事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

日本軍慰安婦は現代国際法上でも債務奴隷ではない

文玉珠の預金:慰安婦と性奴隷・債務奴隷

慰安婦の標準実態を知るべき。

慰安婦は現代国際法上でも債務奴隷ではない

過去記事では終戦時までの国際法上、慰安婦は奴隷ではないということを書きましたが、今回は1926年奴隷条約の補足条約*1において新設された「債務奴隷」でもないことについてまとめます。

本来は当時の国際法ではどう評価されるべきだったのか?を論ずれば足りる話ですが、「1957年の補足条約が出来た理由は、それ以前の国際慣習を明文化したものであり、債務奴隷も戦前から違法だった。そのため、慰安婦は違法な債務奴隷だった。」というような主張が見られるからです。*2

奴隷制,奴隷貿易,奴隷制に類似する制度及び慣行の廃止に関する補足条約

奴隷条約の補足条約(奴隷制、奴隷貿易、奴隷制に類似する制度及び慣行の廃止に関する補足条約)では、奴隷制度に類似する制度と慣行として、「奴隷制度」の定義には当てはまらないが禁止対象とするものとして「債務奴隷」等が追加されています。

SECTION I. - INSTITUTIONS AND PRACTICES SIMILAR TO SLAVERY

Article 1 

~省略~

(a) Debt bondage, that is to say, the status or condition arising from a pledge by a debtor of his personal services or of those of a person under his control as security for a debt, if the value of those services as reasonably assessed is not applied towards the liquidation of the debt or the length and nature of those services are not respectively limited and defined;

(a) 債務奴隷、すなわち、債務者が債務の担保として自己の個人的な役務またはその支配下にある者の役務を質入れすることから生じる地位または状態であって、それらの役務の合理的に評価された価値債務の清算に充当されない場合、またはそれらの役務の期間および性質がそれぞれ制限および定義されていない場合

いわゆるクマラスワミ報告書(の付属文書Ⅰ)やマクドゥーガル報告書(におけるAppendixや、アップデート版の報告書)の中で日本軍慰安婦について「性奴隷」などと評されていますが、普通に検討すると慰安婦は戦前国際法上の奴隷や戦後の「債務奴隷」等には当たりません。

しかし、相当数の慰安婦が、期待されたものと異なる就業環境であったり、親に売られた状況であったという例があったため、そのような者が「債務奴隷」に当たるのか?という問題はあります。

ただし、そのような経緯で慰安所に就業するようになった者と混同されやすいのが私娼や公娼の多くの実態であった【芸娼妓契約】なので次項で少し触れます。

マーク・ラムザイヤー教授と芸娼妓契約の論文と慰安所の慰安婦の違い

芸娼妓契約 -性産業における「信じられるコミットメント (credible commitments)」 : HUSCAP

第 2に、本稿はそのような芸娼妓契約についての最も一般的な仮説を検討する。すなわち、抱主がこれらの契約をしたのは、契約期間を超えて娼婦を売春宿に縛りつけておくように契約を操作することができたからであるという仮説である(その根拠とされるのは、簡単にいえば、抱主は年期奉公人を債務奴隷に転換することができたということである)。しかし、この仮説を支持する証拠は見当たらない。むしろ、多くの娼婦は、契約期間の終了よりも相当前に、前借金を完済し、廃業している。芸娼妓奉公は過酷な職業ではあったが、女性がそれに従事するのはわずか数年だったので、ある。

たしかに、抱主の中には契約期間を操作する者がいたであろうことは疑いないし、娼婦のサーピスを買う客がいるうちはずっとその娼婦を売春宿に縛り続ける抱主がいたであろうことも疑いない 。しかし、産業全体の記録をみると、そうではなくて、抱主が娼婦を売春宿に縛り続けたケースは例外であることが分かるのである。

芸娼妓契約とは、女性と業者との間の酌婦稼働契約と、女性の親と業者との間の金銭消費貸借契約がセットになっており、女性が当該借金の返済義務を負う形となり、酌婦稼働によって返済されるという構成でした。

公娼や私娼に多かった芸娼妓契約は民法上は民法90条の公序良俗違反で無効という扱いですが、事実としての契約行為自体が無かった事にはなりません(法的な評価とは異なる次元の話)。酌婦稼働契約の当事者として意思ある人間として扱われていました。*3

明治5年10月9日司法省達第22号=【娼妓藝妓ニ係ル貸借其他人身賣買ニ類スル所業ノ處分】や【明治5年10月2日太政官布告第295号=人身賣買ヲ禁シ諸奉公人年限ヲ定メ藝娼妓ヲ解放シ之ニ付テノ貸借訴訟ハ取上ケス】によって、当時から芸娼妓契約は不法なものとされていましたが、そうではないところの酌婦稼働契約自体や年季奉公それ自体は禁止されていませんでした。

マーク・ラムザイヤー教授による芸娼妓契約に関する論文では、芸娼妓契約の当事者である女性が「債務奴隷」であるとする主張について否定しています。

その根拠として、芸娼妓契約では契約期間が設定されており、さらには契約期間終了前に借金を完済して廃業している例が多いことを示しています。

日本軍慰安婦の募集形態が芸娼妓契約ということではありません。酌婦と民間施設管理者のニ者間の契約です。しかし、中には周旋業者が違法な形態で酌婦を得るために親から売られたも同然の者も居たり、慰安婦は私娼や公娼の立場に居た酌婦がその境遇を抱えたまま軍慰安婦に就業していたことなどにより、しばしば混同されます。ただ、実態として芸娼妓契約のようなものが存在していた可能性については留保します。そういう例があったとしても、制度としてそういう形態だったわけではありません。

慰安婦に関するいわゆる「ラムザイヤー論文」でも以下述べています。*4

Contracting for sex in the Pacific War - ScienceDirect

 Although the comfort stations hired their prostitutes on contracts that resembled those used by the Japanese licensed brothels on some dimensions, the differences were important. To leave the countryside for work at a Tokyo brothel, a woman wanted some confidence that she would earn wages high enough to offset the risks and harshness of the job, and the hit to her reputation. To leave for a brothel on the military front, she incurred different vastly greater risks. Most obviously, she faced all the dangers of war -- whether fighting, bombing, or the rampant disease on the front. 

 慰安所は日本の公娼の契約といくつかの面で似た契約で娼婦を雇用したが、相違点が重要である。自分の故郷を離れて東京で働くため、女性は危険と仕事の厳しさと傷ついた名誉を相殺するだけの収入が得られると確信したいと思うだろう。前線の慰安所に行くためには、彼女は違った種類の遥かに大きなリスクを背負わねばならなかった。もっとも明らかなのは、戦闘であれ、爆撃であれ、前線での伝染病の流行であれ、あらゆる戦争にともなう危険と直面したことだ。

特に朝鮮半島からの朝鮮人慰安婦の供給に関しては、朝鮮人の周旋業者が暗躍していたという実態が指摘されています。*5

Contracting for sex in the Pacific War - ScienceDirect

2. Korea. -- Korea had a problem distinct from any in Japan. It had a large corps of professional labor recruiters, and those recruiters had a history of deceptive tactics. In 1935, Korean police records counted 247 Japanese and 2,720 Korean recruiters. To be sure, these men and women (and they included both men and women) recruited workers for factories as well as brothels (Nihon, 1994: 51; Yamashita, 2006: 675). But throughout the prewar decades, newspapers reported recruiter fraud related to the sex industry.

2.朝鮮 朝鮮は日本とは違った問題を抱えていた。それは、職業的周旋業者の一団で、彼らは長年騙しのテクニックを用いてきた。1935年の警察の記録では日本人が247人、朝鮮人が2720人検挙された。たしかにこれらの男性たちと女性たち(女性も男性もいた)は工員も募集したが娼婦も募集した(日本、1994:51:山下、2006:675)。しかし戦前の数十年間、新聞は性産業に関係する詐欺事件を報道していた。

 Note, however, what this problem was not. It was not that the government -- either the Korean or the Japanese government -- forced women into prostitution. It was not that the Japanese army worked with fraudulent recruiters. It was not even that recruiters focused on the army's comfort stations. Instead, the problem involved domestic Korean recruiters who had been tricking young women into working at brothels for decades.

 何の問題であったのかを確認しよう。政府ー朝鮮総督府であれ日本政府であれーが女性たちを売春所に無理やり入れたという問題ではなかった。日本軍が詐欺師の周旋業者と組んでいたという問題でもなかった。周旋業者が日本軍の慰安所をお得意様にしていたという問題でもなかった。問題は、朝鮮半島内の朝鮮人周旋業者が何十年にもわたって若い女性を騙して売春所に売り飛ばしていたことだった。 

日本軍慰安所での慰安婦の契約内容と報酬:文玉珠の例等

米国戦争情報局の心理戦作戦班日本人捕虜尋問報告書

では、日本軍慰安所ではどうだったか?規則では内地からの「醜業」目的の渡航は既に性産業に居た者のみを対象にしていました。戦闘地域に前線に配置されるため、契約条件は危険性を反映したものになり、前渡金が支払われていました。
※これは私娼や公娼で見られた芸娼妓契約での前借金とは別物。親の借金の肩代わりではない。

自ら署名した契約により」という実態があったことが、【米国戦争情報局の心理戦作戦班日本人捕虜尋問報告書】でも確認できます。

慰安婦の報酬は前渡金の返済に充てられた他、時期と場所によっては数%が慰安婦個人の預金口座に預金されることとなっていました。*6この辺りの実態は、各地の慰安所によって細部が異なっています。

慰安婦の報酬は「役務の合理的に評価された価値」か?

参考としていくつかの例が確認できるものとして、例えば以下の指摘があります。

「慰安婦」はみな合意契約していた (WAC BUNKO 346) [新書] 有馬 哲夫

3・3契約の価値

 こういう短いけれども危険を孕む仕事に対し、慰安所は、東京の売春宿に比べてもずっと高額の年俸を支払った。典型的な例では、2年契約で数百円の前渡し金を支払った。

 1937年に上海の慰安所にリクルートされた日本人女性の契約書のひな型では、500円から1000円の前渡し金を与えることになっていた(内務省、1938)。1938年の内務省の文書は、上海の慰安所に行く日本人女性が平均600円ないし700円の前渡し金をもらったと報告している。そのうちの1人は前渡し金700~800円で、他の2人は300~500円だった(内務省、1938)。

 これがどういうことか考えてみたい。かなり大きなリスクが伴うのだから、慰安婦はかなり高額の報酬を得ていた。朝鮮や日本の国内の娼婦の場合でも、他の仕事よりはかなり高い収入を得ていた。日本国内の娼婦が、6年間の年季で、1000~1200円を稼いでいたことを思い出していただきたい。慰安所では日本人の慰安婦は2年間の年季で600~700円を手に入れていたのである。

朝鮮人慰安婦はどうだったのか?

ムン・オクジュ(文玉珠)氏の回想録では以下書かれています。*7

「慰安婦」はみな合意契約していた (WAC BUNKO 346) [新書] 有馬 哲夫

 「私はチップから得たお金の相当額を預金した。私は軍人がみんな、給料を戦地の郵便局の預金口座に貯金しているのを知った。そこで、わたくしも 預金口座に自分のお金を預けることにした。私はある兵士に、私の印鑑を作ってくれと頼み、500円を預け入れた。」

さらに具体的な待遇について、例えば反日種族主義/李榮薫では以下書かれています。

反日種族主義/李榮薫

 資料写真は、日本のゆうちょ銀行貯金事務センターが今でも保管している文玉珠の軍事郵便貯金原簿の調書です。それによると、文玉珠は一九四三年八月から貯金し始めました。推測ですが、その前は、前借金を償還するため、お金を貯めることが難しかったようです。貯金は、一九四五年九月が最後となっており、総額は二万六五五一円でした。貯金以外にも文玉珠は、大邱にいる母親に五〇〇〇円を送金しました。ラングーンでは、外出をしてワニ革の鞄、緑色の高級レインコート、ダイヤモンドなどを買ったりしました。とにかく文玉珠は、懸命に相当の額のお金を稼ぎました。人気のある、能力のある慰安婦だったからです。

 文玉珠と、共に大邱からビルマに働きに出た同僚五人は、一九四四年夏、帰国の途に就きました。ビルマに来てからすでに二年、前借金も償還し、契約期間も満了した状態でした。それで、帰ろうとしたら、六人全員に旅行許可が出たのです。

文玉珠の預金:慰安婦と性奴隷・債務奴隷

元慰安婦・文玉珠の軍事郵便貯金問題再考 李昇燁

外出して物品を購入していたということは、報酬が全て強制的に借金の返済に充てられて実質的には無報酬状態が継続していた、ということではないことを意味します。

文玉珠氏のこの貯金額に対しては「インフレ説」なる俗論がありますが、次項の通り破綻しています。

文玉珠の郵便貯金に関する吉見義明「インフレ説」の破綻

佛教大学 歴史学部論集 第12号(2022年 3 月)

元慰安婦・文玉珠の軍事郵便貯金問題再考 李昇燁

3.「インフレ説」の検討
(1)野戦郵便貯金に入金されている通貨
吉見は、「ビルマで貯めた二万数千円は、その一二〇〇分の一、つまり二〇円程度の価値しかなかったです」と述べている。そもそも外貨軍票と日本円の為替は固定レートだったので、ビルマの 1 ルピーは、日本の 1 円に交換できるものである。その上、文玉珠の軍事郵便貯金原簿に記載された金額は、もはやルピー軍票ではなく日本円建なので、国内で引き落とす際に金額が変わることはあり得ない

南方でのハイパーインフレ自体は紛れもない事実であるが、それがそのまま軍人・軍属の収入や生活に影響を及ぼしたわけではない。堀和生の指摘通り、「日本軍の内部経済」と「軍外の現地経済」が分離されていたため、基本的な衣食住が軍によって保証され、俸給として受け取ったルピー軍票と同額の日本円に貯金・送金ができる軍人・軍属はハイパーインフレの直撃を受けずに済むことができた。

 ただし、その両者に跨っている慰安所(業者および慰安婦)は、軍を相手として得られる収入金額は伸びない反面、現地社会で生活物資を調達しなければならなかったため、インフレが進めば進むほど、生活費の圧迫に直面せざるを得なかった。要するに現地のインフレは、慰安所営業においては支出の拡大による利益減の要因として作用したわけで、「日本人捕虜尋問報告第49号」に記録されている慰安婦の高収入が、実は高い物価により相殺されたという解釈は妥当性を持つ。

 しかし、文玉珠の郵便貯金通帳に入金された金額は問題が異なる。現在手に持っている現金(軍票)ではなく、既に生活費などの経費を差し引いた後の利益に値するからである。言い換えれば、ハイパーインフレ状況で額面上莫大な生活費を支出しながらも、巨額の貯金ができたとしか言いようがない

 外村大の表現を借りると文玉珠の軍事郵便貯金記録は、吉見をはじめとする一群の研究者には「都合の悪い史料」であったろう。問題はこれをどう処理するかである。少なくとも無視しなかったことは評価すべきであるが、研究としてしっかり取り上げられたとは言い難い。おそらくは、この史料を武器にして迫ってくる攻撃を躱すための論理を案出することが第一の課題となったであったろう。その結果、当時の軍票制度や軍事郵便貯金、軍事郵便振替などに関する基本的な理解を欠如、もしくは無視したまま、安易にインフレを論拠に対応しようとし、終には奇怪な論理を作り出すことに至ったのである。

文玉珠の郵便貯金に関する吉見義明「インフレ説」については最初から破綻しているので、大して相手にされてこなかったが、このように相手にする論文では詳細に論駁されています。

「債務に充当されない・役務の期間や性質が制限及び未定義」ではない

米国戦争情報局の心理戦作戦班日本人捕虜尋問報告書

次に「債務の清算に充当されない場合」について。

あまり債務に充当されずにずっと働かせられるから奴隷なのであって、適切に充当されるなら単なる返済です。「宿舎の寮費などが天引きされていた」といった主張は、実際に慰安婦が概ね2年で返済完了していることからは意味を持ちません。

慰安所の経営者が慰安婦の売上の半分を受領していたというのは、そうしなければ慰安所の経営者が無給になるからで当然でしょう。慰安所経営は許可制であり、別途軍や政府から慰安所経営者に対して報酬が支払われていたという事実は見つかりません。現代でも例えば弁護士事務所のアソシエイトの個人事件の売上高に対する事務所への一定割合の納付が似たようなものと言えます。

そして「役務の期間および性質がそれぞれ制限および定義されていない場合」について、慰安婦としての酌婦稼働契約はその内容が明確であり、何をさせられるかわからないということでもないため「役務の性質が定義されていない場合」でもありません。契約期間も示されていたためにこれにも当たりません。

「債務があることから(内容不確定な)何らかの労働を強制される」ことと「酌婦稼働契約に際して現地の危険を考慮された前渡金としての債務を負い、酌婦稼働によって返済していく取り決めをすること」は、まったく異なる実態です。

クマラスワミ報告書、自由権規約委員会の総括所見への日本政府の反論

慰安婦に関するクマラスワミ報告書に対する日本政府の反論文、口上書

WEB上で確認できる日本政府の反論について。

1996年当時のクマラスワミ報告書の付属文書Ⅰに対しては、法的な問題に対する反論としてこのように指摘していました。*8

 The Special rapporteur's legal arguments, which the Government of Japan carefully studied, are not well founded in international law. The Government of Japan has serious reservation on major parts of her legal arguments.

 As regards the issues of reparetions and/or settlement of claims for the damage and suffering caused during the war, including the issue of"comfort women," Japan has sincerely fulfilled its obligations according to the San Francisco Peace Treaty, bilateral teraties and other relevant international agreements, and therefore, the issues have been finalluy and completely settled between Japan and the Parties to the above mentioned agreements. As for the obligation to pay compensation to individuals, it is the established rule that an individual cannot ve a subject of rights or duties in international law unless his or her right is expressly provided in a treaty and the procedure for exercising the right is guaranteed under international law as well. Despite the Special Rapportur's quotations, instruments such as the Universal Declararion of Human Rights, and the International Covenants on Human Rights have notiong to do with an individual's right to claim compensation under international law.

要するに、請求権の解決に関する問題については、サンフランシスコ平和条約、二国間条約及びその他の関連する国際協定に従って、その義務を誠実に履行しており、日本と協定締約国との間で最終的かつ完全に解決されており、特別報告者(ラディカ・クマラスワミ氏のこと)の言う世界人権宣言や国際人権規約といった文書は、国際法上の個人の賠償請求権とはまったく関係がない、ということを言っています。

この事は後の訴訟でも裁判所が判示しています。*9

この文書の前に詳細な反論文が関係国に提出されており、そこではより踏み込んだ反論が為されていたのですが、深慮の上で撤回されています。

結局、クマラスワミ報告書マクドゥーガル報告書は、報告書が公用語で印刷配布された以外は、報告書内で行われた勧告が国連の人権小委員会・人権委員会・経済社会理事会では扱われず、大して重視されずに終わりました。

2014年の自由権規約委員会の総括所見告(CCPR/C/JPN/6)に対する日本政府の反論では、明示的に当時の国際法に照らして奴隷制ではないと反論しています。*10

委員会勧告パラ14に対する回答-慰安婦問題

~省略~

30.最後に,そもそも,自由権規約は,日本が同規約を締結(1979年)する以前に生じた問題に対して遡って適用されないため,慰安婦問題を同規約の実施状況の報告において取り上げることは適切でないというのが日本政府の基本的な考え方である。また,同規約委員会の総括所見にある「性的奴隷」との表現については,日本政府として,1926年の奴隷条約の奴隷の定義について検討したが,当時の国際法上,奴隷条約第一条に規定された「奴隷制度」の定義に鑑みても,慰安婦制度を「奴隷制度」とすることは不適切であると考える。

他の「債務奴隷」定義にも当たらず:「現代の奴隷制」の新展開

アメリカの人身取引対策に関する法整備の現状
―外交政策等の取組を中心に―

国立国会図書館 調査及び立法考査局
海外立法情報課 中川 かおり

第 78 章 人身取引被害者の保護
第 7101 条 目的及び事実認定 (54) (略)
第 7102 条 定義

~省略~

(7) 債務奴隷 「債務奴隷」とは、合理的に見積もった役務の価値が、債務の清算に充てられていない場合又は役務の期間及び性質がそれぞれに限定されておらず、かつ、明確に定められていない場合に、債務の担保として、彼若しくは彼女の役務又は彼若しくは彼女の監督下にある者の役務に関する債務者の約束から生ずる当該者の状態又は状況をいう。 

2021年時点でのアメリカの外交政策等に関連する人身取引対策規定における債務奴隷の定義も、1956年奴隷条約補足条約とほぼ同じですから、標準的な制度上の日本軍慰安婦はこれに当たりません。

また、英国の2015年現代奴隷法における「奴隷および隷属」「強制労働」「人身売買」にも当たりません。*11

繰り返しますが、違法行為を働くブローカーたちによって、期待されたものと異なる状況下に置かれた慰安婦が居たことは確かであり、そうした者にとっての待遇をどう呼ぶかは別問題です。そうした者らと日本軍慰安婦の制度上の募集形態は別ですし、私娼や公娼の芸娼妓契約の境遇を引きずった状態で慰安婦となった者がいたとしても、それらの事例とも異なります。

日本軍が管理していた慰安所で稼働する酌婦がそのような状況にあった例に気づかなかったことや時にはそうした事例に間接的に関与していたことは、道徳的問題として扱うべきものであり、現に日本はアジア女性基金を通じた対応を行ってきました。

近年では労働統計に関して「現代の奴隷制」として「債務奴隷」という言葉が用いられることがあり、そこでの定義はどうも現時点での条約上の債務奴隷の定義よりも遥かに広範な対象となっているようです。それが今後の国際法上の債務奴隷・奴隷の対象であるとされることと相成ったとしても、それは慰安婦に対する当時の、そして現在の国際法上の評価には何ら影響を与えません。

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*1:Supplementary Convention on the Abolition of Slavery, the Slave Trade, and Institutions and Practices Similar to Slavery, 226 U.N.T.S. 3, entered into force April 30, 1957.

*2:たとえばこれら⇒https://archive.md/U7j6shttps://archive.md/FBSJGhttps://archive.md/QKFjR、「ほぼ全員が債務奴隷状態」などとする認識。

*3:ここの記述は、「奴隷」は所有権の客体、つまりは物扱いされていたこと、そのような扱いの人身売買との対比のため。

*4:和訳は【「慰安婦」はみな合意契約していた】から引用

*5:当時は朝鮮半島は日本国に併合されて朝鮮民族でも「日本人」だが、便宜的に日本人と朝鮮人とを使い分けている。

*6:1943年の英領マレーの慰安所に関する軍規則より

*7:文の引用は【「慰安婦」はみな合意契約していた】におけるラムザイヤー論文の和訳文から

*8:https://www.awf.or.jp/pdf/h0002.pdf

*9:東京高等裁判所判決平成12年11月30日平成11年(ネ)第5333号

>また、クマラスワミ報告書は、<証拠略>によれば、被控訴人に対して従軍慰安婦の措置が国際法上の義務に違反したことの承認とその違反の法的責任を受諾することなどを勧告したものであり、大韓民国、日本国を訪問するなどして関係者から事情聴取をしたうえで、旧日本軍により設置された慰安所における従軍慰安婦が軍事的性奴隷であるとし、ファン・ボーベン報告書の見解を引用し、同報告書が提言した原則に従い、被害者個人に対する賠償がされるべきことを勧告するものであると認められるから、クマラスワミ報告書によっても、控訴人が従軍慰安婦に従事していた当時、右勧告と同様の個人に対する国の損害賠償責任を認める一般的国際慣習法が成立していたと認定することができない

*10:https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000101437.pdf

*11:英国現代奴隷法の強化と「現代奴隷」 - BUSINESS LAWYERS