事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

日本語訳:防弾少年団(BTS)所属事務所が原爆Tシャツとナチス帽で「謝罪」

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原爆Tシャツ着用とナチスファッションをしたことについて、ユダヤ系団体の"SimonWiesenthalCntr”(サイモン・ウィーゼンタールセンター)が非難していました。

この組織の影響力がどれくらいかというと、高須クリニックの高須克弥院長が米国の学会から除名された原因がウィーゼンタールセンターにおける高須院長に対する非難だったというくらいのものです。

これを受けて先日、防弾少年団(BTS)の所属事務所"Big Hit Entertainment"が「謝罪文」を掲載しました。

しかし、これは日本では「真摯な謝罪」とはみなされないでしょう。

何やら「BTSが謝罪したからもういいでしょう」という空気がマスメディア界隈で見られますが、勘違いもいいところです。

関連する情報をまとめます。

防弾少年団(BTS)公式の日本語での「謝罪文」ソース

日本ファンクラブのページで所属事務所"Big Hit Entertainment"の声明があります。

魚拓:http://archive.is/D6ELb

魚拓:http://archive.is/PPbuC

ツイッターではハングル、フェイスブックでは英語、日本語訳も掲載されています。

所属事務所"Big Hit Entertainment"の文章

最近、BTSに提起された問題に対するBig Hit Entertainmentの立場

Big Hitは、原爆のイメージの入った衣装の着用に関連し、上記に明らかにしたように一切の意図はなく、衣装自体が原爆被害者の方を傷つける目的で製作されたものではないことが確認されたにも関わらず、当社が事前に十分な監修ができず、当社のアーティストが着用するに至ったことにより、原爆被害者の方を意図せずとも傷つけ得ることになった点はもちろん、原爆のイメージを連想させる当社アーティストの姿によって不快な思いを感じ得た点について心よりお詫び申し上げます。

ちょっと日本語がおかしい点は置いといても、謝罪の内容が的外れですね。

「原爆のイメージを連想させたこと」ではなく「原爆投下という民間人虐殺を悦ぶかのような表現」が問題でしょう。

「連想」ではなく、もろに原爆の写真を用いてるんですよ。

まるで「Tシャツを見た側」の方の受け止めの問題であるかのように話をすり替えてるということですよ。

いったい、どこの国が「自分の国の領土とは無関係の土地の出来事で」「自分の国が行ったことではない事で」「民間人大虐殺をした原爆投下」が独立を導いたとして喜ぶのでしょうか?

「原爆による独立」を悦んでいるそのこと自体が問題です。

原爆Tシャツとナチス帽、ハーケンクロイツへの態度

Big Hit Entertainmentは、さらに続いて以下述べます

しかし、上記の事案に対する責任はアーティストの所属事務所として細部にわたる支援ができなかったBig Hitにあり、当社所属のアーティストは、数々の日程と現場の状況等を考慮するに、上記の事案の責任において関連がない点を明らかにいたします。

社会的事実としてBTSメンバーが意図していたかは不明です。

事務所としてアーティストを守る姿勢なんでしょう。

しかし、【アーティストはどう考えているのか?

ここが重要であって、通常の日本社会においてはこんなものは「謝罪が済んだ」とはみなされないでしょう。

http://archive.is/FTfId

大リーグ投手の謝罪事例。

これは私的な活動領域での話であるにもかかわらず、大会を主催する読売新聞グループも公式に謝罪しています。

BTS公式の考え方であれば、読売新聞グループは謝罪する必要はないということになります。

しかし、これが日本社会の常識です。

「BTSのメンバーは無関係です」なんていうものは通用しません。

東京ドームでのBTSの「謝罪」

BTS沈黙破る「ご心配を」原爆Tシャツ騒動言及 - 韓国エンタメ : 日刊スポーツ

「このような状況になってアーミー(ファンの総称)の皆さんだけでなく、全世界の多くの皆さんが驚かれ、ご心配されたと思います。僕たちは、これからも会える機会がたくさんあると信じています」。

これはファンに向けたものでしかありません。

これでもってBTSが謝罪した、などというのは意味不明でしょう。

韓国政府が文化勲章を授与決定

これは原爆Tシャツやナチスファッションが問題視された後にBTSが謝罪する前のタイミングで決定されたものですから、明らかに韓国政府が「正当化」しようとしていますね。

日韓「併合」と日本統治

日本は日清戦争で勝利し、その後の交渉において朝鮮の独立を清国に認めさせました。

その結果、大韓帝国が誕生しました。

ソウル市内の「独立門」は、このとき「清からの独立」を記念して建てられました。

その後、日本は大韓帝国の真の独立を促していましたが、独立派の伊藤博文が勘違いをした安重根に暗殺されました。

もはや朝鮮の自律的統治は不可能と見た大韓帝国の皇帝と日本政府が調印を交わして合法的に「併合」しました。

当時の国際社会からも承認を得ています。

6億本の植樹をし、鉄道網を敷き、農地開拓をして人口を二倍にして平均寿命を24歳から42歳にした。

形式においても実質においても「不法な植民地支配」ではありませんでした。

この歴史を歪曲しながら日本を貶め、さらには人類全体が忌避している民間人虐殺を悦ぶような行動を、あのような文面・態度のみで許していいのでしょうか?

以上

日本国紀で百田尚樹の「男系」理解が誤っている?天皇の万世一系について

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百田尚樹著の日本国紀において

「天皇の皇統の理解が間違っている!」

という指摘があるので確認しましょう。

日本国紀のコラムにおける万世一系(男系)の記述

日本国紀 33頁 コラム

ここで「万世一系」ということについて、簡単に説明しよう。

日本の天皇は二代目の綏靖天皇から第百二十五代の今上陛下まですべて、初代神武天皇の男系子孫である。男系とは、父、祖父、曾祖父と、男親を辿っていけば、祖先に神武天皇がいるという血筋を持っていることをいう。

日本では開闢以来、一度たりとも男系ではない天皇は即位していない。ここで理解してもらいたいのは、女系天皇と女性天皇は同じではないということだ。日本には過去八人(十代)の女性の天皇がいたが、全員が男系である。つまり父親が天皇である。

※追記:4刷からは「父親を辿れば必ず天皇に行き着く」と修正されました。

「男系とは、父、祖父、曾祖父と、男親を辿っていけば、祖先に神武天皇がいるという血筋を持っていることをいう。」

コラムの冒頭に、正しい男系の定義がきちんと書かれています。

ですから、「日本国紀の百田説では男系の理解は誤っている」というのは誤りです。

批判者の中には、ワザとこの部分を載せていない者が居ます。

問題は最後の部分です。

「つまり父親が天皇である」の部分が誤り

最後の部分は、歴代の女性天皇が男系であることの理由として「つまり父親が天皇である」と書かれています。

この部分は、明確に誤りです。

こちらの記事で皇統図を載せているのであらためて説明します。

日本国紀の監修者の1人、谷田川惣の説明

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魚拓:http://archive.is/3c27W

上図は「天皇は男系で続いてきたか」という理解で最も問題になる時代の皇統図です。

出典元は皇統は万世一系である谷田川惣 著ですが、皇統譜は他にも書いてある書籍がいくらでもあるので、それ自体は間違いないものです。谷田川さんの皇統譜の醍醐味は、世代数を記していることで各天皇が在位した時代の関係が分かりやすいという点が一つ挙げられます。

さて、女性天皇である第35代皇極天皇(第37代斉明天皇)を見ていただきたい。

父親は「茅淳王」となっています。

これは、父親の茅淳王は天皇に即位していないということを意味します。

また、岡宮天皇は没後の諡号であり、実際に天皇に即位したものではありません。

ただ、その祖先を辿って行くと男系なので、皇極天皇は男系天皇である、となります。

同様のことは第44代元正天皇にもあてはまります。

今上陛下の直系である光格天皇も、天皇に即位していない慶光天皇の直系です。

天皇に即位した者の事実の把握ミスか、叙述ミスか

このように、百田尚樹氏がコラムの中で正しい男系の理解を冒頭に示している一方で、歴代の女性天皇が男系であることの理由として「つまり父親は天皇である」と書いているのは、事実と異なるということになります。

これは、「天皇に即位した者は誰であるか」の事実の把握ミスなのか?

単なる「叙述のミス」なのか?

それとも「父方」とあるべきところを「父親」と印刷してしまったのか?

どうかは分かりませんが、この部分は改版時に削除されるのではないでしょうか?

それとも、この記述でも問題ないという説明がなされるのでしょうか?

ただし、少なくとも「百田説では現皇室は万世一系ではない」というのは違います。正しい男系理解が示されているのですから。

いわゆる「筆が走った」状況であると思われるので、修正するべきだと思います。

※追記:4刷からは「父親を辿れば必ず天皇に行き着く」と修正されました。

追記:「監修者」について

 

谷田川さんの発言からは、世の中一般の「監修者」としての役回りであったのかは判然としません。むしろサポート的な役回りであったと仰っています。

それに、日本国紀の記述を再度確認したところ、「監修にあたっては」と書かれており、谷田川さんが世の中一般の「監修者」という役回りであると断定したものなのかはよくわからないものでした。

ですので、この点について「谷田川氏の責任」をどうこう言うつもりはありません。

以上

韓非と法治主義:韓非子についての書籍の種類・選び方とおすすめ本

韓非子:法治主義

韓非子を読んでみよう!」

私はこう思い至ってネット購入した本を読んだことがあったのですが、思っていたのと違うもので、外れもいいところでした。

実は「韓非子」の名称を冠する書籍には様々な種類のものがあります。

中身を見てみないとどういう構成のものか分かりません。

単に訳者が違うとか訳された時代が違うということ以上にバリエーションが豊富です。

そこで、世の中にある「韓非子本」の性質を分析したので参考になればと思います。

「韓非子」とは

韓非子とは、チャイナの戦国時代(紀元前280年くらいから233年まで)の法家である韓非という人物が書いた著書のことを指します。

韓非」自身のことを指して韓非子ということもあります。

全55篇から成っており、一つ一つの編に主題名が書かれています。


定法 第四十三篇
説疑 第四十四篇
詭使 第四十五篇

一つの篇の中身は複数の項から成っており、一つの項がひとかたまりの内容について論じている構成になっています。


定法

問者曰、申不害、公孫鞅、此二家之言、孰急於国、応之曰、是不可程也、人不食十日則死、大寒之隆、不衣亦死……

実は、韓非子自身が書いたと推測されている篇は数種類しかなく、他は韓非子の弟子や他流派の共感者による追記が行われているのではないかと言われています。

ただ、ここではあまり深入りはしません。

原文を読むことはほとんどの日本人にとっては不可能なので、日本語訳がされた書籍を読むことになります。

韓非子本の種類と選び方

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私がみたところ、世の中の「韓非子本」は、大雑把に以下のように分類できます。

  1. 韓非子の原文とその訳に徹した書籍
    ⇒オーソドックスなものですが、最も外れの無い書籍です。
  2. 韓非子の原文の一部を掻い摘んで適示し、独自の解釈を加える書籍
    ⇒独自解釈に新鮮さを感じることもありますが、1番の書籍を読んで韓非子の文章の大枠を理解していないと、「迷子」になることもあります。また、解釈に違和感を覚えることもしばしばあります。私が最初にネット注文したのはこの種類の書籍でした。
  3. ある主題を設定し、それに関係する複数篇にまたがっている箇所を引用し、場合によっては他の時代の思想家との比較をすることで韓非子の思想を深く理解しようとする書籍
    ⇒大学の講義を受けているのに近い感覚になります。
  4. 韓非子に顕れているエッセンスを日常生活やビジネスの分野に応用して理解する書籍
    ⇒最近はこういう本が多く出版されています。網羅性は犠牲になっています。
  5. 韓非子の思想を概略的に示した入門書

それぞれ一長一短がありますが、「おそらく1番のオーソドックスな韓非子本を読んでいることを前提としているのではないか?」と思われる書籍もあります。

基本は1番の韓非子の原文と訳に徹した書籍を読むべきでしょう。

ただ、その種類の書籍の文章は「堅い」ものであるのと、和訳文のみでもちょっとした小説1冊分の文量があるので、とっつきにくいという場合もあると思います。

そういうときは、4番の韓非子のエッセンスを紹介している書籍や5番の入門書から手を付けるといいかもしれません。

韓非子についての書籍の種類、つくり

最初に、オーソドックスな書籍について説明します。

1:漢文、2:書き下し文、3:注、4:和訳文

このような構成がスタンダードですが、韓非子の原文を載せているものとそうでない書籍があります。

書き下し文」も載せているものとそうでない書籍があります。

さきほど紹介した韓非子の一節の書き下し文の例は以下です。

書き下し文の例
定法(法を定む)

問う者曰く、「申不害・公孫鞅(しんふがい・こうそんおう)、此の二家の言(にかのげん)、孰れか(いずれか)国に急なる」と。之(これ)に応えて曰く、「是れ(これ)程る(はかる)べからざるなり。人食らわざること十日なれば則ち死す。大寒の隆(さかん)なるに、衣ざれば(きざれば)亦(また)死す。

一 申不害__前四世紀中期の法術家。韓の昭侯に仕え、君主の術を説いた。…二 公孫鞅__前四世紀中期の法家。秦の孝公に仕え、法の権威を立てて国力を強めた。商に封ぜられて商鞅、商君ともいう(『史記』商君伝)。三 課する__課は試の意。

読み仮名をつけているところがほとんどだと思います。

書き下し文は、著者によって差が出ることがありません。

ですから、読者が自分なりの解釈を働かせる余地があります。

そこに魅力を持っている者は、書き下し文のついている書籍を探すといいでしょう。

注の説明があることで、固有名詞なのかどうかや漢字の表す意味、時代背景や人間関係が分かり、韓非子の内容の理解の助けになります。

上記の和訳の例を示すと以下になります。

定法

質問者がたずねた、「申不害と公孫鞅と、この二人の意見はどちらが国家にとって重要であろうか」。それに答えて言う、「これは比べることができない。人は十日も食べないでいると死んでしまうが、大寒の盛りに着物を着ないでいるとやはり死んでしまう。…

和訳文の内容は、訳注を書いた人の個性が出ます。

丁寧な書籍は巻末に語句索引がついています。

1:漢文、2:書き下し文、3:注、4:和訳文、5:索引

この構成が揃っているもので最もおすすめするのは【韓非子 金谷治訳注 岩波文庫】です。上記の書き下し文、注、和訳文はこの書籍から引用しています。

金谷氏の訳注本は、第一冊~第四冊まであります。
※索引は第四冊にしか無いので注意してください。

なお、韓非子〈上〉 (中公文庫)町田三郎訳注もオーソドックスな構成のものとして有名ですが、こちらは漢文の原文がありません。また、索引もありません。

単に内容を理解するだけなら原文は不要だと思いますが、該当箇所を指し示す必要がある場合には不適です。よって、私は「金谷本」をおすすめしています。

韓非子について独自の解釈を加える書籍

これはもう千差万別の構成があるので類型的な特徴について詳しくは書きません。

ただ、私が最初に読んだのは失敗したなと思う書籍について説明します。

私が買ったのは【韓非子 乱世の君主論 安能務 文春文庫】です。

この書籍の酷いところは、この本がどういう目的でどういう構成のものであるかが一切書いておらず、いきなり韓非子の一節を抜き出して解説のようなものをはじめ、それが上下巻全編を通して続く、というものです。
少なくとも、最初に手にする韓非子本としては、最もおすすめできません。

『今自分は、韓非子のどの部分の言説について言及しているものを読んでいるのか?それは韓非子が言った言葉なのか?原文の和訳なのか?それとも著者のアクロバティックック解釈に過ぎないのか?』

このような「迷子」にならないように気を付けましょう。

ただ、安能務氏の視点から理解した『通常見る事の無い韓非子解釈』に新鮮さを覚える方もいらっしゃるかもしれません。

一例を上げるとすると、下巻の最終節(私が読んだもので329頁)には、こう書いてあります

抱法処勢治
法を抱いて体制に処すれば、国は治まる
王も法を守らなければならない。法は王の上にある。

「法は王の上にある」と韓非子が考えていたということは、韓非子の原文の理解からはかなり外れています(ある意味ではその通りであると言えるのですが)。

しかし、この解釈を取っていると思われるのが春秋戦国時代を舞台にした名作漫画「キングダム」です。

 

「キングダム」では 45巻から中華統一後の法治国家建設の理念が語られます。

その後、「李斯」に法の真髄を問う場面があります。

そこにおいて韓非子の名も出てきますが、キングダム世界における秦王(後の始皇帝)である嬴政の「法」についての理解は「法は王の上にある」であり、まさに安能務解釈と通ずるものがあります。

おそらく原泰久先生は安能本を読んだことがあるのかもしれませんね。

今後、韓非子との問答が行われ、法治国家・法治主義について深く言及されるのかもしれません。

韓非子の法治主義・君主論を深く理解しようとする書籍

韓非子を分析する視点は多岐に渡ると思います。

私が興味のある、「法治主義」という観点から、最も優れた解説を行っていると思うのは、冨谷至の韓非子―不信と打算の現実主義 (中公新書)です。

韓非子 不信と打算の現実主義 冨谷至 著 中公新書 Ⅲ 刑と徳

韓非が言う法とは、国家的制裁、行為規範の性格を有した実定法、成文法規を意味する。そしてそれを保障し効果あらしめるために賞罰を設けるのである。

…「法」に限ってみると、それは明らかに条文化された成文法規であり、法を制定するのは人民でもなければ、神でもなく、君主であり、主権者が下す命令が法にほかならない

これらは韓非子の各篇の和訳ではなく、複数の篇にまたがった韓非子の文言から、韓非子の法治主義の性質について説明している文章です。

冨谷氏の分析によると、韓非子の考えていた「法」ないし「法治主義」の性質は以下のようになるでしょう。

  1. 荀子の性悪説を前提とした世界観、人間の理性を信じず、本能的打算を人の性と見る
  2. 韓非子の法治主義は自然法を観念しない法実証主義
  3. 法は君主による統治のための道具
  4. 法は、凡人の君主であっても統治を行うことができるようにするためのものである
  5. 法文による事前抑制ではなく、刑罰による威嚇をもって予防する
    ⇒実定法、成文法でもって法を記述させるという思想であるにもかかわらず、罪刑法定主義の思想はみられない
  6. 集団としての民を扱っており、個人としての民を見ていないため、応報刑論は観念していない。一般予防のみを目的としている。

冨谷氏の書籍は原文はありませんが、1:和訳された文章とその原文が存在する篇の表示、2:解説、3:他の思想家の著述の引用と解説、という構成です。

2001年の京都大学法学部の授業を元にして作った著作であるだけに、アカデミックな内容が含まれているものの、一般的な読み物としても非常に理解しやすいものになっていると思います。

韓非子の唱えた法治主義とは如何なるものなのか、近現代に現れた法治主義とはどう異なるのかを理解するのに最適な一冊です。

韓非子のエッセンスをビジネス等に応用する書籍

「韓非子は社長がよく読んでいるにもかかわらず、あまり口外されない」と言われているようです。

韓非子の内容自体が君主が国を治めるのに必要な心構えや方法論を説いていることから、会社の社長が学ぶべき内容があるというのは確かです。

しかし、それにとどまらず、会社の従業員にとってもわが身を守るために必要な処世術が説かれている、と解釈する著者がいます。

ですから、韓非子のエッセンスをビジネス等に応用する書籍の中にも2種類あります。

組織サバイバルの教科書 守屋淳 著は、会社従業員目線で書かれた書籍だと思います。

主題ごとに韓非子の一節を引用していきます。ところどころで古代中国の他の思想家との問答形式が挿入されているのも新鮮です。

 

韓非子に学ぶリーダー哲学 竹内 良雄, 川崎 享 (著)は、どちらかといえばマネジメントをする層に向けたものでしょう。

主題ごとに韓非子の一節をあてて内容を補強していきます。

全部で100項目

ページ下部に英訳がついているのが特徴的です。

韓非子の思想を概略的に示した入門書

韓非子の思想は現代の視点から見ると異質なものに映ります。

また、他の思想との違いがよくわからない場合があります。

これは図解で韓非子の思想の概念を表してくれるので、整理がしやすいと思います。

「マンガ孫氏・韓非子の思想」は、最もとっつきやすい読み物ではないでしょうか?

1995年出版ながら、Amazonで度々カテゴリ1位を獲得しています。

この記事執筆時点でカテゴリ2位でした。

孫氏の思想についても理解できますね。

子どもが読む本としてもいいと思います。

まとめ:おすすめは「金谷本」

最初に選ぶ韓非子本として、或いは他の書籍を読んだ後に立ち返るものとして、やはり金谷本が優れていると思います。

世の中の韓非子理解の通説でもあるともいえ、「外れのない理解」ができるからです。

とはいえ、自分のそのときの興味によって、他の書籍にあたってみるのも、面白いのでやってみるといいとおもいます。

以上

検索結果に表示されない原因と解決方法:新タイプのGoogle Search Console機能

検索結果に表示されない原因と解決方法

この記事は以下の方が対象です。

  1. 旧タイプのGoogle Search ConsoleFetch as Googleでページのクロールリクエストをしている
  2. にもかかわらず、タイトル全文検索をしても検索結果に表示されない

この場合に行うべき行動について、私が体験した例を紹介します。

どうやら「クロール済み、インデックス未登録」というステータスがあるので、そのあたりについて調べました。

新タイプのGoogle Search Consoleで対象範囲確認

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新タイプのGoogle Search Console画面で、左側に「インデックス」という項目があるので、それを開くと「対象範囲」と「サイトマップ」という項目が出現します。

そこから「対象範囲」を押したときの画面が上記画像です。

この画像の中央に「有効402」「除外387」とありますので、「除外」の項目をクリックします。

Google Search Console対象範囲除外

ここで、インデックスから除外されたページとその原因が記載されています。

この画面の中で問題となるページが見つかれば、それぞれの原因の「型」に合わせた対処方法を行えばいいでしょう。

まずは、この中に検索結果に表示されないページが無いか確認しましょう。

私の場合、はてなブログを使っているのですが、ここで「除外」に該当しているものの99.9%が「カテゴリページ」や「ampページ」、「削除済みページ」、あとは自分で作成してもいない何かよくわからない「archiveページ」でした。

ひとまずそれらは忘れて、この記事で問題にする「クロール済み、インデックス未登録」の画面を確認してみます。

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私の場合、通常の記事ページは一つしかありませんでした。

しかも、そのURL:https://www.jijitsu.net/entry/mainichi-takahashikisya-sankenbunritsuは、普通に検索結果に反映されています。

このURLは、私が解決したい「タイトル全文検索をしても検索結果に反映されないページ」ではありませんでした。

コンソールのステータス表記は、実態と乖離している場合が多々あるということがわかります。

その場合、次に示す操作を行うといいです。

新タイプのコンソールのURL検査

インデックス登録されましたが、サイトマップに送信していません

画面左側に「URL検査」という項目があるのでそれをクリックします。

画面上部の検索窓に自動的にカーソルが行くので、そこで問題となっているURLを入力します。

すると、「URLがGoogleに登録されていません」と出ました。

URLがGoogleに登録されていません

そして対象範囲の項で「クロール済み、インデックス未登録」という状態であることもわかります。
「対象範囲」の「除外」の「クロール済み、インデックス未登録」には載っていなかったのに…不思議です

とりあえず、この状態になっているのが悪いのだな、ということは分かりました。

「クロール済み、インデックス未登録」を解消する方法

ちょっとこの画面では見切れてしまっていますが、右上に「公開URLをテスト」というボタンがあるので(或いは再度URL検査をして画面遷移する)、それを押してみます。

1~2分待つと、「URLはGoogleに登録できます」と表示されました。

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この表示の中に「インデックス登録をリクエスト」というボタンがあるので、そこからリクエストします。

すると……

f:id:Nathannate:20181111100306j:plain

URLはGoogleに登録されています」に変化しました。

ただし、対象範囲の項では「インデックス登録されましたが、サイトマップに登録されていません」となっています。

このURLのタイトル全文を検索窓に入れても、やはり検索結果に表示されませんでした。

「インデックス登録されましたが、サイトマップに登録されていません」の解消には?

実は、もう一つの別のURLも同時期に検索結果に表示されておらず、コンソールの同じページで同じ表示になっていました。

インデックス登録されましたが、サイトマップに登録されていません

しかし、このURLはインデックス登録をリクエストしたら、次の瞬間には検索結果に表示されるようになりました。にもかかわらず「インデックス登録されましたが、サイトマップに登録していません」という表記は変わっていません。

謎です。

ただ、【旧コンソールでクロールリクエストしても検索結果に表示されなかったページが、新コンソール上でインデックス登録をリクエストしたら検索結果に表示された】という一例ではあります。

問題のないURLは「送信して登録されました」となる

送信して登録されました

これまたさらに別のURLでURL検査をしたものですが、こちらは「送信して登録されました」と表示されています。

検索結果も、問題なく表示されていました。

これが本来の正常な状態であるということが分かります。

それにしても、なぜインデックスリクエストをしても検索結果に表示されないものがあるのでしょうか?

考えられる原因

一般的に考えられる原因を箇条書きにすると以下です

  1. 不十分なコンテンツ
  2. コピーコンテンツ
  3. 何らかの違反のページ
  4. 何らかの違反ではないが問題となる画像や文言が含まれている
  5. 単純にインデックスされるまでに時間がかかってる

心当たりとしてあるのは、今でも検索結果に表示されないページは、随時更新していく予定だったために、最初にブログ記事をUPしたときには文字数が500字未満だったということです。

つまり、最初に「不十分なコンテンツ」と評価されてしまった可能性があり、その評価を覆すために時間がかかっているのではないか?という仮説を立てています。

現在、当該ページは2500文字程度になっていますから、「不十分なコンテンツ」と評価されることはないはずなのですが…

当然、違反の可能性のある内容でもなくコピーコンテンツでもないので、不思議です。

※ところが

この記事を書いている途中に、問題となっていたページも検索結果に反映されるようになりました。

単純にインデックスまでの時間がかかっていただけの問題なのか、時間がかかっていた事に対して最初は不十分なコンテンツだったことが影響したのかは定かではありませんが、とにかく解決しました。

その他、技術的な問題が生じていると思われる場合には以下のページを見ると良いのではないかと思います。

余談:この記事のインデックス

検出ーインデックス未登録

これまでの話は、Fetch as Googleでクロールリクエストをしてから数時間が経ったURLが対象でした。

では、この記事をUPしてFetch as Googleでクロールリクエストしてから数分のうちに新コンソールで状態を見たらどうなるのか?と思って調べたら、上記画像のようになりました。

対象範囲の項に「検出ーインデックス未登録」という状態が表示されました。

ここからわかることは、ステータスは以下の順序で変化していくのだろうということです。

  1. 検出ーインデックス未登録
  2. クロール済み、インデックス未登録
  3. インデックス登録されましたが、サイトマップに登録されていません
  4. 送信して登録されました

これも時間の問題だろうと思います。

まとめ:とりあえず新コンソールでインデックスリクエストすること

  1. 新コンソールでインデックス「除外」のステータスになっていないかチェック
  2. URL検査をしてインデックスリクエスト登録
  3. その他、サイトが不十分なコンテンツ等に当たらないように適宜修正する
  4. 時間経過にまかせる(1日くらい)
  5. コンソールのステータス表記は、実態と乖離している場合が多々ある

どんなワードでも検索結果に表示されないページがあったら、新コンソールでインデックスリクエストすることで、大体の問題が解決できるような気がします。

それでも検索結果に表示されないということであれば、他に根本的な問題があるのでしょう。

以上

百田尚樹の新刊「日本国紀」に参考文献が載っていない件について

百田尚樹氏の新刊「日本国紀」について。

「参考文献が載っていない!」という声があります。

それについてどう考えればいいでしょうか?

百田尚樹の日本国紀に参考文献が載っていない件

まぁ、そうですよね。

書店で学校の教科書等を見てみればいいですよ。

参考文献、書いてないから。 

書いていたとしても、全てが載っているわけではありません。

一時代についてのみ記述した書籍においても、『主要参考文献』という形で巻末に掲載されているものを見たことがある人が多いはずです。

そのような膨大な参考文献を載せようとしたら、文字をいくら小さくしても数十ページに及ぶでしょう。

もちろん、世の歴史本も真の意味で「参考にした文献が無い」ということではありません。

リストとして「載せていない」というだけに過ぎません。

山川日本史教科書の参考文献はどうなっているか

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https://www.yamakawa.co.jp/statics/textbook_files/text_sample/nia311.pdf

それでは、有名な山川出版の日本史の教科書等ではどうなっているでしょうか?

日本史A 改訂版 日A311の説明を読むと以下のような説明があります。

史料引用は,できるだけ必要な部分にとどめたが,その際も前略・後略は特別には記さなかった。また,読みやすく書き改めたところもある。

このように、主要参考文献としても掲載していません。

これは「山川が悪い」というものではなく、そういうものであるということです。

これは「日本史B」や「現代の日本史」においても同様です。

また、「日本史」という教科書よりも堅そうなものには「付録」として参考文献リストが掲載されています。ただ、この中身については確認できていません。

なお、「もういちど読む山川日本史」シリーズを実際に見てみましたが、参考文献はありませんでした。

日本史の書籍の多くは参考文献が無い

百田尚樹、日本国紀、参考文献がない

左から。山川は既述。

  • テーマ別だから理解が深まる日本史⇒巻末に主要参考文献2~30程度
  • 漫画で分かる日本史⇒なし
  • いっきに学び直す日本史⇒なし
  • 早わかり日本史⇒記憶があいまいだが文献は無かったはず。
  • 日本史のミカタ⇒巻末に主要参考文献として15程度

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  • 0から学ぶ「日本史」講義古代編⇒巻末に7,80程度のリストがあるが、たとえば日本書紀や古事記についてはそのものが参考文献ではなく、掻い摘んだ解説書が参考文献となっている。
  • 日本国史⇒東北大学名誉教授の田中英道教授が執筆したものだが、参考文献はなし。

他にも天皇の歴史のみに注力した書籍など、主題の範囲が限定されているものや、時代が限定されているにもかかわらず参考文献が無いものはたくさんありました。

参考文献を学術論文のように掲載しているのは、たとえば以下のようなものです。

学者ではない作家の百田氏が書いた日本国紀は500ページであると言われていましたから、参考文献ガチガチの学術論文みたいなものは、普通は期待できないでしょう。

「新事実」 がなければ意味がないのか?

日本国紀批判の多くは中身の話ではなく形式的な側面のものが多いです。

その一つが「これまでの教科書等で既に書かれていた内容と同じものがあるだけで、新事実は無い」というもの。

それがあれば歴史学会で表彰ものでしょう。

そんな教科書はありますか?という話。

歴史は事実と事実を繋ぎ合わせて、そこにどういう意味があるのかを探るものです。

無味乾燥な事実のみの羅列では意味を成しません。

そういう歴史本というのは、これまでも無かったハズです。

なぜ百田尚樹氏にだけそれを求めるのか、不思議でたまりません。

百田氏が何度も言っているように、日本国紀は、これまでの歴史教科書等が、読者が日本国に誇りを持てるようになることができない構成になっているため、誇りを持てるようなものが必要だとして執筆したものです。

ですから、同じ事実を取り上げていたとしても評価が異なるのは当たり前です。

同様の事は、歴史関係の書籍では当たり前に発生することです。

例えば私は今現在、「韓非子」を読み進めていますが、何百種類もの韓非子本が出ているにせよ「新事実」があるということはありません。著者や訳注者の「解釈」の妙味が作品として楽しめるものになっています。

これを「新事実がなければ意味が無い」と言ったならば、韓非子が2000年以上前に書いた原文以外に価値を認めないということになります。

それはおかしいということは明らかです。

まとめ:参考文献を希望するなら別を当たればいい

  1. 日本史を書いた書籍は、教科書も含め参考文献を載せているものは少ない
  2. 参考文献を載せているものでも、主要なものしか載せていない
  3. 全ての参考文献を載せている書籍となると「大作」しかない
  4. 「新事実」を期待するのはお門違い

これまで世の中に断片的に存在していた、日本国を誇ることができるような歴史的事実をまとめることや、通史の文脈の中で焦点が当たってこなかった事実、発見・研究はされていたが大きく取り上げられることの無かった事実、何度も言及されていた事実について別視点から評価を加えた解釈…etc

歴史に関する書籍の価値はそれぞれです。

日本国紀は、他の歴史本と異なる視点から日本通史を見つめた点が魅力であるはずです。

形式的な点をあげつらった非難に釣られるのではなく、中身の評価をしていくべきでしょう。

以上

元朝日新聞植村隆の慰安婦捏造記事裁判:櫻井よしこ氏の全面勝訴と植村裁判を支える市民の会の発狂ぶり

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平成30年(2018年)11月9日、元朝日新聞記者慰安婦報道に関わった植村隆氏が、記事を「造」と書かれ名誉を傷つけられたとして、ジャーナリストの櫻井よしこ氏と原稿を掲載した出版社3社(新潮社、ダイヤモンド社、ワック)を提訴した事件の判決がありました。

結果は、原告の植村の全面敗訴です。ザマァみろ。

概要をまとめます。

裁判所の認定と櫻井氏の意見陳述は必読です。

※追記:西岡氏への訴訟でも植村敗訴となりました
植村隆の従軍慰安婦捏造記事:西岡力・文春への訴訟も敗訴

札幌地裁は植村の記事を「事実と異なる本件記事」と認定

植村隆、慰安婦捏造記事裁判

https://sasaerukai.blogspot.com/2018/11/blog-post_89.html?spref=tw

上記は「植村裁判を支える市民の会」のウェブページに掲載された判決要旨の一部です。魚拓はこちら。

発端となったのは、原告の植村隆が朝日新聞社の記者として「従軍慰安婦」に関する記事を執筆して平成 3 年 8 月 1 1 日の朝日新聞に掲載した記事(「思い出すと今も涙 韓国の団体聞き取り」というタイトルの記事です。

これについて、裁判所が『事実と異なる』旨を認定しています。

この訴訟の争点は、植村が敢えてこの記事を訂正せず放置していたために、櫻井氏が「植村は記事を捏造した」と言及したことが名誉毀損になるかどうかです。

前提となる植村の「従軍慰安婦の記事」の内容については、「事実と異なる」というのは確定しているということです。

櫻井よしこ氏の記事が問題視された

被告の櫻井氏は、 ワック社が発行する雑誌「W i L L 」2014年4月号、新潮社が発行する「週刊新潮」、ダイヤモンド社が発行する「週刊ダイヤモンド」に、植村の記事について「捏造とみられてもしかたがない」旨の論評をした論文を寄稿しました。

これが植村にとって気に食わなかったのでしょう、訴訟の対象となりました。

【慰安婦をめぐる損賠訴訟】櫻井よしこ氏記者会見要旨(1)(1/4ページ) - 産経ニュース

「櫻井よしこの捏造!」の意味

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産経新聞2018年6月4日朝刊

ネット上では植村擁護派が「櫻井の記事が捏造だ!」と指摘しているものがあります。

実態は、櫻井氏の論文において金学順が日本政府を相手どり訴えた訴訟に触れた際、実際は訴状にないことを、訴状からの引用として紹介した、ということでした。

櫻井氏は裁判で、論文の該当部分の誤りを認めて訂正しました。

これだけです。

植村隆の行為について、何ら影響を与えませんね。

これを強調して「不当判決だ!」と騒ぎ立てているのは、印象操作に過ぎません。

櫻井氏の意見陳述は日本人必見

【慰安婦をめぐる損賠訴訟】「植村氏の記事への評価、変えない」 櫻井氏の意見陳述の主な内容 - 産経ニュース

この意見陳述は、植村が如何にずさんな取材で事実と異なった記事を書き、それを意図的に放置してきたのかが端的にまとめられています。

また、それとは別に、以下の内容は注目に値します。

今日、この法廷に立って、感慨深いものがあります。私はかつて「慰安婦は強制連行ではない」と発言して糾弾されました。20年ほど前の私の発言は、今になってみれば真実であると多くの人々が納得しています。しかし、当時はすさまじい攻撃の嵐にさらされました。仕事場には無数のファクスが、紙がなくなるまで送りつけられました。抗議のはがきも、仕事ができなくなるほどの抗議の電話もありました。当時ネットはありませんでしたが、ネットがあれば、炎上していたかもしれません。

 その無数の抗議の中でひと際目立っていたのが北海道発のものでした。主として北海道教職員組合の方々から、ほぼ同じ文言の抗議が、多数届いたのです。

北海道教職員組合から無数の抗議があった。

こういう人間が子どもの教育をしているという現実に恐怖を覚えます。

植村裁判を支える市民の会の発狂ぶり

植村裁判を支える市民の会

植村氏支援を通じて市民が示したことは、二つに集約される。一つは市民の健全な良識だ。日本軍は戦時中、朝鮮などの女性たちを慰安婦にして繰り返し凌辱する、非人道的な行為を行った。この歴史的事実を直視し、日本がまずなすべきことは被害者に届く謝罪ではないか、という人間としての良識に立つ正義感である。歴史的事実をゆがめようとする櫻井よしこ氏らの歴史修正主義が、実際は誤った事実認識にもとづくものであることを市民は明確に認識し、「ノー」をつきつけていたのだ。歴史教科書から慰安婦記述を除外し、「あるものをなかったこと」にしようとする昨今の流れに対する憤りが渦巻いていた。

いま一つは、民主主義への希求である。正確な事実の報道と、それに基づいた人々の健全な判断があってこそ民主主義はよりよく機能する。事実を伝えてきた報道を…

省略

裁判所が「事実と異なる」 と認定しているのに、「事実を伝えてきた報道を…」と言う発狂ぶり。

こういう人間が日本人の名誉を貶めてきたということですね。

植村裁判を支える市民の会共同代表と代理人弁護士

市民の会に記載のある名前は以下です。

共同代表    
上田文雄(前札幌市長、弁護士)     
小野有五(北海道大学名誉教授)     
神沼公三郎(北海道大学名誉教授)     
香山リカ(精神科医、立教大学教授)
北岡和義(ジャーナリスト)      
崔善愛(ピアニスト)          
結城洋一郎(小樽商科大学名誉教授) 

いつもの面々、といった感じですね。

大学教授が主導して慰安婦記事の内容は事実である、と言っているのですから、教職員組合が抗議することに繋がっているということが伺えますね。

また、弁護団に170名が名を連ねていますが、弁護団長中山武敏、副団長小林節、海渡雄一、事務局長神原元らの名まえもあります。

香ばしいメンバーですね。

まとめ:元朝日新聞植村隆の慰安婦記事は事実に反する

世の中では事実に反するという認識が広まっていましたが、改めて裁判所が植村の記事を「事実に反する」旨を認定したという事実は重いものです。

なお、この裁判は原告が植村隆なので、櫻井側は相手の請求が立たなければそれで「勝ち」なのです。積極的に植村が「捏造をした」ことを証明する義務は、櫻井側にはありません。

一部で「植村隆が捏造をしていないと認定された」と評価する者が居ますが、まったく事実に反します。

ただしくは、『櫻井が、植村が書いた記事が捏造であると信じたことに相当性が認められた』です。

被告となった櫻井氏が勝訴したこの裁判ですが、あらゆる面において「アチラ側」の異常さが浮き彫りになった争訟になりましたね。

以上