事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

脱退一時金受給者の一時帰国の実態と日本人労働者との違い:外国人の生活保護増加要因と自治体財政圧迫の懸念

問題の根は絡まっていそうです。

脱退一時金制度と高齢外国人の生活保護増加の懸念問題

平成6年=1994年に始まった脱退一時金制度。

本問題に関する第一弾の上掲記事やリンク先では、年金制度の中において、脱退一時金の支給を受けた外国人が再入国して永住者等の資格を得たが、老後に生活苦となって生活保護受給者となる実例や、そのおそれが生じる制度上の原因・問題について書いています。

もともとは相手国と社会保障協定を結ぶまでの間に例外的な対応として行われるものとして創設された制度でしたが、合法ではあるが制度趣旨に反した運用が問題となっています。

続編となる本稿では、脱退一時金を受給した外国人が一時帰国して再入国している実態と、日本人労働者との違いを具体的に紹介します。また、本問題を捉えるための追加的な情報も付記します。

政策資料漫画第二弾:脱退一時金受給者の一時帰国の実態と日本人労働者

本件に関して第二弾の政策資料漫画が描き下ろされました。

出典:https://samurai20.jp/2023/11/manga-pension-second-edition/

転職時に脱退一時金によるまとまった種銭があるのと無いのとでは、住居の確保や転職活動、スキル獲得の機会などに差が出てきてしまいます。

しかも、市民税の課税基準日に日本に住所がなかった場合には市民税は当該年度の収入にはかかってこないので、一時的ではありますが手取り額も日本人よりも高い状態、ということになります。

制度上そうなっているから仕方のない話ではありますが、実際に同じ境遇の両者を比べてしまうと不公平感を感じてしまうというのは人情ではないかと思われます。

なお、「ネカフェ難民」については厚労省と東京都とで比較不能なデータがあるため注意ですが、このうち外国人の割合はどれくらいなのでしょうか…

参考:「ネットカフェ難民の数は増えている」は嘘なのか

稲田朋美議員による「脱退一時金問題」代表質問と武見敬三厚労大臣の答弁

2023年10月24日の衆議院本会議において、自由民主党の稲田朋美議員が、岸田総理の所信表明演説に対して代表質問をし、その中で「脱退一時金問題」に触れ、厚生労働省の武見敬三大臣の答弁を引き出しています。

第212回臨時国会における稲田朋美幹事長代理 代表質問 | 政策 | ニュース | 自由民主党

稲田朋美

 政治は制度を作るだけでなく、それが現場でどう動いているか目配りし、不断に改善していくことも重要です。我が国の国際化が進展する中で、これまで日本人を前提とした昭和の時代からの制度が外国人に適用される際に弊害が顕在化する場合があります。

 その例として、年金の脱退一時金制度があります。日本人は年金制度から脱退することはできません。ところが、外国人が帰国する場合には年金制度から脱退し、一時金を受給できます。永住者資格がある外国人が年金脱退一時金を受給して帰国し、その後再入国して収入が少ないという理由で生活保護を受給することも現在の制度運営上可能となっています。

 脱退一時金制度をはじめ、在留資格制度や社会保障制度の運用のはざまで生じている課題について実態把握をすすめ、国民が納得できる制度に向けて改善を図るべきと考えますが、厚労大臣のご見解をお伺いします。

厚生労働大臣 武見敬三

 稲田朋美議員のご質問にお答えをいたします。

 年金の脱退一時金についてお尋ねがありました。ご指摘の制度の運用のはざまで生じる課題について関係省庁とも連携しつつ、実態把握等を進めて、必要な改善を図ることは重要と考えております。

 脱退一時金は外国の方々に特有の事情を踏まえて例外的に設けられている制度でございます。厚生労働省としては、必要な実態把握を行いながら、政府内における在留資格に関する議論の状況等も踏まえ、次期年金制度改革改正に向けて必要な検討を行ってまいります。

この代表質問と答弁が出てきた背景、答弁の意味については元全国市長会副会長、相談役の谷畑英吾氏の記事が詳しいです。一部を引用します。

外国人の年金脱退一時金問題について|👴黄門市長 谷畑英吾

その危機の元は出入国在留管理という国の事務から始まり、国民年金制度という法定受託事務を経て、最終的には生活保護という法定受託事務に結実します。自治体には裁量の余地がないのです。

 それなのに、自治体に裁量の余地のない制度に則って増加する可能性の高い財政負担は、このまま放っておけば必ず自治体財政に深刻な危機をもたらす規模になるのです。

 なぜこのような事態に陥っているかというと、外国人の出入国管理と在留管理は法務省出入国在留管理庁が、年金制度は厚生労働省年金局が、生活保護は同省社会・援護局がそれぞれ縦割りで所管しているからでした。

 そこで小坪議員は稲田代議士に事情を説明、事態を重く見た稲田代議士は厚生労働省、出入国在留管理庁からそれぞれ事情を聴き、状況について報告を受けました。

生活保護受給外国人の国民年金保険料免除・支払猶予の申請の取扱いの通知

漫画のこのシーンについて補足的に。

このような場合、国民年金保険料の免除や納付猶予の申請をすることで一定の措置を受けることは可能です。外国人も同じ制度下にあります

生活保護受給者に関しては、法定の免除事由として定められています(c.f. 国民年金法89条:参考:日本年金機構

が、外国人は生活保護法上の受給権が無いので、法定免除事由は非該当です。

ただ、現時点では生活苦の外国人全般に関して、行政措置としての生活保護を受けることは妨げられていない状況なので、申請による免除を認めるよう、厚労省から通達が出ています。これにより、生活に困窮する外国人に対して申請を勧奨する事務も発生していることがわかります。

○「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について」(通知)に基づく保護を受けている外国人の国民年金保険料免除の申請の取扱いについて (平成25年3月18日

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb9391&dataType=1&pageNo=1

脱退一時金の支給を受けた外国人が、再入国して老後に国民年金保険料の納付免除・猶予を、というケースがどれほどあるのかわかりませんが、仮にそういう例があるとすれば、種銭を予め得ておきながらさらに国や自治体の財政を圧迫させるというのは、釈然としないものがあります。

出国前でも脱退一時金の請求が可能、周知されてる実態:出国確認は?

日本年金機構 Q脱退一時金の請求手続きを出国前に行うことはできますか。https://www.nenkin.go.jp/faq/jukyu/sonota-kyufu/dattai-ichiji/2020042805.html

出国前に請求手続きを行うことは可能です。その場合、お住まいの市区町村に住民票の転出届を提出いただいた上で、転出届に記載された転出(予定)日以降に、脱退一時金請求書および必要な添付書類が日本年金機構等に到着するよう郵送してください。

この説明に疑問を感じる方もいると思います。

日本年金機構 脱退一時金の制度

日本国籍を有しない方が、国民年金、厚生年金保険(共済組合等を含む)の被保険者(組合員等)資格を喪失して日本を出国した場合日本に住所を有しなくなった日から2年以内に脱退一時金を請求することができます

日本を出国した場合に請求できる制度だと書いていながら、出国前に手続可能と。

確かに手続の便宜としてはそのようにすることが合理的です。

ただ、それって追跡できているのでしょうか?

外国人脱退一時金事務処理要領(H10年3月 社会保険業務センター)という資料がネットに上がってますが、基礎年金番号照会をしているようです。今ならマイナンバーで可能なんでしょうか?

脱退一時金を請求しながら出国しないで引き続き在留して就労する、という問題と、脱退一時金を請求するために一時帰国して再入国する、という問題は別ですが、いずれも本来、制度の枠外の話です。

ちなみに、ネット上では「脱退一時金の支給を受けるための途中帰国」について堂々と指南するサイトなどがあります。労働者の利益を図るための合法的な活動ですが、明らかに制度趣旨に反しています。

例:脱退一時金のための途中帰国には要注意【建設業特定技能】note

外国人の生活保護増加要因と自治体財政圧迫の懸念と改善案

外国人の生活保護受給世帯数全体は広い時間軸で見て増えていますが、特別永住者の割合は横ばいかむしろ減っていると言われており(国籍別統計の推移からか)、それ以外の外国籍の者の生活保護受給が増えていくと予想されています。
※政府統計の総合窓口で「被保護者調査」で検索
※新型コロナ禍以降は全体も減少したとみられるがこの傾向が続くのかどうか

脱退一時金の裁定件数は平成20年~29年の10年間は約61万件、平成24年~令和3年の10年間で約72万件となっている、ということは第一弾の記事で紹介しました。

  • 厚労省の脱退一時金制度の運用の問題
  • 政府・自治体の財源問題(財務省及び全国の市区町村)
  • 入管の外国人の出入国在留管理の問題
  • 法務省の永住者資格の認定審査の問題

究極的には、自治体の財政圧迫、という形で顕在化するものです。

そのためにインフラ整備の予算が削られたりすることが予想されます。

ここで論じている問題は、たとえば以下の方法で一定の抑止力となると考えられます。

  • 脱退一時金の支給を受けた者の、一定のビザでの再入国を禁止する
  • 脱退一時金の支給を受けた者については永住者等の在留資格の認定の審査の際に他の財産等を加味しつつもマイナス方向に考慮する
  • 永住者の在留資格者は脱退一時金の請求ができないようにする
  • 永住者の在留資格者で脱退一時金の支給を受けていた者で生活保護申請をすることとなったような場合、永住者等の在留資格の剥奪をする
  • 生活保護の受給要件について、外国人に関しては基本的には範囲外とし、一定の範囲の外国人のみ対象とする(イギリス等の制度例がある

他、データの紐づけ・参照を容易にすることで改善できるものがあるはずです。

問題があることを指摘するだけで誰か人や組織を叩くのではなく、制度改善に繋げるために政府側には動いていただきたいと願っています。

その他、社会保障協定の関係で外務省も関係してくるのかもしれません。

中国との間に関しては、既に社会保障協定が発効したようです。

日・中社会保障協定の効力発生|外務省令和元年9月2日

1 9月1日,「社会保障に関する日本国政府と中華人民共和国政府との間の協定(日・中社会保障協定)」(平成30年5月9日署名)が発効しました。

2 これまで,日中両国の企業等からそれぞれ相手国に一時的に派遣される被用者(企業駐在員等)等には,日中両国で年金制度への加入が義務づけられているため,年金保険料の二重払いの問題が生じていました。この協定は,この問題を解決することを目的としており,この協定の規定により,派遣期間が5年以内の一時派遣被用者は,原則として,派遣元国の年金制度にのみ加入することとなります

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