がある
  4. 「他にも他人から同種の懲戒請求がある」という被告側の主張がまるで損害額減額のための抗弁のように機能する可能性はあるのか?
    ※共同不法行為を被告が抗弁として主張することが可能か?という話とは異なる。

問題点2,3からは「その懲戒請求が何度目か」を知ることができないと事実上使えない手法ということになると言えます。これに対する再反論もできそうですが、苦しいものになりそうです。

余命「大量」不当懲戒請求事案と類似の過去の裁判例

類似の事案から結論の妥当性を探り、ヒントを得ることは重要です。

これをしないで感覚的に良い・悪いを論じる人が多いですが、何らの物差しが無い状態での論述は説得力がありません。

1人が大量に懲戒請求を繰り返した事案

東京地裁 平成25年(ワ)第29832号 損害賠償請求事件 平成26年7月9日

この事案は1人の者が、平成25年9月16日付けから同年10月26日付けまでの合計37次(原告に対するものは34件)138件に及ぶ懲戒請求書を提出し、その他にもファックス送信を弁護士に対して執拗に行うなどの不法行為について精神的苦痛の慰謝料が請求された事案です。

懲戒請求の内容は次のようなものです。

本件懲戒請求は,原告のC及びDに対する送付文書中の文言等が被告の名誉又は信用を毀損すること,原告がCに対しBの株式を放棄するよう脅したこと成年後見人である原告にはBを解散し清算する権限がないにもかかわらず,原告が本件成年後見業務に及んでいること,本件成年後見業務は,成年後見制度を悪用して会社を乗っ取るものであり,原告が嘘を述べていること,被告,C及びDが,原告により,連日「生殺しの生き地獄」に置かれていることなどを申し立てるものである。

原告が認識する被告が懲戒理由として主張する事由も,そのほとんどが,原告について「成年後見制度を悪用して,Bを乗っ取ろうとしている」旨の内容だったものです。

損害額はその他の不法行為も含めて精神的苦痛に対する慰謝料として100万円が認定されました。これをどう考えるか。

34件の同種の懲戒請求+その他の不法行為があって100万円の認容ということは、懲戒請求のみの損害は多く見積もっても50万円でしょう。そして、懲戒請求の数毎に損害が新たに発生するという見解の場合は、これを34で割るということになり、1件あたり1万4000円程度の損害ということになります。

対して、懲戒事由毎に損害が新たに発生するという見解の場合は件数では割らないので、1事由あたりの損害は高くなることになります。 

再掲東京地裁平成28年(ワ)第1665号 平成28年11月15日 

1人の者からの懲戒請求が3回あり、事件処理の過程の行為が「地上げ屋である」「詐欺・横領である」という主張が懲戒請求者から行われました。また、懲戒請求のための弁護士の時間負担は概ね12時間でした。この訴訟の前にも懲戒請求138件がなされて100万円の損害が認定された事案、懲戒請求5件がなされて196万円余の損害が認定された事案がありました。

本件訴訟における賠償額は140万円と認定されました。

やはり、こうしてみると1人が複数回の懲戒請求を起こした場合(弁護士1人が原告で被告も1人)には、単純に懲戒請求の件数毎に損害が新たに発生するとは考えられていないようです。

多数のメディアが1人に不法行為をした事案:三浦和義氏の複数メディアに対する損害賠償請求額

こちらは懲戒請求ではなく民事訴訟ですが、「原告が1人で被告が多数」という状況は大量懲戒請求事案と同じです。三浦和義氏とは、いわゆる「ロス疑惑」事件において犯人ではないかとマスメディアに報じられた方で、報道が名誉毀損による不法行為であるとして本人訴訟で多数のメディアに不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した方です。

三浦和義氏が勝ち取った損害賠償額の合計は1億数千万円以上とも言われています。

しかし、三浦氏の場合は各事案によって損害の内容が異なる場合が多いと思われます。

三浦氏の提起した訴訟で私が確認できたのは以下です。

  1. 東京地方裁判所 平成4年(ワ)第1718号 損害賠償請求事件 平成5年5月25日⇒刑事被告人の容姿について表現した記事がプライバシー権侵害にあたるとされた事例:金一〇〇万円認容
  2. 東京地方裁判所 平成元年(ワ)第4925号 損害賠償請求事件 平成3年1月29日⇒保険金殺人の被疑者が取調べに対して弱気になっている旨の新聞記事が名誉毀損に当たるとして慰謝料請求が認められた事例:金一〇〇万円認容
  3. 東京地方裁判所 平成元年(ワ)第4775号 損害賠償等請求事件 平成2年12月20日⇒殺人罪で強制捜査下にある者につき、別の殺人を図っていたとの見出しを付したスポーツ新聞の記事が名誉毀損に当たるとして、慰謝料請求が認容された事例:金一〇〇万円認容
  4. 東京地方裁判所 平成元年(ワ)第13692号 損害賠償請求事件 平成2年3月26日⇒係属中の刑事事件に関する週刊誌上の論述が公正な論評に当たらず、被告人に対する不法行為となるとされた事例:金一〇〇万円認容
  5. 東京地方裁判所 昭和61年(ワ)第13561号 損害賠償等請求事件 平成2年3月14日⇒無修正の全裸写真の写真報道誌への掲載が人格的利益の侵害として、雑誌発行元・編集人・発行人に不法行為責任が認められた事例:金一〇〇万円認容

不思議なことに、不法行為の内容が各事案で全く異なるにも関わらず、損害額が全部100万円だということに気づきます。これはどう理解すれば良いでしょうか?確かに事業者に対する名誉毀損は100万円が上限とされていた時代もあり、それに合わせていたと理解することもできますが、全事案でぴったり同じ金額というのはやはりおかしいです。

これらは全ていわゆる「ロス疑惑」事件報道に関するものです。裁判所も全て東京地裁です。ということは、裁判所は「ロス疑惑」にまつわる名誉毀損の不法行為訴訟を社会的事実として1つのものを原因とする名誉毀損と捉えていたと言えないでしょうか?

三浦氏がロス疑惑に関して提訴した事件で、1つの事件で認容される金額を単純に訴訟提起した数だけを合計すると、非常に高額の賠償金額になるということを懸念したために、1件あたりの損害額を平準化したのではないでしょうか?

つまり、既に他の事案と共通する部分については三浦氏が受けた損害は評価されており、改めて損害を填補する必要はないと考えられていたのではないでしょうか?

例えば保守速報の事案では200万円が認定されました。

近年は名誉毀損・侮辱による損害賠償額が高騰しているという傾向があるとはいえ、保守速報の場合は一般人に対する「悪口」程度のものであり(人種差別的文言が賠償額の算定で考慮されたとはいえ)、事業者たる三浦氏の場合には犯罪者とされたり全裸写真まで掲載されているにもかかわらずそれよりも低額な金額であるということからは、上記のような平準化を行っているのではないかと疑問に思います。

仮にそうだとして、本件の場合にも同様の処理はするのでしょうか?

今回は1つのブログによる呼びかけがきっかけで懲戒請求が大量になったという事案ですが、懲戒請求の内容が同じものと、そうでないものが混在している例があります。三浦氏のケースとの平仄では、そのような懲戒請求も社会的事実として1つの現象から発生したと考えるということになるはずです。

もしもそう考えないとしても、実質的に同じ懲戒事由を主張していると思われる場合には、損害は全く別個のものとは考えられないのではないでしょうか?

三浦氏の事例は後述する争点である賠償額が過大になる、抑止効果が無い、という問題を捉える上で参考になると言えるでしょう。

懲戒請求者1人に対する請求額・和解額について

佐々木・北弁護士は過去の懲戒請求者に対する不法行為訴訟の事例から、比較的低額である60万円(弁護士1人に対して30万円)を請求しているとしています。

また、和解額も5万円から10万円を提示しています。

何等の面識のない一般人からの懲戒請求に対する不法行為訴訟

上記ブログで紹介されている東京地判平成22年9月8日は、何ら面識のない一般人から懲戒請求を受けたが、インターネット上の新聞記事が添付されたり、記事に手書きで悪口が書いてあったという事案です。こちらは単発の懲戒請求です。

「悪口」があったというのが余命大量懲戒請求事案とは異なりますが、認容された賠償額は150万円です。保守速報の200万円に近い金額であり、三浦氏の金額よりも高い水準です。

悪口があるという部分が賠償額の算定に寄与したとすれば、その分を差し引いた賠償額は100万円を下回るのではないかと思います。

一応、余命大量事案で訴訟を起こした弁護士は全員この金額を下回っています。

その他、懲戒請求に対する不法行為訴訟

広島高等裁判所 平成20年(ネ)第454号、平成20年(ネ)第505号 損害賠償請求控訴,同附帯控訴事件 平成21年7月2日 

こちらは橋下弁護士のTV番組での懲戒請求呼びかけ行為によって約600件の懲戒請求が為されたことが問題となりました。最高裁では賠償を認めてませんが、高裁では懲戒請求にかかる精神的損害として80万円の損害賠償額が認定されました。ちなみに広島地裁では200万円でした。

私見:弁護士会のマッチポンプではないか?

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過去記事でも乗せたこの図ですが、上記の裁判例は全てレッドゾーンにある「それなりの根拠のある懲戒請求」でした。だからこそ弁護士会としては懲戒請求として扱わざるを得ず、弁護士としても反論のために時間を割いて対応する必要があったので損害額が高くなったのだと言えます。

しかし、余命大量懲戒事案では、弁護士法58条の「その事由の説明を添えて」をみたしていないとみられるものや「主張自体失当」であるなどの「それなりの根拠すら無い」低レベルの「懲戒請求書と題する書面」が送られてきた事案です。いわば怪文書に過ぎないものを、わざわざ弁護士会が「懲戒請求があった」として扱い、弁護士に負担を負わせています。

これは濫用的懲戒請求を防止するために弁護士会が綱紀委員会を設けている趣旨に反する制度運用です。民事裁判では請求の特定がされないまま被告に訴状の副本を送達して手続を進めたような在り得ない状況であり、刑事裁判では犯罪行為の特定がなされないまま検察官が告発を受理して起訴したような在り得ない状況です。

そうした運用によって弁護士に生じた負担を損害賠償として見積もってい良いのでしょうか?猪野弁護士が指摘するように、全く反論などしなくても弁護士会は懲戒委員会にはかけないでしょう。

認容されるべき具体的な数字の言及は差し控えますが、訴訟提起を予定している弁護士らが主張する数十万円以上の請求金額は、高すぎるように思います。請求金額に連動して決められる和解金額も、高過ぎるということになります。

いずれの立場においても発生する不都合

960人からの請求(件ではない)の損害額の算定の考え方には、大きく分けて1人からの損害を単純合計する見解と(個別にみる見解)、弁護士が受けた損害を960人から受けた損害として見積もる見解(総体としてみる見解)があります。

過去に例のない事案のため、弁護士の間でも見解は分かれていますが、これらのいずれの立場をとっても不都合が生じます。

懲戒請求者全員の合計額が5億円を超え過大となることについて

単純に1人上がりの請求額を懲戒請求をした960人全員に対して要求すると、佐々木・北弁護士の場合、5億7600万円にも上ります。

同じく余命信者960人から懲戒請求を受けながら訴訟は提起しない猪野弁護士は、佐々木・北弁護士の主張する損害額は死亡慰謝料で10~15人に匹敵する額と言っています。

一般的な感覚としても、このような損害があったとは考えられません。

各懲戒請求者の負担が軽くなり将来の不法行為の抑止が働かなくなる懸念 

 

 

現在の不法行為損害賠償の考え方は「損害の填補」による被害者救済ですから、不法行為者への懲罰という観点は入ってません。

ただ、将来の不法行為の抑止という観点は、行為態様の悪質さを考慮している中で読み込まれていると言うことも可能ですから、この観点からの損害額の増加が考えられるかということも被害弁護士からは期待されています。

その他、損害額に影響する論点

後日別稿を書くかもしれない疑問点を軽く記述します。

判決確定後などに従前のものと同じ懲戒事由で懲戒請求された場合

これは別個の損害が発生したとしてよいのではないでしょうか。

いつの時点からそのように考えるのか?基準はどうするのか?という問題が発生しますが、それは訴訟提起の場合は口頭弁論終結時や訴訟提起以後などを基準時点にすればよろしい。

訴訟提起していなければ(或いは訴訟提起したかは無関係に考えるのであれば)、「相当期間」経過後とすれば良い。

ただ、これも「1人が複数回の懲戒請求をした」場合には妥当するかもしれませんが、「多数人が1回の懲戒請求をした」場合には、何らの意思連絡をしていない他人の懲戒請求のタイミングによって自己の懲戒請求による損害額が決定されるという話になってしまうのではないかという疑問があります。

共同不法行為は成立するか

 

共同不法行為とすると、960人からの懲戒請求は総体として扱われ『960人からの大量の不当な懲戒請求によって弁護士に精神的苦痛を与えた』ということが損害賠償の範囲となります。

その金銭的評価がどうなるかはともかく、認定された損害額を960人が連帯して賠償する義務を負うということになります。

これは弁護士にとっては「旨味」がないことになる可能性がありますので、弁護士からは共同不法行為の主張はなされないでしょう。

しかし、裁判所が訴訟指揮で共同不法行為の構成にさせるのか、職権で共同不法行為の構成を認定するということは在り得るのかということは問題になるかもしれません。

訴訟法上の論点について

審理の方法や訴訟指揮はどのようにするべきでしょうか?

今回は共同不法行為が主張されておらず、各人から別個に損害を受けたという法律構成ですから、弁護士としてはそれぞれ別事件として処理することも考えられます。

そうすると、裁判所としては処分権主義の要請があるので、1件1件の個別事案として見るのではないか?という懸念があります(多分それは無いだろうと思いますが)。

仮に弁護士が事件としては同一のものとした場合、被告らの出廷する期日は分けるのでしょうか?

それとも三浦氏の事案のように、別個の事案として960件を処理するとしつつ、損害額の評価において他の訴訟の損害評価を考慮して平準化する対応をするのか?

弁護士からの見立ては以下

 

 

 

まとめ:いずれかに決めるならば

大量懲戒事案の損害額の認定方法においては、懲戒請求者1人による1件の懲戒請求の損害額を個別に把握して認定するのか、それとも事案を総体として捉えて損害額を「現実の損害の填補」に見合うように認定するのか。それとも私見のような手法を取るのか。それとも三浦和義氏の事例にみる東京地裁のような処理をするのか。

損害額の考え方についての私見において示したような方法論は、実体法上も訴訟法上も問題が多く、現実的には採り得ない可能性が大きいです。

三浦氏の事例における裁判所の処理の仮説が当たっているとすればそれによることになるのでしょうが、そうでない場合には個別にみるか総体でみるかの2択になります。

いずれの見解が世の中のためになる、或いは「公平」な事案処理になるでしょうか?

総体として捉えるとすると、安易な懲戒請求の抑止にはなりません。懲戒請求者は「ムーブメント」があれば小さな負担ででいくらでも弁護士に攻撃できます。人数が多ければ多いほど、気に入らない者を安価に叩けるということになります。

他方、個別に把握すると弁護士が金銭的利益を過大に受けます。ただ、この場合はタダで利益を得るのではなく、訴訟を提起するという時間的金銭的負担を負って(金銭負担は一時的と言えるが、時間負担は絶対にある)得た利益であると言えるので、一応の正当性は肯定できます。そして、安易な懲戒請求の抑止にもなります。

したがって、損害額については個別に把握するべき、ということになるでしょう。

ただし、個別に把握するのですから「懲戒請求が大量」であることが損害額の根拠にはなりません。あくまで1件1件の「ダメージ」によって判断されるべきです。
(弁護士の各種対応も「大量だから」という理由を持ち出すのはよろしくないということになります。この点は別稿を書く予定です。)

そうすると、本件は「損害額の計算方法」の問題は争点ではなく、単に1件1件の損害額がどうなのか?という問題に帰着するのではないかと思います。 

以上